巨人の咆哮
左膝から黒煙を噴き上げ、メイド長の動きに明確な「遅れ」が生じた。
これを見逃すアルではない。即座に陣形を二つに分け、さらなる猛攻の指示を飛ばす。
アル「ミラ、フィオ! お前たちは『右側』へ回って、徹底的に意識を引きつけろ!動きが鈍っている『左側』の死角から、俺とガンテツで一気に隙を突く!」
ミラ「了解さ! ほらデカブツ、アタシはこっちだよ!」
ミラが俊敏なステップでメイド長の右側へと回り込みながら、腰の小刀を数本引き抜いて連続で投擲する。金属の刃が分厚い右肩の装甲に当たり、カンカンッと甲高い音を立てて火花を散らした。
フィオ「♪〜右見て左見て、あっちこっち大騒ぎ! こっちを向いたら、目回るよー!」
さらにフィオが右側の壁際へ移動し、リュートをかき鳴らしながらひときわ大きな声で歌い上げる。物理的な音響センサーと視覚センサーへの強烈な刺激。
メイド長は、鬱陶しい羽虫を追い払うかのように、大きく右へと身体を捻り、巨大な戦斧を振り上げようとした。
だが、その「右への旋回」こそがアルたちの狙いだった。
右へ身体を捻るためには、軸足となる『左膝』で重い上半身を支えなければならない。しかし、今のメイド長にその負荷に耐えうる左足の機構は残っていない。
『ギ……ガ、ギギギィッ!!』
悲鳴を上げる左膝の関節。体勢が崩れ、戦斧を振り下ろすタイミングが致命的に遅れる。
完全に無防備となったメイド長の左半身。その死角から、アルとガンテツが疾風の如く踏み込んだ。
ガンテツ「痛めた足に容赦はしねえぜ! 吹き飛びなァッ!!」
ガンテツの特注ハンマーが、空気を圧縮するような唸りを上げて左の腰部装甲へ激突する。
凄まじい衝撃音が室内に響き渡り、メイド長の巨体が大きく右へ傾く。
アル「そこだッ! はぁぁぁッ!!」
ガンテツの打撃によってひしゃげ、僅かに開いた装甲の継ぎ目。そこへ向けて、アルが渾身の力を込めた槍の穂先をねじり込むように突き立てた。
刃が内部の回路と魔力管をズタズタに引き裂き、バチバチッと激しい放電の火花が散る。
セシル「よし、直撃だ……!」
ザイン「おお! 不条理なる鉄人形よ、そのまま地に這いつくばりなさい!」
物理と魔導の両面に深刻なダメージを受けたメイド長は、ついにその巨体を支えきれず、『ドスゥゥゥンッ!』と地鳴りを立てて制御室の床に両手と左膝をついた。
勝った。
誰もがそう思い、ミラがトドメを刺すためにアーマーピックを構えて背中へ跳躍しようとした、その瞬間だった。
『……警告。警告。機体損傷率、規定値ヲ超過』
床に這いつくばったメイド長の胸部装甲の奥から、無機質な、しかしこれまでとは全く違う「音声」のようなものが響いた。
『最終防衛プロトコル・フェーズ2へ移行。魔導核、出力リミッター、解除……ッ!!』
直後、メイド長の胸部から全身の装甲の隙間という隙間を縫って、目を開けていられないほどの「真っ赤な光」が溢れ出した。
同時に、超高温の蒸気が爆発的に噴出し、制御室の空気が一瞬にして灼熱へと変わる。
ミラ「……ッ!? 熱ッ! アル、ガンテツ、離れな!!」
ミラの切羽詰まった声に、アルたちはとっさに槍を引き抜き、後方へと大きく跳び退いた。
床に手をついていたメイド長が、異常な高熱を放ちながら、ギガ、ギガガガ……と不気味な音を立てて再びゆっくりと立ち上がる。
その巨体を覆う装甲は赤熱し、左膝の損傷などなかったかのように、周囲の魔力を強引に吸い上げて駆動部を無理やり動かしているようだった。
セシル「……魔力暴走状態だ。自らの機体が燃え尽きるのを前提に、リミッターを外して限界以上の出力を出そうとしているんだ!」
深紅に染まった双眸が、俺たちを捉える。
先ほどまでの冷徹な指揮官機ではない。ただ眼前の敵を破壊することだけを目的とした、怒れる破壊神がそこに立っていた。決着の時は、まだ先だ。




