第2章 6話『空を支える嘘』
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマ達の街、グラン・ロアに飛行船の時代がやって来ます。ルークとの関係はどうなるのか?そして現れる謎の女性……。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
格納庫の空気が、急に冷えたようだった。飛行船の内部で響く蒸気音だけが、不気味なくらい規則正しい。
エマ達は露出した配管を見つめたまま動けなかった。本来は二重安全弁が必要な箇所だが、実際には、簡易型の軽量弁へ変更されている。しかも、かなり無理な設計だ。
「こんなの……長時間飛行したら圧力が偏る。最悪、配管が破裂するよ」
ルークは険しい表情のまま設計図を見ていた。普段は見ない表情を見て、エマの胸がざわつく。
「ルーク……?」
「この変更、正式図面にはない。おそらく現場で仕様が書き換えられてる」
その低い声が本気で怒っているのが分かる。それもかなり。
セレナは腕を組みながら小さく息を吐いた。
「コスト削減。誰がこんなことを……」
「削減ってレベルじゃない!」
エマは思わず声を上げる。
「こんなの危ないよ!」
セレナは静かに彼女を見た。
「そうね……」
その声には、いつもの余裕がなかった。
「高速飛行船の開発競争は今、どの企業もかなり無茶をしている。どの企業も世間に分かり易い“最速”を欲しがってるからね。予算との兼ね合いもある。確かに私も現場にいろいろと無茶な要求をしたわ。だからって安全を削るなんて……」
セレナは思い詰めた様子で窓の外を見た。
格納庫の向こうでは、巨大飛行船が次々整備されている。
これから始まる空路時代に欠かせない飛行船は機体と周辺機器も含め、世界が変わるほどの巨大市場。輸送速度。積載量。利益率。競争に勝った企業が世界の未来を握る……。
沈黙の中、エマが呟く。
「私は……嫌だ。そんな理由で、誰かが怪我するのは」
その言葉に、セレナは静かに笑う。
「いいわね。そういう子、嫌いじゃないわ」
ルークは設計図を閉じて、決意の表情を見せて言う。
「この件は、父へ報告する」
「ただ言うだけじゃ、揉み消される可能性もあるわよ?」
「それでも、やらなければいけないんだ」
「……そうね」
セレナの視線はどこか優しかった。
エマは二人の話を聞いて、前から少し気になっていた。この二人は、ただの仕事仲間じゃない。なんというか、空気が違う。
「二人は、昔から知り合いなんだよね」
セレナが「あら」と眉を上げた。
「気になる? 私たちがどういう関係か?」
「別に、どうでもいい。ただ、気になっただけ」
「そう、顔に書いてあるわよ。『とっても気になる』って」
「書いてないから!」
エマの顔が真っ赤になるのを見て、セレナはくすくす笑う。そんな二人のやりとりを見て、ルークは小さくため息をつき、セレナに止めるように促す。
「はいはい」
悪びれた様子もなく、彼女は壁へ背を預ける。
「昔、私が貧民街にいた話はしたでしょ。冬は寒いし食べ物もない。機械工場で働いても賃金は雀の涙。だから私は知ったの。“綺麗事だけじゃ生き残れない”って」
言葉を区切って、彼女は一度空を見上げた。
「力を持つ側にならなきゃ、何も守れない」
その瞳には昔の景色が映っているようだった。
「だから私は上を目指して、誰よりも強くなろうとした。ロイヤル・ギアと接触したのはその頃よ。ルークと知り合ったのもね」
セレナはエマに問いかける。
「こんな生き方、笑う?」
笑えるわけがない。エマは首を横に振る。
「ううん、笑わない」
セレナは少しだけ目を丸くして、それから、ふっと笑う。
「あなた、優しい子ね」
「でも……」エマは迷いながら口を開く。
「強くなることと、“削っていいもの”は違うと思うんだ」
沈黙が落ちる中、飛行船の蒸気音だけが響いていた。
やがてセレナは、小さく笑った。
「あなたって、本当に真っ直ぐねぇ」
その声には、どこか羨ましさが混じっていた。
そんな二人をルークは静かに見ていた。
セレナは昔から変わらない。
強く、賢く、現実的だ。
だが同時に、誰より傷ついている人でもある。
そしてエマは、その正反対だった。
不器用で、理想論ばかりで、危なっかしい。
なのに人を惹きつける。
見ていると、忘れていたものを思い出しそうになる。
「……ルーク」
セレナがふいに呼ぶ。
「あなたは、効率か、人か、どっちを選ぶの?」
その問いにルークは、すぐには答えられなかった。だが、ルークは気づく。この変更は現場の独断ではない。もっと上の人間が絡んでいる。
「嫌な空気。この件はかなり根深そうね」
彼女は真面目な顔になり、ルークは設計図を強く握った。
「……調べる必要がある」
エマが不安そうに彼を見る。それに気づき、ルークはゆっくりと振り返った。灰青色の瞳に強い光が宿っている。
「もし本当に安全性を無視してるなら、何としても止めなきゃいけない」
その声を聞いた瞬間にエマの胸がざわつき、嫌な予感がした。この問題はきっと簡単には終わらない。もっと大きな人々、組織、そしてお金が絡んでいる。ルーク達は、その中心へ踏み込もうとしていた。
格納庫の外では、夜空を巨大飛行船が横切っていく。まるで、嵐の前触れみたいに。
第二章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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