決死の帰還行と、夜を越える命
討伐の余韻に浸る間もなく、俺たちは「生きて帰る」という最後の戦いに直面していた。
チャックのパーティの戦士は足の骨が折れ、魔術師は魔力枯渇で昏睡状態。チャック自身も肩に重傷を負っている。瘴気が晴れたとはいえ、ここはまだ北の森の奥深く。血の匂いを嗅ぎつけた野生の獣たちが動き出す夜が迫っていた。
チャック「……野営はできねえ。ここで立ち止まれば、死体を漁りに来る獣の餌食だ。一気にカランドラまで歩き続けるぞ」
通常なら三日かかる行程を、不眠不休の強行軍で二日に縮める。
俺とガンテツで意識のない魔術師を担ぎ、チャックともう一人の仲間が足を折った戦士に肩を貸す。セシルとザインは限界まで絞り出した魔力で微弱な警戒網を張り、ミラが暗闇の中で獣の気配を先読みしてルートを切り開いた。
アル「はぁっ……はぁっ……。ガンテツ、ペースは……どうだ……」
ガンテツ「ガハハ……! 普段の荷物より、仲間の命のほうが重てえな……! だが、落とすわけにはいかんわい!」
夜の森は過酷を極めた。瘴気に狂った魔物こそいなくなったが、ホーンウルフやフォレストベアが容赦なく襲いかかってくる。戦う体力すら残っていない俺たちは、ミラの指示で息を殺してやり過ごし、どうしても避けられない少数の獣だけを、俺の槍とチャックの片手剣で最小限の動きで排除した。
夕闇が迫る頃、俺たちの足は文字通り棒になり、意識は半分飛んでいた。幻覚さえ見え始めた俺の目に、やがて遠くの木々の隙間から、見慣れた石造りの城壁と、オレンジ色に揺れる松明の光が飛び込んできた。
アル「……見えた。カランドラの、城壁だ……!」
チャック「……へっ。どうやら、全員生きて帰れそうだな」
カランドラの北門に辿り着いたのは、すっかり夜も更けた20時のことだった。門番たちが血まみれの俺たちを見て慌てて駆け寄ってくる。俺は担いでいた魔術師を衛兵に引き継いだ瞬間、膝から崩れ落ち、冷たい石畳の感触を最後に意識を手放した。
サイドストーリー
撤退行の最中、暗闇の中で最も頼りになったのは、実はフィオの存在だった。
フィオ「♪~右の茂みはトゲだらけ、左の木陰は獣の寝床……ボクらの歩幅は風のよう、そぉっと、そぉっと、夜を抜ける……」
彼女は大きな声で歌うことをやめ、仲間にしか聞こえないような小さな囁き声で、歩調を合わせるためのリズムを紡ぎ続けた。リュートを弾く体力もない中で、その一定のテンポだけが、千切れそうになる俺たちの意識を繋ぐ「命綱」になっていた。
ザイン「……神よ。この不条理な夜道、エルフの不気味な子守唄だけが道標とは。……しかし、今は……今はこれに縋ることを、どうかお許しください……」
ザインは重い足を引きずりながら、フィオの足跡を必死に踏み外さないように歩き続けた。極限の状況が、種族や信仰の違いを超えた絶対的な信頼を彼らの間に生み出していた。




