地を這う死神、沈黙の行軍
三日目の午後。陽炎が揺れる地平線の先に、ついに地図の目印である「三つの尖った岩」が姿を現した。しかし、目的地を目前にして、ミラが突如として顔色を変え、アルの口を強引に塞いで全員を砂の上に伏せさせた。
ミラ「……息を止めて。死にたくなければ、指一本動かさないで」
ミラの震える指が指す先――岩山の周囲数キロにわたって、不自然に波打つ巨大な砂の紋様が広がっていた。地中から伝わってくるのは、心臓を直接握りつぶされるような不気味な超低音の振動。
セシル「……嘘だろ。『サンドワーム』……それも、この規模の振動は間違いなくCランク上位に分類される個体だ。僕たちが束になっても、一飲みで終わる……」
今のアルたちの実力では、太刀打ちできるかどうかを議論する段階ですらない。「荒野の主」と呼ばれるその怪物は、周辺の生態系における文字通りの神だった。
アルは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。飛竜骨の槍も、ガンテツの大盾も、あの巨体の前では爪楊枝や紙切れ同然だろう。
アル(……やるしかない。戦うんじゃない、『消える』んだ)
アルは極限の緊張の中、仲間に向けて「音を立てるな」とジェスチャーを送った。ここからは、一歩の踏み込み、一回の呼吸の乱れが全滅を招く「死の隠密行軍」だ。
俺たちは新調した防塵マントを体に密着させ、風に舞う砂の一部になりきった。岩の露出している箇所を繋ぐように、砂地を歩く際は足の裏全体で重さを殺し、地面に振動を伝えないよう細心の注意を払う。
「……ッ!!」
突如、ガンテツのわずか数メートル横の砂が、巨大なクジラの背中のように盛り上がった。地中を泳ぐ主の余波だけで、体が浮きそうになる。
ガンテツは歯を食いしばり、大盾を抱えたまま彫像のように硬直した。
数十分にも、数時間にも感じられた沈黙の時間。
ついに一歩、岩山の強固な基部――地中の主が干渉できない岩盤地帯――へと足を踏み入れた瞬間。背後の砂地から「ボゴォッ!!」という、鼓膜が破れんばかりの爆音と共に、超巨大な口腔が姿を現した。
主は獲物(俺たち)を見失ったのか、あるいは最初から気づいていなかったのか。ただ天に向かって咆哮し、再び砂の海へと消えていった。
アル「……今だ、岩の裂け目へ!」
俺たちは肺が焼けるような思いで、岩山の内側へと滑り込んだ。
サイドストーリー
岩山の暗がりに飛び込み、ようやく荒い息をつく一行。
ガンテツ「……はぁ、はぁ。わし、死ぬかと思ったぞ。あんな化け物、カランドラのギルドでも数パーティ掛かりで挑むレベルじゃねえか……」
ミラ「……アル。あそこでアンタが『一撃入れてみる』なんて言ってたら、アタシ、アンタを殴ってでも止めてたよ」
ミラの手は、まだ小さく震えていた。
セシルは岩壁に残された古い刻印を見つけ、震える手でそれを撫でた。
セシル「……見て。この岩の配置と、内側に刻まれたルーン。ここは自然の岩場じゃない。間違いなく、人工的なエルフの様式が混ざった遺跡だ。フィオの歌……信じてここまで来て、本当によかった」
フィオ「……怖かったぁ。でも、お歌の通りだね。アル君、もうすぐお月様が出てくるよ」




