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Story.44 オヴィアス・エパナスタ

 少年は、人を殺したことがなかった。


 オヴィアス・エパナスタは、生まれたときから魔力に恵まれた子供だった。生まれた瞬間から、小指の先どころか、小さな掌いっぱいに満ちるほどの火の玉を生み出すことができていた。彼を生んだ両親は、そんな自分達の息子を、恐ろしいものと思い敬遠した。赤ん坊でありながら、人を殺すことができてしまいそうな魔力に怯えていたのだ。

 成長していったオヴィアスは、両親が心配したような、人を傷つける事態を引き起こさなかった。強大な魔力を備えていながら、自力で魔法をコントロールする力に長けていたのだ。


 だが、ある程度の年齢に達したとき――言うなれば、親に甘えたい盛りの頃。少年は両親に捨てられた。手を繋ぐことや抱っこを求めて来る息子に対して膨れ上がった恐怖心が、そうさせたようだった。




 オヴィアスが生まれたのは、パクスミール国内の小さな小さな田舎村であったが、ある日両親に、パクスミール国とガニアント国の国境に連れてこられた。国境までは、それなりの距離があった。あまり遠出をしない家族だったので、オヴィアスは大好きな両親とお出かけというだけで胸を躍らせた。


『パパ、ママ、ここに透明の壁があるよ。どうして?』


 国境に張られた壁を指さして問うと、じっと見ていれば面白い事が起きるんだ、と説明を受けた。好奇心旺盛だった少年は、わくわくとした目でその透明の壁を見つめた。


『パパとママは少し用事があるんだ。いい子で待っていろよ、オヴィアス』

『面白い事が起きたら、後で教えてね』


 両親は少年に言った。幼いオヴィアスは、素直に両親の言葉を受け止め、待ち続けた。


 両親が戻ってくることはなかった。



 

 一人になったオヴィアスを拾ったのは、国境の壁を管理していたシーカトロ神殿の大神官だった。彼は、国境近くで捨てられていた少年に、とんでもない魔力と技術があることを見抜き、このかつてない逸材を神殿の禰宜(ねぎ)にしようと育て始めた。最初に、目の色が鮮やかな翡翠であったので、魔法でガニアント国の国民に最も多い紫水晶へと変色させた。そして、〝聖獣〟の召喚の儀式を受けさせた。儀式を受ける年齢にも満たしていない小さな少年には、いささか早すぎることは理解していた。しかし、これだけの魔力を既にコントロールできているのなら、〝聖獣〟にコントロールの助力をさせることで、さらに強大な力を操れるようになるのではないかと考えたのだ。


 近年、パクスミール国と対立が深まる中、攻撃魔法の才能も重要視されていた。


 かくして、大神官の手により、オヴィアスの〝聖獣〟は召喚された。姿は、大きなオレンジ色の虎。鮮やかな色彩が、オヴィアスの持つ魔力の凄さを物語っていた。


【私の名は、キャンナ。あら、あなたが私の主様でいらっしゃるの?】

『……僕は、オヴィアス・エパナスタ』


 両親に捨てられ、一人になってしまってからは感情が抜け落ちてしまったような状態の少年が、機械的に挨拶を口にする。しかし、直に〝聖獣〟に触れるととても温かく、キャンナは主の頬をぺろぺろと優しく舐めた。


【宜しくお願いしますわ、オヴィアス。可愛い私の主様】


 不覚にも泣きそうになった。こんなに温かいものに触れたことが今まであっただろうかと思った。

 オヴィアスは虎に抱き付いた。


『……キャンナ、命令。僕を、一人にしないで』


 そのとき、それ以上は何も語らなかった。キャンナの方は少し驚いたようだったが、身体を丸めて我が子を護るように包み込んだ。



 それからしばらくして、大神官はオヴィアスに家庭教師をつけた。外に学びに行かせなかったのは、周りの子供と比べて魔力が強すぎることもあり、不要なトラブルを避けるためだ。オヴィアスは頭も良かったが、この時点での彼の魔法の使い方は、全て勘。つまりセンス任せであったため、正しく学べばもっと器用に扱えるようになるだろうと考えてのことだった。


