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Story.45 見慣れない子

 この頃のガニアント国の企みはこうだ。

 まだ攻め込む準備はできていないが、先にグリフォンのコインを大量に届けて動揺させる。平和主義国家であるパクスミール国の方から攻めて来ることはまずないだろう。動揺して警戒している間が一番、攻め込むと返り討ちにされやすい。しかし数ヶ月、何事もなく過ぎてしまえば、人は油断する生き物だ。国は、人が集まって作られるもの。人の油断は国の油断である。そのときに攻め込めば、勝機はガニアント国にある。



 二ヶ月後。ガニアント国が正式に戦意表明をする前、オヴィアスはふらりと、小さな田舎村を訪れた。色々な場所で、色々な人に怪我を負わせてきた中、どうしても後回しにしていた村――オヴィアスの、故郷だ。

 村に来てみると、幼いころの記憶と同じ光景が広がっており、かつて己が住んでいた家には、


『あら、こんな辺鄙な村に珍しい!』

『一人かい? 見慣れない子だね』


 オヴィアスの両親が変わらず住んでいた。

 記憶よりも年老いた両親は、変化魔法で姿を変えている少年を迷子と勘違いし、自宅に招き入れた。温かなスープまで用意してくれて、辺鄙な村だけど優しい人ばかりなのだという話を、安心させるために聞かせてくれた。


 おかしな話だと思った。だって、自分が息子としてこの家にいたときよりも、ずっと饒舌に話しかけてくれるし、優しさを感じるのだ。それでもかつて、息子としてここにいたとき、無条件に親の事が好きだった。


 ――どうして僕を迎えに来てくれなかったの?


 喉元まで、そんな問いが出かかる。本当はのっぴきならない事情があったのではないか。今でも、息子を迎えに行かなかったことを後悔しているのではないか。だから、罪悪感があって、こんな見た事もない子供を家に招き入れてくれたのでは。

 今、変化魔法を解いて、大人になった自分を見たら、二人は……立派になったねと、褒めてくれるだろうか。


『そういえば昔ね』

『あ、はい!』


 母が話し始めたので、慌てて返事をする。


『とても魔力の強い子が近所にいてね、怖かったのよ~。もういつ暴走するのかしらと思って』


 ――えっ。


『ああ、そうだなぁ。あの近所の子、俺も怖かったなあ。君みたいな普通の子だと良いんだけどね』


 父が腕組みをして、うんうんと何度も頷く。


『この村には子供が少ないから、もしかしてあれくらい魔力が強いものなのかしらと思ったの。でも、君を見て安心したわぁ』


 ――近所の子。


『そういえば、君、名前は何て言うんだい? 帰り道が分からないなら、ひとまず神殿に』


 父の声が、遠くに聞こえた。頭の奥がぼうっとする。両親が顔を覗き込んでくる。


 嗚呼。嗚呼。嗚呼――あは。あははははは……。あはははははははははははははははっ!!!


 目の前に置かれていたスープをひっくり返し、狂ったように笑いだした。友好的に接してきていた両親の顔が、唐突に恐怖に染まる。

 嗚呼、そうだよ、その顔だ。オヴィアスは思う。僕が知っているのは――その顔のアンタ達だ。


『僕の名前? 知りたい? 僕の名前はねぇ……』


 変化魔法を解き、黒い帯の光に包まれた中から現れた青年を見上げて、両親の顔は恐怖ではなく、絶望の色になった。


『……アンタ達の息子の、オヴィアス・エパナスタだよ』



 その日、惜しみなく魔力を解放したオヴィアスは、小さな村に住む全員を虐殺した。



 返り血で真っ赤になったオヴィアスは、〝聖獣〟のキャンナを撫でながら思った。こんな人間達が住む国は、さっさと滅びてしまえばいい。国と国の、方針の違いだとか、政治関連のいざこざには興味がない。こんな国はクソッタレだ。……否、パクスミール国だけではない。ガニアント国にいた期間だって、誰も彼も、オヴィアスの魔力に恐れをなして遠巻きに眺めるばかりだ。恐れていなくても、大神官も、政治家も、僕の魔力を利用することしか考えていない。ガニアント国もクソッタレだ。どちらも、滅びてしまえば良い。滅びないなら滅ぼしてやりたいくらいだった。


