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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


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第2章 2話『真鍮の女王、工房に現る』

 蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマ達の街、グラン・ロアに飛行船の時代がやって来ます。ルークとの関係はどうなるのか?そして現れる謎の女性……。

 機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。

 恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。

 感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。

よろしくお願いします。

※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。

「あなたが、“ルークのお気に入り”?」

 セレナに突然語りかけられて、エマは目をぱちぱちさせた。

「……へ?」

 思わず間の抜けた声が出てしまう。


 エマの隣でルークが小さくため息をついた。

「何でここが分かったんだ?セレナ、急に来ないでくれないか」

「ふふっ、ルークったら、相変わらずそっけないんだから」


 女――セレナは妖艶に笑いながら、自然な動作でルークに近寄り、そっと肩へ触れる。二人の距離が近くて、自然に慣れている感じで寄り添っていた。

 二人の様子を見てエマの胸が、なぜかもやっとする。聞かずにはいられない。

「ルーク、その人は知り合い……?」

「ただの仕事関係だ。それだけだよ」

「……本当にそれだけなの?」


 そのやりとりを見て、セレナはいかにも楽しそうに首を傾げる。

「ルークったらひどい。昔はもっと可愛かったのに」

「昔?」

 エマの胸のもやもやが、だんだんと大きくなっていく。

 エマの動揺をみて取ったセレナはにやりと笑って、その反応を面白がっているようだ。さらに話を続ける。

「ええ。小さい頃から知ってるのよ、この子」

 この子。その呼び方にも、妙に胸がざわつく。


 ルークは面倒そうに額を押さえた。もうこのやりとりを終わらせたい。

「セレナ、変な言い方するな。誤解されるじゃないか」

「そう、変かしら?別に誤解されてもいいのに」


 ルークの言葉を軽く受け流して、セレナはするりと工房へ入り込む。

「ちょっと、勝手に入らないで!」

セレナはエマの話を聞いていない様子で、工房の中を歩き回り、工房中を見回している。

 (もう、何なのこの人!)

 工房の中で、高級香水の甘い香りが油と蒸気の匂いに混ざってゆき、なんとも言えない匂いになる。


 そして工房の中を一通り見回すと、机の上の保温機へ視線を向けた。セレナはその場でしゃがみ込み、保温機の真鍮配管を眺めながら

「ふうん、なるほどね……」

 と、深い息とともに呟き、ゆっくりと何度も頷いている。


 エマはその様子を、怪訝な目で眺めていた。セレナはエマの方に振り返り、感心した様子で聞いてくる

「へぇ……これ、あなたが作ったの?」

「そ、そうだけど」

 エマは少し身構えながら答える。

 セレナの指先が、そっと表面をなぞり指先で軽く叩くと、かん、かんと金属の音が鳴る。その感触を楽しんでいるように見えた。

「ふうん、軽量化してるのね。空輸前提か」


 その言葉にエマは目を見開く。この機械のことが一瞬で分かるなんて、この人、本当に機械を理解している。

「……すごい」

「ふふ。伊達に会社をやってないもの。紹介が遅れたわね。私はセレナ・ヴァルモント。《スカイ・ヴァルモント社》の社長をやっているわ。よろしくね。」

 セレナが微笑む。


《スカイ・ヴァルモント社》エマでもその名前は知っている。最近、頭角を現した巨大空輸企業。そしてこの人は“真鍮の女王”と呼ばれる有名人。でも、何でルークと知り合いなの……?


 エマの思考をよそにセレナは立ち上がり、不意にルークのネクタイへ手を伸ばした。

「ネクタイが曲がってるわよ。ちゃんとしなさい」

 彼女は慣れた手つきでネクタイを整える。

「いいよ、自分で直せるから」

 ルークは困ったような口ぶりをしてるが、特に気にした様子もない。されるがままになっている。

 

  二人の何気ないやりとりに、エマはなぜか落ち着かなくなった。二人とも顔が近い。、近すぎる。なんだか胸の奥がちくちくする。

 またルークが無防備にセレナを受け入れている様子が、余計に苛立つんだけど、何で、何で?


「はい、できた。うん、バッチリだね」セレナはようやくルークから離れて一歩下がる。

 ルークがエマの方をチラリと見ると、エマは怖い目をして二人をじっと見つめている。もしかして、怒ってる?


「エマ、どうしたの?」

 エマの目つきは怖いままだ。

「別に!なんでもない!」

 エマは思わず工具を乱暴に机へ置きそうになったが、その場で思いとどまる。大事な相棒を粗末に扱ってはいけない……。じいちゃんの言葉を思い出すと、エマの気持ちが少し落ち着いてゆく。


 セレナはその様子を見て、口元を楽しそうに緩めながら「あなたって可愛い。正直だね」と言って、からかってるように微笑む。


 その言葉にエマの顔が真っ赤になり、思わず声をあげる。

「はぁ!?」

 突然からかわれて、なんだかバカにされている気がする。なんなの、この人! 全部見透かされてる気がして、この人って……苦手だ。


 ふと、セレナが工房の窓から空を見上げると、夕暮れの空の上空を飛行船が横切っていく。

「いよいよ、空路の時代が始まるわね」

 セレナが呟くその声は、先程とは打って変わって真面目で、物憂げな口調になる。そしてルークの方を向いて伝える。

「近いうちに、“空飛ぶ郵便計画”の選抜が始まるわ」

 ルークが眉を寄せて呟く。

「もう始まるのか」

「ええ。《ロイヤル・ギア》とウチの共同事業だもの」


 セレナは振り返り、エマに説明する。

「“空飛ぶ郵便計画”。《ロイヤル・ギア》と、我が社《スカイ・ヴァルモント社》が手を組んで、離島や山岳地帯へ、飛行船で郵便と物資を運ぶ計画よ。どう、夢があるでしょう?」

