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Story.46 可能性

 気のせいでなければ、手の中に宿した魔法の上から、彼女が被せてくれたものは、防御魔法だった。しかも対象者として選ばれたのは、至近距離にいた彼女自身と、体もろとも爆発させようとした子供の二人だった。

 いい大人になっても、一人になりたくないだなんて幼い願いだ。だが、大人になったから願わなくなるものではなかった。


 望んで大きな魔力を持って生まれたわけではなかったのに、恐れられ、疎まれ、利用される人生が、どうしようもなく虚しかった。そんな運命を与えてきたこの世界が、大嫌いだった。


「……う……」


 ゆっくりと瞼を持ち上げる。己は気を失っていたのだなと、目を開けて初めて気付く。


≪オヴィアス!≫


 悲鳴のような声を上げながら、大粒の涙を零している虎の顔が、まず視界に入った。そのまましっかり目を開けることはできず、半分開けては外の光の眩しさに瞼を下ろし、もう一度、眉間に皺を刻む。目に入って来る光の量を調節しながら、開き直す。紫水晶ではなく、本来の翡翠の瞳が覗いた。


≪オヴィアス、オヴィアス~~~!≫


 ぐりぐりと、脇にキャンナが頭を擦りつけて来る。どうやら自分は、仰向けに寝かされているらしい。視線を巡らせると、キャンナに続いて顔を覗き込んでいるのは、黒髪に赤目の男、金髪に翡翠の目の男、それから、灰色の髪に碧眼の女。


 少年は思う。否、魔法が解けたオヴィアスの姿は、もう少年などと呼べる体躯ではなく、立派な成人男性のそれだ。

 ゆっくりと瞬きをしながら、嗚呼そうか、と呟いた。ずっと少年の姿だったので、声変わりしている自分の声がどこか余所余所しく感じられた。


「……負けたんだね、僕」

「……そうね。私の勝ち」


 魔力を使い切り、枯渇した状態で全身はひどく怠い。考えてみれば、最後の爆発魔法だけでなく、常に氷の兵隊を生み出す魔法を洞窟の至る場所に仕掛けたり、常に変化魔法で微々たるものでも消耗を続けてみたり。魔力を使い過ぎになるのも当たり前だった。もう戦おうと動き出す気力もない。完敗だ。

 オヴィアスは、クォーツとラドンに目を向けた。


「同じ境遇であるはずの僕と違って、お姉ちゃんは一人じゃないんだね。人生って、不公平だ」

「変化魔法が解けて驚いたのだけど、あなた、私よりも絶対年上でしょ。お姉ちゃんって呼ばれるの、ちょっと変な感じだわ」


 肩を竦めて苦笑したガイアを見つめ、問いかける。


「……どうして助けたの。見捨てて逃げれば、僕、勝手に自爆してたよ」

「私はあなたを倒したいのであって、殺したいわけじゃないからよ」

「それに言ったぜ、俺。絶対死ぬなよって」


 クォーツが口を挟む。そういえば、殴ってやりたいから死ぬな、と言っていたような気もする。別に死んでいても、気が済むまで死体を殴ればいいじゃないかと思うのだが、反論される気がして言わなかった。


「……あーあ。絶対僕とお姉ちゃんが手を組めば、少なくとも大国二つを滅ぼすなんて訳無いと思ってたのに。滅ぼし損ねたなぁ」


 ガイアが、ふと表情を改めると、手を振りかぶる。

 あ、叩かれるなと思った矢先に、パンッと乾いた音が響き、頬が痺れた。平手打ちだ。


「……寂しいから寂しい者同士でお手て繋いで、世界を滅ぼしたかったってわけ? 冗談じゃないわよ、頭湧いてんじゃないのあなた」

 湧いてないよ。こんな世界、何の価値があるっていうのさ。

 心の中で言い返し、見上げる。同時に、ぽかんとしてしまった。こちらを見下ろすガイアの瞳がゆらゆらと揺らめいていて、水の膜が覆っている。――涙だ。


「どんなに嫌いな世界でも、あなたはここまで生きてきた。私だって生きてる。人間ってね、一人で生きられないようにできてるのよ。こんな当たり前、どこかで一回くらい聞いたことあるでしょ。あなたは誰かに生かされてきた。なのに全て死ねばいいなんておかしいじゃない。それはあなたが生きてきた全てを否定することになるのに。寂しいも苦しいも言えなくて、ずっともがいてきた。私もそう。ただ、私は運が良かった。ケイ婆様に拾われて、クォーツに出会ったから。だから、オヴィアスの気持ちは私には分からない」


