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ep.21 元王子の選択

## 第21章


---


 首輪が外れる日が来た。


 帝国からの正式な通達。ガルシュタイン公爵の逮捕と、アルヴィン・ゼーレ・ドラグノアに対する反逆の罪の取り消し。魔力封印の解除命令。


 部分的な名誉回復。


 完全な復権ではない。婚約破棄の非礼と過激派への接触は事実として記録に残る。王族への復帰はない。帝国への帰還権は認められるが、宮廷に戻る席はない。


 それでも——奴隷ではなくなる。


 首輪を外す術式は、リーゼルが執行した。


 残った第六層の封印を丁寧に解体し、首輪の金属を魔力で分解する。数時間の繊細な作業だった。


 最後の破片が首から離れた瞬間——アルヴィンの全身に、魔力が戻った。


 津波のようだった。


 封じられていた力が一気に解放され、大気中の魔力がアルヴィンの身体に流れ込んでくる。全身の毛穴が開き、血管の一本一本に魔力が満ちていく。視界が変わった。世界がさらに鮮明になった。第一層の解除の時とは比較にならない——これが、本来の自分の感覚だ。


 首に手を当てた。


 金属の輪がない。


 代わりに——薄い痕が残っていた。首輪が肌に食い込んでいた跡。時間が経てば消えるだろうとリーゼルは言った。消す薬も作れると。


 「いい。残しておく」


 「……なんで」


 「忘れないために。——自分がどこにいたか。何をしたか。どうやってここまで来たか」


 リーゼルは少し黙って、それから「わかった」とだけ言った。


 生まれて初めて首輪をつけられた日から、どれだけの時間が経ったか。数えていなかった。数える気力もなかった。


 それが——ない。


 「……外れた」


 自分の声が震えていた。


 リーゼルがペンを走らせながら——記録をつけている。どんな時でもこの女は記録をつける——ぽつりと言った。


 「おめでとう。自由だよ」


 自由。


 その言葉の重さが、胸に落ちた。


 自由だ。どこにでも行ける。帝国に戻ることもできる。宮廷には席がなくとも、竜の血統を持つ人間として、新しい道を歩むことができる。


 ……ここを出て。


 この砦を離れて。


 この女の隣から。


 リーゼルは記録を続けていた。アルヴィンの方を見ていなかった。


 意図的に見ていないのか、本当に記録に集中しているだけなのか。この女に関しては、どちらもありえた。


 「リーゼル」


 「ん」


 「帝国から、帰還の招待が来ている」


 ペンが止まった。


 一拍。二拍。


 「……そう」


 「宮廷の席はないが、帝国に戻れば——竜の血統の継承者として、ある程度の立場は得られるだろう。因子のこともある。帝国としても、俺を放置はできない」


 「……うん」


 リーゼルの声は平坦だった。いつも通りの、感情の起伏のない声。


 「お前は——行けと言うか」


 ペンが、机の上に置かれた。


 リーゼルが顔を上げた。


 紫の瞳が、アルヴィンを見た。


 「私がどう言うかで、決めるの」


 「…………」


 「あなたの人生でしょ。あなたが決めなよ」


 正論だった。


 だが——正論だけでは、この感情は片づかない。


 「……お前に聞いてるんだ。俺がここを出て行ったら——お前は」


 「私は?」


 「困るか」


 沈黙。


 リーゼルが椅子の上で姿勢を変えた。視線を逸らした。壁を見ている。天井を見ている。どこでもいいからアルヴィンの目以外の場所を見ている。


 「……困る」


 小さな声だった。


 「困る。たぶん。——料理する人がいなくなるし」


 「料理の問題か」


 「洗濯も。掃除も。水汲みも」


 「それだけか」


 「…………」


 リーゼルが黙った。


 長い沈黙だった。


 暖炉の火が爆ぜる音。壁の外で風が木々を揺らす音。ルゥが暖炉の前で寝息を立てている音。


 「……それだけじゃない」


 声が、さらに小さくなった。


 「でも、うまく言えない。言語化が——得意なはずなのに。なんで今に限って——」


 リーゼルの指が、机の端を掴んでいた。白くなるほど。


 アルヴィンは——もう十分だった。


 「俺は、ここに残る」


 リーゼルの指が止まった。


 「帝国には戻らない。——ここで、お前の助手を続ける」


 「……なんで」


 「因子の安定化はまだ終わっていない。お前が完成させるまで、被験体が必要だろう」


 「それは——理由になってない」


 「なってなくていい。俺がここにいたいから、いる。——それだけだ」


 リーゼルが、ようやくこちらを見た。


 紫の瞳が揺れていた。泣いてはいない。だが——何かが、決壊しかけている。


 「……勝手にして」


 「ああ。勝手にする」


 「……本当に、勝手な人」


 「お前に言われたくない」


 リーゼルが——笑った。


 泣きそうな顔で、笑った。


 アルヴィンは、その顔を見て——自分の中にある感情の名前を、ようやく認めた。


 認めたが——今はまだ、言わない。


 もう少しだけ。この距離のまま。


 もう少しだけ——この不器用な日常を、続けたかった。



---


*    *    *


「封印完全解除記録

 六層すべての解除を確認。首輪の金属を分解・除去。

 被験者の魔力:完全に復帰。推定魔力量は大陸屈指。

 始祖竜因子:潜在状態で安定。暴走の兆候なし。

 安定化は継続して観察が必要。

 被験者の進路:残留。理由は被験体としての継続参加のため。

 ……嘘つき。

 被験体なんて理由じゃないことくらい、私にもわかる。

 でも——嬉しかった。これは本当」

——リーゼル・フォン・メルツハーゲン、封印解除記録帳より


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