第2章 9話 『残り五分の空』
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマ達の街、グラン・ロアに飛行船の時代がやって来ます。ルークとの関係はどうなるのか?そして現れる謎の女性……。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
小型高速艇が夜空へ飛び出した瞬間、前方には暴走する《雲海特急》がふらつきながら進んでいた。その巨大な船体は、まるで空飛ぶ要塞だ。
船体側面から白い蒸気が絶え間なく噴き出しており、巨大推進機関の獣のような咆哮が空気を震わせている。
眼下ではグラン・ロアの街灯が流れていく。煙突群の赤い灯りに、蒸気管の白煙。飛行船の船体の影が徐々に大きくなっている。
「いけない! 高度が低下してる!」
エマは操縦席の窓へ張りついて叫んだ。このままでは人口区画へ落ちる。
もう時間がない。ルークは操縦輪を強く握り、機体を加速させる。
「今から接舷するぞ! 皆んな衝撃に備えろ!」
「う、うん!」
隣ではセレナが安全ベルトを締め直している。
「死ぬほど揺れるわよ」
「怖いこと言わないで!」
軽口を叩く彼女の横顔も真剣だった。ルークは小型高速艇を暴走飛行船へ並走させる。船体と機体の間で風圧が段々と激しくなり、乱気流で船体が上下に振られる。
猛烈な横風が小型高速艇を叩いて金属が軋む音が不快な音を立て、蒸気計器は激しく震えている。それでもルークは操縦輪を離さずに灰青色の瞳が真っ直ぐ前を見据えている。
エマはそんなルークの真剣な横顔を見ていると、不思議と恐怖心が薄れてゆく。怖いはずなのにルークといると前を向ける。
「接触まであと三秒!」
セレナが叫ぶ。見ると巨大な船体の黒鉄の装甲がもう目前まで迫る。唸る推進機関から出る蒸気の熱が肌を焼きつけるようだ。
「今だ!」
その瞬間、激しい衝撃と共に小型高速艇が雲海特急へ接舷した。激しい衝撃がエマ達を襲うが、機体と安全ベルトが守ってくれた。
「あいたた……」
「エマ! 大丈夫か!」
ルークが腕を掴み、エマを起こして無事を確認する。セレナも無事だ。顔を見合わせるや否や、船体ハッチへ飛び込んだ。
内部では警報音が周囲に響き渡っていた。危機を知らせる赤色灯があちこちで回転していて、通路には白蒸気が噴き出していた。圧力が危険な領域まで上昇しているようだ。
「熱っ……!」
エマは腕で顔を庇う。船内の温度が異常だ。ルークも周囲を見渡し、即座に状況を確認する。
「補助圧縮炉が止まってない」
「安全弁が死んでるんだ!」
エマが蒸気計器を見ると、針が危険域を振り切っていた。
「このままだと主機関まで誘爆するよ!」
セレナが低く呟く。
「ここで誘爆したら街ごと吹き飛ぶわね」
セレナの話を聞いてもルークは迷わなかった。
「機関部へ行く。ここで止めるしかない」
その声は静かだったが、決意だけは揺らがない。三人が顔を見合わせると、みんな覚悟は決まったようだ。白い蒸気が立ち込める通路を駆け抜ける。足場が悪いが止まってはいられない。その間も船体は不規則に揺れて、大きく傾く。
次の瞬間、爆発音が響いて船体が上下に振動する。どこかの配管が破裂したようだ。
「うわっ!?」
エマの身体が滑り、そのまま通路の端へ投げ出されそうになった。その下にあるのは高熱の蒸気炉区画。もし落ちれば一貫の終わりだ。
落ちる!エマが諦めそうになったとき、誰かがぐいっとエマの腕を強く掴んだ。
ルークか片手で手すりを掴みながら、もう片方でエマを支えている。
「ルーク……!」
「離すな」
「うん……ありがとう」
エマは渾身の力を振り絞って、手を伸ばして通路の端を掴む。ルークがエマを引き上げると、どごんっ!! と凄まじい爆発音。通路の先で蒸気配管が破裂した。熱風が吹き荒れる。
「くっ!」
ルークは咄嗟にエマを庇うように覆い被さった。熱気がコートを焦がす匂いがしてくる。
「ルーク!」
「僕は平気だ! エマこそ怪我はないか」
ルークを見ると腕の部分が焼けて、服の下まで火傷しているようだ。その嫌な匂いにエマの胸が締めつけられた。
「ルーク、火傷してる……」
「このくらい、大したことはない」
「よくない!」
エマが涙目で怒鳴る顔を見た瞬間、ルークは目を見開いた。こんなにも自分のことを心配してくれるなんて……エマの気持ちが胸の奥へ静かに沁み込んだ。だが今は立ち止まれない。
三人は何とか機関中枢まで辿り着いた。そこにある巨大蒸気ボイラーから発する高温により、船内にある温度計は異常な数値を示していた。空気そのものが焼けているようだ。
「……ひどい」
部屋の惨状を目の当たりにして、エマは絶望の表情を浮かべる。
本来なら複数あるはずの安全弁が削られている。補助配管も無理な軽量化で歪み始めていた。
「これじゃ暴走するに決まってる……!」
蒸気計器の針はもうすぐ限界寸前だ。ためらっている時間はない。三人は手分けして各部の機構を調べてゆく。
エマの中に、ある考えが閃いた。
「待って……まだ止められるかも」
「出来るのか。方法は?」
「どうするの?」
二人が矢継ぎ早に聞くと、エマは中央配管を指差した。巨大蒸気炉の中心にある赤熱した主管。
「ここを解放して圧力を逆循環させれば、圧力を外に逃がせるはず!」
話を聞いたセレナが、危険だと言わんばかりに眉を寄せる。
「理論上はね。でもそれには手動で開放することが必要よ」
手動弁は蒸気炉のすぐ横にある。そこへ行けば超高熱をまともに浴びる可能性がある。
「だめだ! そんなことは危険すぎる!」
ルークが即座に言う。
「でも、他に方法がないよ!」
「なら、僕が行く」
「だめだよ! ルークはこの後も皆んなをまとめて、こんな事故が二度と起こらないようにしてくれないと。機械なら私の方が知ってるから、大丈夫だよ」
エマは反射的に叫んでいた。
「だから、私が行く!」
空気が止まる。ルークの表情が険しくなった。
「そんなのだめだ! 危険すぎる!」
二人の声がぶつかる。蒸気音が轟く中、互いに譲らない。エマは拳を握り締めたが、その声は震えている。
「私は……ここで逃げたら、絶対に後悔する」
ルークはエマを真っ直ぐに見る。
エマの真っ直ぐな瞳を見つめる。怖いはずなのに、泣きそうなのに、それでも前へ進もうとしている。その姿がどうしようもなく眩しかった。
船体が再び大きく揺れて、警報音がさらに激しくなる。赤い警告灯が三人を照らしていた。
主機関が暴走するまで、残りはおよそ五分——
第二章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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