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「蒸気街のパン屋と御曹司」蒸気機関が発達した世界。その下層街にあるパン屋ですが、敵企業の御曹司が毎日パンを食べに来ます  作者: かあまる01


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/42

11話 蒸気祭りとつないだ手

 蒸気機関が発達した世界、機械いじりが好きな少女エマは、祖父と営む小さなパン屋で幸せに暮らしていました。

 ところがある日、パンの大企業チェーン「ロイヤル・ギア・フーズ」がエマ達の街にやって来ます。

 そして現れる謎の少年。

 機械いじり好きな少女が、パン屋を守るために奮闘するスチームパンク作品です。

 恋愛、モノ作り、下町の空気感を楽しんでいただければ嬉しいです。

 感想・ブックマーク・評価、とても励みになります。

よろしくお願いします。

※この作品は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しております。

 あの事件から一月後、グラン・ロア産業祭の日、街は朝から熱気に包まれていた。


 年に一度開かれる大展示会。

 発明家、工房職人、大企業——街中の“ものづくり”が集まる祭典だ。


 中央広場には巨大な蒸気塔がそびえ、その周囲を無数の屋台と展示機械が取り囲んでいる。真鍮の歯車が回り、蒸気笛が鳴る。

 人々の歓声が石畳へ反響していた。


 《ロイヤル・ギア・フーズ》の展示場は、ひときわ大きい。

 最新式大量製造オーブン。

 自動包装機。

 高速配達用蒸気車。


 磨き上げられた機械たちは、まるで街の未来そのものみたいだった。

 人々は歓声を上げながら見上げている。

「すごいな……」「さすがロイヤル・ギアだ」


 その少し離れた場所。

 小さな展示台の前でエマは深呼吸して、気合を入れる。

「……よし」

 隣では祖父が腕を組んでいる。

「緊張しとるな」

「してない」

「手ぇ震えとるぞ」

「……している」

 エマは素直に認めた。


 今日、《歯車亭ベーカリー》は初めて産業祭へ参加する。

 展示するのは——“蒸気循環式保温オーブン”。

 エマが改良を重ねてきた機械だった。

 小型なのに熱効率が高く、焼きたてを長時間維持できる。

 大量生産向けではないけど、街の小さな店でも扱えるように作った。

 “誰かのために温かいものを届ける”。

 そのための機械だ。


 エマは震えを抑えるように工具袋を握りしめる。怖くなってきた。

 会場の周囲には大企業の巨大機械ばかり並んでいて、自分の発明なんて、ちっぽけに見える。

 それでも、逃げたくなかった。


「エマ」と後ろから声がする。

 振り向くと、ルークが立っていた。

 以前より少し疲れた顔をしているが、その目はまっすぐだった。


 エマがぶっきらぼうに言う。

「……来たんだ」

「約束したから」

 ルークは小さく笑う。


 あの日以来、《ロイヤル・ギア》ではかなり揉めたらしい。

 技術盗用の調査や現場責任者の処分。そして父親との衝突。

 それでもルークは逃げなかった。

 エマはそのことを知っている。


「展示、見る?」

「もちろん」

 ルークは保温オーブンを見つめた。

 真鍮の配管。小型蒸気炉。循環熱制御弁。

 何度も失敗しながら作り上げた跡が、機械の隅々に残っている。


「……エマらしいな」

「なによそれ」

「不器用だけど、温かい」

 エマは少し照れて顔を逸らした。


 その時、産業祭の中央で音楽が鳴り始めた。

 蒸気楽団の演奏に、広場の人々から大きな歓声が上がる。

「わあ……」エマは思わず演奏が鳴る方を見ると、巨大な蒸気オルガンが、白い蒸気を吐きながら音を奏でていた。

 金色の音色が空へ広がっていく。


「少し見てくるといい」

 祖父が椅子へ腰掛けながら言った。

「店番くらいしとる」

「え、でも」

「若いのに祭りを楽しまんのは損じゃ」

 祖父はにやりと笑った。


 エマの顔が赤くなる。

「……行くか?」

 ルークが静かに尋ねると、エマは少し迷ったあとに、「うん」小さく頷いた。


