剥がれ落ちた影、不器用な告白
祭りの熱狂から一夜明けた早朝。アルは誰よりも早く起き出し、ミラの部屋のドアをノックした。
「……開いてるよ」
くぐもった声に促されて中に入ると、ミラはベッドの端に座り、昨晩バルトロから渡された黒い硬貨をじっと見つめていた。その顔にはいつもの余裕はなく、ひどく憔悴している。
アル「……昨日の男、一体何者なんだ。あの硬貨は何を意味してる?」
アルが単刀直入に切り出すと、ミラは自嘲気味に笑って顔を背けた。
ミラ「アンタたちには関係ない。これはアタシの個人的な問題だ。……今日の夜、アタシが一人で物見櫓に行って片を付ける。だから、アンタたちは宿で大人しくしてな」
アル「関係なくないだろ。あいつは『お前のお仲間ごと灰にする』って言ったんだぞ。それに……俺たちはもう、何度も互いの命を預け合った仲間じゃないか」
アルの真っ直ぐな言葉に、ミラは強く唇を噛んだ。
ミラ「仲間……! アタシをそんな風に呼ぶな! アタシはね……スラムで拾われてからずっと、連中に使い捨ての『影』として扱われてきたんだ。あのバルトロって男は、アタシを顎で使ってた男だよ」
ミラは堰を切ったように語り始めた。汚れ仕事を押し付けられ、いつ死んでもおかしくない環境で生きてきたこと。だが、カランドラでアルたちと出会い、日向を歩く「普通の冒険者」としての生活に、生まれて初めて居心地の良さを感じてしまったこと。
ミラ「このまま冒険者を続けていれば、いつか過去をやり直せるんじゃないかって……馬鹿な夢を見てたんだ。でも、アイツらは足抜けを許さない。アタシと一緒にいれば、アンタたちまであの連中の標的にされるんだよ!」
震える声でそう叫ぶミラに対し、アルは静かに近づき、その細い肩に手を置いた。
アル「……俺たちは、北の森で『脈動する蕾』をぶっ壊して、生きて帰ってきたパーティだぜ。影だか何だか知らないが、俺たちがそう簡単にやられると思うか?」
アルの言葉は不器用で、裏社会の恐ろしさを全く理解していない田舎者のそれだったかもしれない。だが、その根拠のない絶対の自信と信頼が、冷え切っていたミラの心に微かな温もりを灯した。
ミラ「……アンタって奴は、本当にどうしようもない馬鹿だね。……あぁ、そうだよ。アタシが惚れ込んだパーティは、ちょっとやそっとじゃ崩れないんだったね」
ミラは目元を乱暴に拭うと、ようやくいつもの不敵な笑みを取り戻した。過去から逃げるのではなく、立ち向かう決意を固めた瞬間だった。
サイドストーリー
アルがミラの部屋から出てくると、廊下にはガンテツ、セシル、ザイン、フィオの四人が立ち聞きしていたかのように壁に張り付いていた。
ガンテツ「ガハハ! まったく、水臭い嬢ちゃんだぜ。わしの盾は、魔物も裏稼業の悪党も区別せんわい!」
セシル「……そういうことなら、僕の魔法で最高級の罠を仕掛けなきゃね。組織の連中ごと吹き飛ばしてやる」
ザイン「おお、神よ! 不条理な暗殺組織など、このカランドラの地に一歩たりとも踏み入れさせるわけにはいきません。私の聖水で、影ごと浄化してご覧に入れましょう」
フィオ「♪~一人で泣かないで、影のお姉ちゃん! ボクらの歌が、夜の闇でも道を照らしてあげるから!」
仲間たちの姿を見たミラは、「……チッ、本当にどいつもこいつもお人好しだね」と毒づきながらも、その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。