 でも、一つだけ言えるわ。そうガイアは続けながら、ぽろぽろと宝石に見紛う美しい涙を零す。眉を吊り上げて、語気を強めた。


「あなたは頑張りすぎて、間違えたのよ」


 もっと早く周りに助けを求めればよかった。淋しいのだと訴えれば変わったかもしれない。それを実践もせずに諦めるのは、自ら世界を広げることを放棄しただけだ。


「それにあなたは、色んな人を傷つけた。私は、私の大事な友達を傷つけたあなたを絶対許さない。だからあなたも、罪滅ぼしだと思って、私達に力を貸して」


 言いながらガイアが取り出したのは――大きな水晶が輝く、深紅の杖。


「……〝妖精の杖〟……」

「やっぱり、これがそうなのね?」


 思わず呟いたオヴィアスに、ガイアが確認するように問い返すが、彼の目はその〝妖精の杖〟に釘付けだ。自分が、先に壊してしまえと思って手を伸ばしたときには、結界か何かに守られているようで、弾かれてしまっていた。だが、ガイアは杖をしっかりと握っている。杖の頂点からぶら下がる金色の鎖が擦れあい、細やかな金属音が聞こえた。


(僕は、杖にも拒絶されたってことなんだな)


 世界にとことん嫌われたものだと、一周回って笑いが込み上げてくる。


「それで、負けた僕が何をすればいいって?」


 敗者となったのだから、命令には従うしかない。もう自分は観念しているのだ。すぐ横で悲しそうな顔をしているキャンナの頭を撫でてから、どうにか両手をついて上半身を起こす。頭が揺れて眩暈がした。


 さて、何を求められるのだろう。殺されなかったならば、ガニアント国へ停戦の交渉の材料に、人質として使われるのか。


「〝妖精の杖〟に、魔力を込めて欲しい」

「……魔力を?」

「〝妖精の杖〟は、この水晶に、平和を願う者の魔力がどれだけ込められているかで、効力が全然変わるらしいの。だから、私達が込めなきゃいけないのよ。パクスミール国の願いだけでは足りない。あなたの願いが欲しい」


 今度こそ、オヴィアスは両眉を上げて目を瞬かせ、ガイアの顔を二度見した。正気かと、問い返したかった。己は敵であり、彼らの命を奪おうとした者だ。世界の全てを破壊する初手に、パクスミール国とガニアント国を滅ぼしてしまえと思った人でなしだ。


「……何言ってるのさ。パクスミール国の願いだけでは足りないって? そしたらガニアント国は救われないとか、そういうこと?」


 杖を握り締めてオヴィアスの答えを待っている彼らに、呆れる。


「もしそうなら、勝手にやっててくれない? 僕はやっぱり世界を好きにはなれないし、ガニアント国を助けたい気持ちも別にないんだ。君達はパクスミール国の味方なんだから、パクスミール国の人たちだけを救おうと思えばいいと思うよ」

「私達が止めたい戦争ってね、そんなに単純なものじゃないわ」


 先陣を切って戦う兵士たち。人と人がぶつかり合い殺し合う。怪我をした者は、治療をするための場所に運び込まれる。だが偶に、酷い怪我を負った敵兵を回収してくる者もいる。これまでに勃発した小さな戦争で、パクスミール国が、ガニアント国の兵隊を治療し相手国に返したこともあれば、逆にガニアント国で治療を受けたパクスミール国の兵が、戦争が終わってから帰ってきたことも、今までに実例があった。


「敵だから救わないとか、味方だから救うとかって選り好みできるのは、みんな余裕があるときだけよ。戦争が始まってしまえば、みんな平等に、善も悪もないただの人。私達はただ、人を救いたい」


 何て損な性格をしているのだろうと思う。両方の国を救いたいだなんて。


「……僕が言うのもなんだけど。ガニアント国とパクスミール国が仲良くなれることは、ないと思うよ」


 ガニアント国は、パクスミール国の平和主義的な思想による、緩やかな経済発展に嫌気が刺した者達が結託して、国を変えようとしたのが始まりだ。その中で、魔力の強い者が集まりリーダーシップをとる。やがてリーダーシップをとった彼らを信頼し、ついていこうとする者が増える。懸命に働きかけても、一向に変わろうとしないパクスミール国から独立したいと考えた者達は、こぞって国の立ち上げに尽力し、ガニアント国という旗を背負って独立した。


 明確な国民の意識の違いによって分裂した国だ。パクスミール国には「裏切り」にしか見えなくても、違う方向を向き続ける者が一緒にいても足並みは揃わない。然るべきして離れたと考えたほうが良いと、オヴィアスは思う。オヴィアス自身、ガニアント国で生活し、パクスミール国にスパイとして潜入して、人々の感覚の違いに慣れるのは苦労した。同じ一つの国だったのにと言っても、あくまでそれは過去の話だ。「造物主」がどんなふうに国をまとめたとしても、その後国をどうしていくかは、国を生きる者達が決めることである。