 二人は並んで広場を歩いている。

 祭りの通りは、人と蒸気と音楽で溢れていた。

 屋台からは甘い焼き菓子の匂いが漂い、真鍮細工の店には小さなランプが並んでいる。


「これ可愛い」

 エマが足を止めたのは、小さな歯車細工の店だった。

 銀色の歯車を組み合わせた鳥の飾りが、蒸気の風で羽を動かしている。

「エマ、そういうの好きなんだな」

「機械がちゃんと動くと、なんか嬉しくなるから」


 そう答えてから、エマは少し恥ずかしくなる。

 子どもっぽかっただろうか。

 けれどルークは笑わなかった。

「分かる」

 その一言が、妙に嬉しかった。


 通りを歩いているうちに、少しずつ人混みが増えていく。突然、後ろから走ってきた子どもがエマにぶつかる。

「ごめんなさい!」子どもは急いでいるのか、そのまま走り去っていった。


「うわっ」とエマの身体が傾き、そのまま転びそうになった瞬間に、ぐい、と腕を引かれ、エマはルークの胸へぶつかっていた。

「大丈夫か」すぐ近くでルークの声がする。

 エマは息を呑む。近い。思った以上に近くて、胸の鼓動が急に速くなる。


 ルークの手がまだ自分の腕を支えているのに気づき、はっと我に返る。

 「……だ、大丈夫」動揺を隠しながら慌ててルークから離れようとする。

 けれど人混みが押し寄せ、また身体がぶつかった。胸の鼓動が止まらない。


「危ないから、こっち」

 ルークはエマの手を掴んだ。

 その瞬間、エマの頭が真っ白になる。

 ルークの手は大きくて、ちょっと温かい。

 工具ばかり触っている自分の手とは違う。


 ルークはそのまま、人混みを避けるように歩き出す。

 エマは何も言えず、ルークに連れられて歩く。繋がれた手と手が温かくて、このまま繋いでいたいと思った。


 広場の中央では、蒸気楽団の音楽が続いていて、空を見上げると、灰色だった雲の隙間から夕日が差し込んでいた。

 金色の光が蒸気を照らし、街全体がきらきら輝いて見える。


「……綺麗」エマが呟く。

 するとルークが、小さく笑った。

「そうだな」

 その横顔を見た瞬間、エマの胸はまた大きく鳴った。

 たぶん今、自分は、蒸気オーブンよりずっと熱くなっている。


 数日後。

 《歯車亭ベーカリー》の前には、小さな行列ができていた。

「蒸気スープパン三つ!」

「はい、ただいま!」

 店内には笑い声が戻っている。

 工房では、新しい小型オーブンが静かに蒸気を吐いている。

 街の小さな店向けに、エマが作ったものだ。


 向かいの通りには、《ロイヤル・ギア》の新しい広告が貼られている。

『地域工房支援計画・開始』

 その文字を見て、エマは少し笑った。


 そして扉の鈴が鳴る。

「いらっしゃ——……また来たの?」ルークだ。

「パンを買いに来ただけだ」

「毎日来てるじゃない。飽きないの?」

「好きだからな」

「どっちが?」


 エマが聞くと、ルークは少しだけ困った顔をして、観念したように静かに笑う。

「……両方」

 自分で聞いたくせに、ルークのあまりにも正直な答えに、思わずエマの顔が赤くなる。


 二人のやりとりを見ていた祖父が、奥でにやにやしていた。

 エマは顔を真っ赤にしながら「じいちゃん!」

「やれやれ、二人とも若いのう。良いことじゃ」

「もう、じいちゃんはうるさい!」


 店の中に笑い声が広がる。

 オーブンの熱は温かく、蒸気は静かに揺れていた。


 エマはふと思う。

 壊れたものは、必ず直せる。

 時間はかかるし、失敗もすることもあるけれど。それでも、ちゃんと向き合えばまた元通りに動き出せる。

 

 人の心も、きっと同じなんだ。

                   第一章 完


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

少しでも楽しんでいただけたなら、書いてて良かったです。

 第一章は終わりますが、第二章書いてます!来週中には上げるように頑張ります。


評価・感想・ブックマーク、など頂けたら嬉しいす。

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