 そこでオヴィアスは思いつく。ガニアント国がパクスミール国に戦意表明をする日、ラコスデント神殿では〝聖獣〟を授かる、月に一度の儀式が行われるはずだ。そこで、この村に神殿の調査団が向かうように、事前にカピジャに忍び込んで噂を流そう。ガニアント国のことは、今は誰もが飛びつきたがるトレンドだ。噂を流せば絶対に神殿まで届く。届きそうになければ、オヴィアスが自ら神殿に言いに行くだけだ。そして、基本的に己はこの村に潜伏する。調査団がこの村にやってきたら、皆殺しにする。二国の間の戦争が激化する要因の一つになればいい。いっそ、星が壊れてしまうほどの、大戦になってしまえばいい。



 一ヶ月後、面白いくらいに予想通りに事が運び、小さな村に神殿の者がやってきた。


『……ベルさん、もうちょい低く飛んでください』


 やってきたのは予想に反して調査団ではなく、一人の男と、黒い大鷲だった。随分パクスミール国は油断しているんだなと思いながら、魔法で二人を撃ち落とした。逃げ切られたときにガニアント国の仕業であることを印象付けられたらと、グリフォンのコインを投げていたが、男も大鷲も地に倒れ伏した。

 だが、たった二人では戦争を激化する要因にはなりにくいかもしれない。応援は来ないのだろうか、と待機してみると、覚えのある気配が近づいてくることに気が付いた。――ガイアだ。

 彼女が来ると分かった途端、素早く気配を魔法で消し、村から離れた岩場に潜む。


『嘘でしょ! クォーツ! 起きなさい! 起きなさいってば!! クォーツ!!』


 パニックになっている様子が遠くからでも分かった。自分が殺したあの男は、どうやらガイアの大事な誰かだったらしい。しかし、運悪くここにきてしまったから死んだ。


 やはり、強い魔力を持っていると、仮に傍にいてくれる誰かがいても、いなくなっていく運命なのだと思った。――ならば、同じ境遇の者同士ならば?


 ふと、唐突に、平和をもたらす杖の伝説を思い出した。


 丁度、三ヶ月前に手でグリフォンのコインを一枚渡し、今回、あの男の死体の傍にも一枚落ちている。杖のある洞窟の扉は、二枚のグリフォンのコインで開く。ぴったりだ。しかも博識な巫女であるなら、絶対に杖の存在を思い出すはず。――運命かと思った。彼女は間違いなく、杖の祠へ来る。


 初めて、一人きりになった者同士、一緒にいられる存在ができるのかもしれないという期待に胸を膨らませながら、オヴィアスは頬を緩めた。


   ***


 胴を両断する勢いで振るわれてきた大鎌を、ガイアは飛び退きながら槍で弾き返した。縦横に振り回される大鎌と何回も斬り結び、どうにか槍を扱いやすいぎりぎりの間合いを保つ。

 距離が出来ると、オヴィアスが大鎌の石突を地面に叩きつけ、掬い上げるようにしながら弧を描いた。すると、そこから真っ白の冷気を漂わせながら白銀の氷が地面を凍結させつつ奔り、ガイアに迫る。

 巫女も負けずに、槍の柄頭を地面に叩きつけると複雑な呪文を詠唱し、大きな火柱を巻き起こして、迫って来る氷を迎え撃った。魔法特有のぶつかり合いで電撃のような光が散り、互いに消滅する。

 足元に氷が張ったかと思うと、そこから氷人形ではなく、がんと巨大な氷柱が鋭く伸びた。


「ああああああっ!」


 氷柱を蹴ったオヴィアスが、怒鳴りながら大鎌を構えて高く跳躍。上空から突っ込んでくる。その顔の必死さに、ガイアは目を細め。


「……ホノオ」


 後方から飛び出したライオンが、オヴィアスの持つ大鎌に飛び掛かる。大きく開けられた口は、しっかりと大鎌の刃に食らいつき、捩り上げるようにしながら取り上げた。


≪オヴィアス!!≫


 片目が使い物にならなくなっているキャンナの反応が遅れ、金切り声のような声を上げた。

 得物を失った少年は、歯を食いしばる。もはや自分の身すらどうにでもなれと、己の安全も考慮しない、めちゃくちゃな爆発力のある魔法を手に宿す。そのとき、相手もまた、跳躍する。突然近くなる距離。間近に見える巫女の顔。突然の事に呼吸をするのも忘れた、刹那。


 巫女が手を伸ばし、少年の手の中に込められた魔法の上から、更に魔法を被せる。ぶわりと魔法の光が膨れ上がり、光の線が二人の人間の存在をなぞるように走る。



 

 ――ドガアアアアアアン!!!



 

 少年の手の中で蓄積された魔法が大爆発を起こし、目の前にいたガイアを、飲み込んだ。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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