 決定的に方向性が違ってしまっている以上、たとえ戦争を止めたとしても、歩み寄れない人々はまた争うだろう。今回の戦争だって、オヴィアスは利用するつもりではあったが、全てが彼の意思で始まったわけではない。パクスミール国にとって邪魔な国は、救わない方が理にかなっている。


「……視野が狭い」


 今度はガイアが呆れ顔をした。半身を起こしているオヴィアスの鼻をぎゅっと摘まむ。思わず、彼の眉間に深く皺が刻まれた。


「国の分裂を解消したいなんて大それたこと、誰も言っちゃいないわよ。ただシンプルに、戦争を止めたいだけ。これ以上死なせちゃいけない、そう思うから頼んでるって言ってるでしょ。あと、仲良くなれないっていうのは、あなたの憶測でしかない」

「憶測というかほぼ確実でしょそれは。仲良くなれる可能性なんてどこにあるのさ。知ってるでしょ、国民性の違いのことくらい」

「じゃあ、あなたが私達と仲良くなれれば、〝可能性〟は生まれるってことよね」


 オヴィアスが、言葉を失う。一瞬、彼女の言っている意味がわからなかったのだ。分かっても上手く、飲み込めなかった。


「……え」

「大きな魔力を持った似た者同士なら、きっと、世界を壊す以外でも色々な事ができるわよ」


 目の前に差し出された手の意味が分からず、きょとんとする。

 彼は、()()()()()()があると知っていても、自分に対してされたことがなかったので、ガイアが手を差し出す理由が分からないようだった。だから、巫女は微かに笑んで、がら空きのオヴィアスの手を取り、握手をした。


「オヴィアス・エパナスタ。私は、ガイア・モナーコス。ラコスデント神殿の巫女です。よろしくね」


 オヴィアスの翡翠の目は、呆けたまま。しかし、ゆっくり、ゆっくり。よろしくという言葉を噛み砕いては飲み込んで、変な息の吸い方をした。意味が、わかったらしい。


「一緒に戦争を止めた後、たくさんたくさん話をしよう。さっきみたいな伝心魔法に頼らないで、ちゃんと口で」

「そんでついでに、殴らせろ!」

≪俺様もだ! つつかせろ!≫


 急なクォーツとベルの声に、身を竦ませる。竦ませてから――本当の自分に、初めて笑顔が向けられていることに、気が付いた。

 クォーツが、無理矢理自分も握手をしようと手を強引に伸ばしてくる。「今は私が握手してるでしょ!」とガイアに怒られながら、諦めずに何度も。


 パクスミール国の巫女は頭がいかれている。その友人も同様だ。殺されかけた相手にどうして笑顔など向けられるのか。独りではないことを強調するように、己の手を奪い合って掴んでくるのか。


 目の前で簡単な自己紹介を二人が始めたかと思えば、そのたった二言三言の自己紹介に納得のいかない部分があったらしく、唐突にくだらない言い合いを始めた、灰色の髪の女と金髪の男を交互に見つめる。


「いやそれはおかしいだろ! どう思うオヴィアス!?」

「何で私がおかしいことになってんのよ!」


 そのくだらない言い合いに、まるで友達のように、何故会話に入れて貰えているのか。喉が詰まって何も答えられない。だが、二人は怒らないし自然に輪に入れて話し続ける。言いようのない落ち着かない感情を、何と呼ぶのだろう。

 殺そうとしていた相手の会話を聞きながら、この場の不思議な空気感に、「嬉しい」と感じてしまっている己も、いかれている。自分の事なのに分からない。何故。どうして。


「……キャンナ」


 小さな声で、〝聖獣〟を呼ぶ。虎は、オヴィアスの顔を覗き込んだ。


「僕の顔、どうなってる……?」


 オヴィアスの問い掛けに、キャンナはじっと鮮やかな緑の瞳を向け続け、静かに言った。


≪……見たこと無いほど、嬉しそうな顔ですわよ≫


 大切な人を傷つけたことを許せないと言った巫女が、己を友人として受け入れようとしていることは矛盾しているように思える。しかし、きっと指摘したところで、「許せないことと友人になることはまた別」などと宣うのだろう。


「……変な人たち」


 他にも思う複雑な感情は沢山あるのだが、くすりと、吹き出してしまう。作り笑顔ではない笑顔を浮かべるのは、いつぶりだろう。


 ちなみに、


「……楽しそうなとこ悪いが、時間ねえの分かってるよな、あんたら」


 遠巻きに彼らを眺めていたラドンに指摘を受けるまで、彼らのやり取りは続いた。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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