第2章 5話『雲の上の揺れる距離』
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマ達の街、グラン・ロアに飛行船の時代がやって来ます。ルークとの関係はどうなるのか?そして現れる謎の女性……。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
空中レストランでの会合の帰りにルークから、いよいよ空路事業の責任者としての仕事が始まることを伝えられる。ルークは以前よりさらに忙しくなり、工房へ顔を出す回数は減っていた。。空飛ぶ郵便計画が本格的に始まったのだ。
ルークの一日は朝から会議で始まり、昼は空港区画の視察。夜は設計確認と朝から晩まで休む暇もなかった。
《ロイヤル・ギア》と《スカイ・ヴァルモント社》の共同計画は急速に拡大しており、空路網の整備は街全体を巻き込む巨大事業と化していた。
その中心に、ルークがいる。
――本当は、分かっていた。彼は最初から“遠い人”だったのだ。
大企業の御曹司で未来を動かす側の人間。
町工房で油まみれになっている自分とは違う。
けれど……。
「……最近、来ないな」
エマは工房の窓から夕空を見上げた。飛行船の灯りが上空を横切っていく。
もちろんルークが忙しいのは分かるし、頭では理解している。なのに胸の奥が少しだけ重い。
「むぅ……」
心ここにあらずで、配管を締める工具に力を入れると、がきんっ、と嫌な音がしてネジが飛んだ。慌ててネジを拾う。
「荒れておるのぅ。気をつけるんじゃぞ」
祖父が新聞を読みながら言う。
「荒れてない! ただ……ぼーっとしてただけ」
「顔に書いてあるぞ。“最近ルーク来ない”って」
「書いてないってば!」
エマは顔を赤くして工具箱を閉めた。こんな状態では仕事にならない。
その時、店の鈴が、からん、と鳴る。ルークかな?エマは勢いよく振り返る。
「ルー——」
予想に反して、入り口にいたのはセレナだった。濃紺のスーツスタイルにシンプルなシャツを合わせた姿は清潔感に溢れ、洗練された印象を醸し出している。
「ルークじゃなくて残念だった?ふふっ」
セレナはエマの心を見透かしているように、笑みを浮かべる。
「今日はあなたを迎えに来たわ」
「迎えって? あの話の返事はまだ……」
「ルークが呼んでる」
セレナが一言告げると、エマはたちまち目を瞬かせた。
「新型郵便船の内部確認。あなたの保温機の最終調整もあるでしょう?」
エマのもやもやした気持ちが一瞬で晴れた。
「行く! もちろん!」
「ふふっ、分かりやすいわねぇ」
夜の格納庫には、巨大な郵便飛行船が停泊していた。
最新式の空力翼を備えた流線型のシルエットが美しい銀色の船体。それを動かす新型の高速蒸気機関の音が響いている。
その姿を見てエマは目を輝かせた。人が作り出した最新の蒸気機関が空に浮かんでいる姿を見上げるだけで胸が高鳴る。
「かっこいい……!」
思わず素直な言葉が出る。
「エマ、子どもみたいな顔してるぞ」
振り返ると、ルークがいつの間にか側にいた。
少し疲れているように見えるが、それでもちゃんと笑っている。
「ルーク、ずっと忙しかったんじゃないの。疲れてるみたい。ちゃんと寝てる?」
「まあ、大丈夫だよ。身体が資本だからね。無理はしないさ」
「ホントに無理してない?」
「大丈夫、今日はどうしても確認しておきたいことがあるんだ」
そう言ってルークは飛行船を見上げる。
「じゃ、行こうか」
ルークが飛行船に向かって歩き出す。エマは工具袋を肩へ掛けて、ルークに続いて飛行船に向かう。
二人は飛行船の中から整備通路へと入ってゆく。金属の通路は狭く、蒸気管が何本も走っているため、必然的に二人の距離が時々密着するほど近くなる。そのたびエマの心臓は無駄に跳ねた。
エマの顔が赤くなっているのを見て、ルークは不思議そうな顔をする。
ルークって本当に無自覚だ。自分ばかり意識しているような気がして、ちょっと悔しい。
保温機の調整は順調に進んだ。熱循環も安定。蒸気圧も正常。その他各部異常なし。エマは満足そうに頷く。これならいけそうだと確信する。
「何度も調整しただけのことはあるね。」
ルークに褒められると嬉しい。エマが頭を搔いて照れ隠しをしてると、ごうん、と船体が大きく揺れる。
「わっ!?」
エマは足を滑らせて転びそうになるが、次の瞬間、ルークが腕を掴み、そのまま壁へ押しつけられる形になった。
「エマ、大丈夫か」
目を開けるとルークの顔が目の前にある。近い、近すぎる。間近で見ると灰青色の瞳に少し低い声。そして触れそうな距離。
エマの息が止まる。まるで時間が止まっくたみたいに。
「……エマ?」
ルークが私の名前を呼ぶが、ルークは私の気持ちに全く気づいていないかのような表情をする。本当にずるい。
「は、離れて! 顔が近いから!」
ルークはそこで初めて距離に気づいたらしい。
少しだけ目を見開き、慌てて離れる。
「ごめん」
「……別にいいけど!」
よくない。ホントは全然よくない。エマは顔を真っ赤にして、散らばった工具を片付ける。
その微笑ましい様子を通路の入口から、セレナが口元に笑みを浮かべて眺めていた。
「青春ねぇ。若いっていいわね」
「あの……見てたなら早く助けてよ!」
「邪魔しちゃ悪いと思ったのよ。ふふっ」
セレナは大げさに両手を挙げて肩を竦める。
だが次の瞬間、彼女の表情が変わった。仕事のときに見せる鋭い眼差しに。
「……ん?なに、この音」
不規則な金属音に、彼女は目を細める。
「ルーク、エマ、この振動、聞いた?」
エマとルークも表情を引き締めて、配管へ耳を近づけると微かに、不規則な脈動音がする。整備が行き届いていれば、このような音はしないはずだ。
「……圧力がズレてる?」
エマはしゃがみ込んで、耳を当てて音を確信する。
「そんなはずはないわ。昨日調整したと報告書にはあったけど、まさか」
セレナが外装板を外すと、内部の補助配管が露出する。配管を見た三人は同時に顔を見合わせる。そこには驚く光景があった。
本来あるはずの安全弁が、一部省略されていて、代わりに、簡易型の軽量部品が使われている。
「なんでこんな部品が使われているんだ……もし事故が起こったら大変なことになるぞ」
ルークの声が低くなり、怒りも滲んでいる。セレナも同調するように頷き、呟く。
「設計とは違う仕様になっているわ。報告書を見るだけで、実際にはこんなことになっていたなんて……」
嫌な沈黙が落ちる中、飛行船の蒸気音だけが規則的に響いていた。
そしてルークは、険しい顔のまま呟く。
「……誰が、この仕様を通したんだ?」
第二章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
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