「空飛ぶ郵便……」

 エマの目が輝いて、頭の中に景色が浮かぶ。

 雲の上を飛ぶ小型飛行船。その中で自分の保温機が動いている。私は飛行船の中を走り回って、機械の整備をしてる姿を思い浮かべる。

 遠くの誰かへ、温かいパンを届ける。遠くの人たちの喜ぶ顔が頭に浮かんでくる。そう考えただけで胸が熱くなった。


 セレナはそんなエマを見て微笑む。

「あなた、“空飛ぶ郵便計画”に興味があるみたいね?」

「ある!」

 即答だった。エマの中に希望に満ちた光景が鮮やかに映し出され、言葉があふれて止められない。

「空の上でも焼きたてを届けられたら、すごいよ! 今まで冷めて届いてた場所にも——」

「うんうん」

 セレナは楽しそうに頷く。

「そういう顔をする子、嫌いじゃないわ」


 ルークは驚きつつも静かにエマを見ていた。

 夢を語る時の彼女は、本当に眩しい。

 いつも煤だらけで、作った機械はよく爆発する。けれど、何度も諦めずに前へ進もうとする。

 当たり前になった光景を、気づけばその姿を目で追うことが増えていた。


「ルーク」

 不意にセレナが呼ぶ。

「あなたも来るでしょ、今夜の視察。空中展望デッキで、新型飛行船のお披露目会」

 ルークがそのために予定を空けていることを伝えると、セレナは満足そうに笑う。


「じゃあ決まり。また後でね」出口へ向かいながら、ちらりとエマを見て声をかける。

「ねえ、あなたも来る?」

まさか誘われるとは思っても見なかったエマは素っ頓きょうな声を出してしまう。

「えっ、私?」

「そうよ。せっかくだし、若いうちに未来を見たほうがいいわ」と、セレナは意味深に笑う。


「空はね、人生を変えるの」

 そう言い残し、彼女は去っていった。


 セレナが去った後、工房に静けさが戻った。日が沈むのに気づくまで、エマはしばらく呆然としていたが、我に返るとルークの方を向いて呟く。

「……なんか、すごい人だったね」

「まあ、昔からすごい人ではある」


 ルークも同じく疲れたように椅子へ腰掛ける。

「ねえ、あの人って、昔からずっとあんな感じなの?人をからかうような話し方とか」

「うん、昔から変わらないよ……あのまんまだ」

「うわ、大変そう」

 ルークとセレナのやりとりが想像出来る。自分がルークだったらと思うと……いや、想像したくないかも。


 エマの表情を見て悟ったのか、ルークも肘を曲げて手のひらを上に向けやれやれといった仕草をして

「かなりね」

 と、ため息が出る。

 その仕草にエマは思わず吹き出してしまい、ルークも一緒に少し笑う。


 笑い声が工房に響くなか、窓の外で飛行船の汽笛がぶおおおん——と鳴った。

 

 汽笛の音に誘われて、二人が同時に空を見上げると、夕焼けの中を巨大な飛行船がゆっくり進んでいた。巨大な機体が雲を割り、遠くまだ見ぬ場所へと向かっていく。


 空を見上げながら、エマは小さく呟く。

「……行ってみたいな」

「空へ?」

「うん……」

 遠い街、そして知らない景色。

 手をかざしても、まだ届いていない場所。

 自分の作った機械で、そこへ温もりを運べたら、きっと素敵だ。


 ルークは、エマの物思いにふける横顔を見て確信する。エマならきっと出来る。新しい飛行船でパンを、笑顔を運ぶことが……。

「エマも“空飛ぶ郵便計画”に応募してみないか」


 ルークの突然の提案に

「え?」

 と、エマは目を丸くした。私?急に言われても、心の準備が出来てないよ!

「でも、選ばれるのって大企業ばっかりじゃないの?」

「その心配はない、技術提供枠がある。それに」

 ルークは保温機へ視線を向け、指さす。

「君の発明なら十分に可能性がある。ただ運ぶだけじゃない。エマの発明って……何というか、見てて楽しいんだ、夢があるんだよ。だから、自信を持って」


 思いがけないルークの言葉に、エマの胸がどくんと高鳴る。

 まるで夢みたいな話だった。

 けれど、もし本当に選ばれたなら……。

 この工房から、空へ行ける。

 見たこともない世界が、私を待っている。

「……やる。やりたい!空に行けるのなら!」

 エマは決意を決め、ぎゅっと拳を握った。

 ルークが静かに笑う。

「そう言うと思った」


 工房の窓から差し込む夕焼けが、真鍮の配管を赤く照らしていた。その空を飛行船が、未来へ向かうようにゆっくり進んでいる。


 その光景を見ながら、エマの胸の奥には大きな期待が広がっていた。


 第二章、始まりました!ここまで読んでいただきありがとうございます。


 少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。


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