第2章 7話『御曹司の反逆』
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマ達の街、グラン・ロアに飛行船の時代がやって来ます。ルークとの関係はどうなるのか?そして現れる謎の女性……。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。
よろしくお願いします。
※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
格納庫での一件から数日間、ルークは《歯車亭》へ来てない。エマは工房で配管を磨きながら、何度も窓の外を見てしまう。飛行船が空を横切るたびに、ルークのことを思い出して胸の奥がざわついた。
そんなエマを見て、祖父が新聞越しに呆れた顔をした。
「心ここにあらずじゃの」
「そんなことない!」
エマは即答して、むっと頬を膨らませるが、実は否定しきれない。ルークは今、危険な場所へ踏み込もうとしているから。巨大企業同士の利権なんて、自分には分からない世界だ。
その時、店の扉が勢いよく開き、冷たい風と一緒に、セレナが入ってきた。だが今日はいつもと様子が違い、余裕ある笑みがない。開口一番、息を切らして、まくしたてるように話し始める。
「エマ! 今すぐ一緒に来てちょうだい!」
「何があったの」
セレナは少し呼吸を整えてから、低い声で言った。額にはまだ汗が浮かんでいる。
「ルークが内部監査会議に乗り込んだわ」
聞いた瞬間、エマの胸が嫌な音を立てた。
◇
《ロイヤル・ギア》本社は高層塔の最上階にあり、重厚な雰囲気の会議室には幹部たちが勢揃いしている。
ルークは会議室の長机の中央に立っている。その表情は静かだったが、瞳だけが冷えていた。幹部がそろった頃合いを見て、ルークが話し出す。
「郵便飛行船《アルバトロス級》の補助配管設計にあるはずの安全弁が、強度が基準を満たしていない物に変更されています。この件については報告が上がっているはずですが、説明を求めます」
ルークの発言に会議室がざわつく。
一人の幹部が不快そうに眉をひそめ、ルークに詰め寄る。
「安全弁の軽量化のことですか? 問題はないと報告を受けていますが……」
「危険です」
幹部の発言を遮り、ルークが一言ぴしゃりと言い切ると瞬時に空気が張り詰めた。見かねて別の男がため息をつき、ルークをたしなめるように言う。
「ルーク様。理想論では競争に勝てません」
「理想論ではない。安全基準の話です」
「現状、事故は起きていないのですよ」
「起きてからでは遅い!」
ルークが激昂して、拳を机に叩きつける。その様子に会議室が静まり返る。
ルークがここまで感情を露わにしたのは久しぶりだった。だが止まらない。
ルークの脳裏にエマの顔が浮かぶ。
“誰かを喜ばせるために機械を作りたい”。
エマの言ったあの真っ直ぐな言葉は、もしも事故が起きれば、その想いごと踏みにじられる。そんなことが起こらないように何としても止めないと。ルークは静かに続ける。
「空路は未来を変える技術です。だからこそ、安全に努めなけれならない」
沈黙が会議室を支配する。幹部は誰も発言しようとしない。
やがて、一番奥の席に座る男が口を開いた。
ルークの父――アシュフォード会長だった。
「……理想は立派だが、現実は競争だ」
低く重い声でルークに伝える。ルークは気圧されないように、正面から父を見据える。
「会長、貴方は競争のために人命を削るのですか」
「これまでに被害は出ていない」
「まだ出ていないだけです」
会長は静かに立ち上がる。その威圧感が空気を変え、幹部達は誰一人として会話に入ってくる様子はない。
「お前は最近、下町の工房に影響されすぎているのではないか」
その言葉に、ルークの拳が僅かに握られる。
「現場と、その人々を知っただけです」
「甘さを覚えただけだ。企業は慈善事業ではない」
会長の視線は冷たくルークを見据えている。
「分かっています」
「なら理解しろ。他の企業に勝ち続けなければ、敗北するのは我々だということを」
ルークは答えなかった。ただ、心の中では別の声が響いている。
会長の言うことは本当にそうなのか。効率を追って、他企業に勝ったその先に僕たちは幸せになれるのか……。まだ僕には答えは分からないけれど、少なくとも今ここにある危険を見過ごしたくはなかった。
「設計の再検査を要求します」
ルークの発言に会議室がざわつく。
会長の目が鋭くルークを捉え、静かに伝える。
「私が拒否すると言ったらどうする?」
負けじとルークは真っ直ぐ父を見返し、感情を抑えてはっきりと伝える。
「ならば僕は、この件を世間に公表します」
その瞬間、会議室の空気が凍り幹部たちの顔色が変わる。興奮した幹部たちからはルークへの敬意を忘れたように、次々と罵声が飛ぶ。
「正気か!?」
「会社の信用がどうなるか分かっているのか!」
周囲の罵声に一切たじろぐことなく、ルークは周囲に静かに伝える。
「貴方がたの言い分も分かります。だが今、止めなくては取り返しのつかないことになります!」
会長はしばらく黙っていたが、やがてルークを受け入れるように低く呟く。
「……お前は変わったな」
その言葉には、怒りとも失望とも違う感情が混じっていた。今はただルークを見据えている。
ルークも昔の自分なら、ここまで言えなかった。ただ父の理論に従っていただけだと思う。
だが今は違う。父の手を離れて自分の目で世界を見た。工房で見たエマの笑顔。空飛ぶ郵便で喜んでいた子どもたち。あの景色を守りたかった。
「失礼します」
幹部達の喧騒を他所にルークは会議室を出る。
重い扉が閉まった瞬間、張り詰めていた息が漏れた。ふと窓に目を向けると、夜空を飛ぶ飛行船の灯りが遠くを流れていた。
「……派手にやったわねぇ」
振り向くと壁際にセレナが立っていた。腕を組み、呆れたように笑っている。隣にはエマな心配そうにルークを真っ直ぐ見ている。
「セレナ、エマ、…ずっと聞いていたのか」
「まあ、半分くらいはね。でも、よくやった」
セレナは近づいて微笑みを浮かべる。その微笑みは優しかった。まるで姉だ。と、エマは思う。
「でも見直したよ。ちゃんと自分で選んだって顔してる」
弟のような扱いに思わずルークは少し黙ってしまうが、その表情を見てセレナはふっと笑った。
エマはそんな二人を見て、ヤキモチは消えて、微笑ましいような安心感を抱く。
その時突然、館内警報が鳴り響いて、赤い警告灯が回転し始める。
『緊急連絡。空路三区画にて試験飛行船の異常加圧を確認——』
三人の表情が変わり、顔を見合わせる。まさか!
次の瞬間、窓の外で巨大な蒸気爆発が起きて、夜空が赤く染まる。三人が見ると遠くの空で、一隻の飛行船が炎を吹き上げ、高度が見る見る下がっていくのが見えた。
第二章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
評価・感想・ブックマーク、など頂けたら嬉しいす。




