聖職者の犠牲と、鋼鉄のモップ掛け
「……今だ、行け!」
アルの合図と共に、僕たちは青い絨毯を蹴って一斉に使用人専用通路の扉へと駆け寄った。
ミラが滑り込むように扉の前にしゃがみ込み、素早く工具を鍵穴に差し込む。しかし、カチリと一つ目のピンを外した瞬間、彼女は舌打ちをした。
ミラ「……チッ、ダメだ! この鍵、ただのシリンダーじゃない。魔力感知式の多重構造になってる。三十秒じゃ絶対に開かない、せめて一分は必要!」
セシル「一分!? 間に合わない、巡回の衛兵が戻ってくる!」
焦燥が走る。青い絨毯から完全に外れている今、あと十数秒で衛兵の視界に入れば【強制退去】、最悪の場合は【防衛機能】の対象として串刺しにされる。
アルが槍を構え、強行突破の覚悟を決めたその時だった。
「……おお、神よ! このような不条理極まりない遺跡で、私の清らかな魂まで削られようとは!」
ザインが突然、大袈裟な叫び声を上げて扉の前から離れ、絨毯と壁の間の「警告ゾーン」へと躍り出た。
彼の法衣は、昨日の崩落で泥だらけのままだ。その極度の「汚れ」が、角を曲がって戻ってきたオートマタたちのセンサーを強烈に刺激した。
オートマタ『警告。極度の汚染源が順路を大きく逸脱。強制退去および徹底洗浄モードへ移行します』
メイド型と衛兵型のオートマタ数体が、アルたちを完全に無視し、一斉にザインへと狙いを定めた。その手には、槍ではなく「巨大な金属製のモップ」と「高速回転する鋼鉄のブラシ」が握られている。
ザイン「ひぃぃぃッ!? そのブラシは完全に皮膚を削り取る威力がありませんか!? 助けて神よ、いやアル殿ォォ!!」
ザインが悲鳴を上げながら、絨毯の周囲を全速力で逃げ回る。オートマタたちは「汚れ」を排除することに全機能のリソースを割き、恐ろしい連携でザインを追い詰め始めた。物理的なダメージはないはずの「掃除」が、これほど恐ろしい殺意を帯びて見えるのは初めての光景だった。
ガンテツ「ガハハハ! 走れザイン! 足を止めたらワックスがけされるぞ!」
アル「笑ってる場合か! ミラ、急げ!」
ミラ(……このエセ神官、たまには役に立つじゃないか!)
ザインの決死の陽動で稼いだ「一分間」。
ミラの額から汗が落ち、最後のピンが重い音を立てて外れた。
ミラ「開いた! 全員飛び込みな!」
アルが首根っこを掴まれそうになっていたザインの襟首を強引に引き寄せ、扉の内側へと放り投げる。全員が転がり込んだ直後、重厚な扉がガチャンと音を立てて閉まり、オートマタたちの無機質な駆動音は完全に遮断された。
サイドストーリー
扉の内側、薄暗い使用人専用通路に静寂が戻った。
床に大の字に倒れ伏したザインは、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら天井を仰いでいた。彼の茶色かった法衣は、オートマタの恐るべきモップ掛けとブラシの恩恵(?)により、泥が完全に削り落とされ、ところどころ生地が薄くなりながらも元の「純白」を取り戻していた。
ザイン「……生きて、います。私は、不条理な清掃活動を生き延びました……」
フィオ「やあやあザイン! すごいよ、泥んこヒーロー! お洋服もピカピカになってるし、大活躍だったね!」
ガンテツ「ガハハ! 全く大した囮だったわい! 今夜の干し肉は一切れ多く分けてやろう!」
ミラは工具をしまいながら、ザインを見下ろして小さく鼻で笑った。
ミラ「……まあ、悪くなかったよ。アンタの無駄な足の速さに救われた。ありがとね、ザイン」
いつもは憎まれ口を叩き合うミラからの素直な感謝の言葉に、ザインは「ふん、神の導きがあったまでです」と強がりながらも、少しだけ誇らしげに口角を上げた。




