11話 蒸気祭りとつないだ手
蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、祖父と営む小さなパン屋で幸せに暮らしていました。
ところがある日、パンの大企業チェーン「ロイヤル・ギア・フーズ」がエマ達の街にやって来ます。
そして現れる謎の少年。
機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。
恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。
あの事件から一月後、グラン・ロア産業祭の日、街は朝から熱気に包まれていた。
年に一度開かれる大展示会。
発明家、工房職人、大企業——街中の“ものづくり”が集まる祭典だ。
中央広場には巨大な蒸気塔がそびえ、その周囲を無数の屋台と展示機械が取り囲んでいる。真鍮の歯車が回り、蒸気笛が鳴る。
人々の歓声が石畳へ反響していた。
《ロイヤル・ギア・フーズ》の展示場は、ひときわ大きい。
最新式大量製造オーブン。
自動包装機。
高速配達用蒸気車。
磨き上げられた機械たちは、まるで街の未来そのものみたいだった。
人々は歓声を上げながら見上げている。
「すごいな……」「さすがロイヤル・ギアだ」
その少し離れた場所。
小さな展示台の前でエマは深呼吸して、気合を入れる。
「……よし」
隣では祖父が腕を組んでいる。
「緊張しとるな」
「してない」
「手ぇ震えとるぞ」
「……している」
エマは素直に認めた。
今日、《歯車亭ベーカリー》は初めて産業祭へ参加する。
展示するのは——“蒸気循環式保温オーブン”。
エマが改良を重ねてきた機械だった。
小型なのに熱効率が高く、焼きたてを長時間維持できる。
大量生産向けではないけど、街の小さな店でも扱えるように作った。
“誰かのために温かいものを届ける”。
そのための機械だ。
エマは震えを抑えるように工具袋を握りしめる。怖くなってきた。
会場の周囲には大企業の巨大機械ばかり並んでいて、自分の発明なんて、ちっぽけに見える。
それでも、逃げたくなかった。
「エマ」と後ろから声がする。
振り向くと、ルークが立っていた。
以前より少し疲れた顔をしているが、その目はまっすぐだった。
エマがぶっきらぼうに言う。
「……来たんだ」
「約束したから」
ルークは小さく笑う。
あの日以来、《ロイヤル・ギア》ではかなり揉めたらしい。
技術盗用の調査や現場責任者の処分。そして父親との衝突。
それでもルークは逃げなかった。
エマはそのことを知っている。
「展示、見る?」
「もちろん」
ルークは保温オーブンを見つめた。
真鍮の配管。小型蒸気炉。循環熱制御弁。
何度も失敗しながら作り上げた跡が、機械の隅々に残っている。
「……エマらしいな」
「なによそれ」
「不器用だけど、温かい」
エマは少し照れて顔を逸らした。
その時、産業祭の中央で音楽が鳴り始めた。
蒸気楽団の演奏に、広場の人々から大きな歓声が上がる。
「わあ……」エマは思わず演奏が鳴る方を見ると、巨大な蒸気オルガンが、白い蒸気を吐きながら音を奏でていた。
金色の音色が空へ広がっていく。
「少し見てくるといい」
祖父が椅子へ腰掛けながら言った。
「店番くらいしとる」
「え、でも」
「若いのに祭りを楽しまんのは損じゃ」
祖父はにやりと笑った。
エマの顔が赤くなる。
「……行くか?」
ルークが静かに尋ねると、エマは少し迷ったあとに、「うん」小さく頷いた。
二人は並んで広場を歩いている。
祭りの通りは、人と蒸気と音楽で溢れていた。
屋台からは甘い焼き菓子の匂いが漂い、真鍮細工の店には小さなランプが並んでいる。
「これ可愛い」
エマが足を止めたのは、小さな歯車細工の店だった。
銀色の歯車を組み合わせた鳥の飾りが、蒸気の風で羽を動かしている。
「エマ、そういうの好きなんだな」
「機械がちゃんと動くと、なんか嬉しくなるから」
そう答えてから、エマは少し恥ずかしくなる。
子どもっぽかっただろうか。
けれどルークは笑わなかった。
「分かる」
その一言が、妙に嬉しかった。
通りを歩いているうちに、少しずつ人混みが増えていく。突然、後ろから走ってきた子どもがエマにぶつかる。
「ごめんなさい!」子どもは急いでいるのか、そのまま走り去っていった。
「うわっ」とエマの身体が傾き、そのまま転びそうになった瞬間に、ぐい、と腕を引かれ、エマはルークの胸へぶつかっていた。
「大丈夫か」すぐ近くでルークの声がする。
エマは息を呑む。近い。思った以上に近くて、胸の鼓動が急に速くなる。
ルークの手がまだ自分の腕を支えているのに気づき、はっと我に返る。
「……だ、大丈夫」動揺を隠しながら慌ててルークから離れようとする。
けれど人混みが押し寄せ、また身体がぶつかった。胸の鼓動が止まらない。
「危ないから、こっち」
ルークはエマの手を掴んだ。
その瞬間、エマの頭が真っ白になる。
ルークの手は大きくて、ちょっと温かい。
工具ばかり触っている自分の手とは違う。
ルークはそのまま、人混みを避けるように歩き出す。
エマは何も言えず、ルークに連れられて歩く。繋がれた手と手が温かくて、このまま繋いでいたいと思った。
広場の中央では、蒸気楽団の音楽が続いていて、空を見上げると、灰色だった雲の隙間から夕日が差し込んでいた。
金色の光が蒸気を照らし、街全体がきらきら輝いて見える。
「……綺麗」エマが呟く。
するとルークが、小さく笑った。
「そうだな」
その横顔を見た瞬間、エマの胸はまた大きく鳴った。
たぶん今、自分は、蒸気オーブンよりずっと熱くなっている。
数日後。
《歯車亭ベーカリー》の前には、小さな行列ができていた。
「蒸気スープパン三つ!」
「はい、ただいま!」
店内には笑い声が戻っている。
工房では、新しい小型オーブンが静かに蒸気を吐いている。
街の小さな店向けに、エマが作ったものだ。
向かいの通りには、《ロイヤル・ギア》の新しい広告が貼られている。
『地域工房支援計画・開始』
その文字を見て、エマは少し笑った。
そして扉の鈴が鳴る。
「いらっしゃ——……また来たの?」ルークだ。
「パンを買いに来ただけだ」
「毎日来てるじゃない。飽きないの?」
「好きだからな」
「どっちが?」
エマが聞くと、ルークは少しだけ困った顔をして、観念したように静かに笑う。
「……両方」
自分で聞いたくせに、ルークのあまりにも正直な答えに、思わずエマの顔が赤くなる。
二人のやりとりを見ていた祖父が、奥でにやにやしていた。
エマは顔を真っ赤にしながら「じいちゃん!」
「やれやれ、二人とも若いのう。良いことじゃ」
「もう、じいちゃんはうるさい!」
店の中に笑い声が広がる。
オーブンの熱は温かく、蒸気は静かに揺れていた。
エマはふと思う。
壊れたものは、必ず直せる。
時間はかかるし、失敗もすることもあるけれど。それでも、ちゃんと向き合えばまた元通りに動き出せる。
人の心も、きっと同じなんだ。
第一章 完
最後まで読んでいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。
第一章は終わりますが、第二章書いてます!来週中には上げるように頑張ります。
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