 オヴィアスの魔法に関する上達は凄かった。とくに、家庭教師が補足くらいのつもりで話して聞かせた変化魔法については自ら調べ、家庭教師に見て貰い、例にないほどに上手く扱って見せた。彼は、少女にも少年にも、老爺にも老婆にも、青年にもなることができた。人外の生き物になることはできないが、姿を変えられるだけで稀少な才能だった。

 他には、強大な魔力を悟らせないように擬態することもできるようになった。そんなオヴィアスの技術力が買われ、彼は神殿の禰宜としての他に、スパイとしての顔も持つことになった。パクスミール国の内情を知り、戦争を始める際には有利に進めようと考えられた。


 ガニアント国は独裁国家であり、政府関係者もシーカトロ神殿に腰を据えていた関係上、全ての権限を神殿が保有していた。図らずも、オヴィアスは気付いた時には、神殿の権力者として発言することができるようになっていた。





 長い月日が経ち、本格的にパクスミール国を滅ぼす計画が出てきた辺りで、対パクスミール国用の魔性ウイルスが生み出された。魔法で作られた、体に不調を引き起こす人工ウイルスだ。

 オヴィアスは、スパイとしてパクスミール国に潜入することになった。変化魔法で選んだ姿は、小さな子供だ。十歳前後くらいだと、ある程度会話ができても怪しまれないし、かといって警戒されるような年齢でもない。腰を据える場所は、大きな図書館があり、博識な者が集まって来て情報が豊富そうな、学問の町・エプリサテナ。


 国境を渡ったとき、オヴィアスは懐かしさを感じ、両親に捨てられたことを思い出した。心が軋んだ。町中で、無邪気に親に甘える子供を見ると、心の軋む音は大きくなった。子供の姿でありながら、〝聖獣〟のキャンナを連れていると目立ってしまうので、基本的にスパイ活動中、キャンナは共に歩くことができなかった。温もりをどこにも感じられなかったが、感じられないという事実を見つめてしまわないように、一生懸命気付かないふりをした。


 しばらくパクスミール国のエプリサテナを拠点に、情報収集のために色々な町や村を回った。

 時折、ガニアント国で作られた魔性ウイルスをばら蒔いた。何やら妙なことが起きている、とパクスミール国を混乱させることが狙いであったが、魔性ウイルスは実験段階であり、ただの風邪の症状に留まることも多かった――というか、ほぼそうだった。話題性としては乏しく、下手をしたら「変な風邪が流行っている」程度で済まされてしまうかもしれない。それでは、スパイの仕事としては不十分だった。そこで、オヴィアスは気配を消す魔法を用いながら、無作為に人を選び、ちょっとした怪我を負わせて回るようになった。


 これが功を奏し、思惑通りパクスミール国に違和感を抱かせることに成功した。



 後日、ガニアント国からやってきた神殿の者が、研究を重ねられた新しいタイプの魔性ウイルスをケースに入れて持参したため、パクスミール国の隅にある村で実験的にばら蒔いた。だが、一つ前の魔性ウイルスはほとんど機能しなかったため、期待していなかったオヴィアスは、持ち込まれた全てをそこで使い切ってしまった。これくらいやっても足りないくらいではないのか、と思ったのだ。

 予想に反して、数日後にこの村に暮らす全ての者が病気を患い、死に至ることとなった。人と言うのは意外に簡単に死ぬんだな、と冷めた気持ちで思ったのを覚えている。



 ある日のこと。少年は情報を収集する中で、とても魔力の強い巫女が、ラコスデント神殿にいることを知った。カピジャにいた頃から、十分な年齢に達していないのに〝聖獣〟を従えていたというのだ。自分と同じだ、と思った。その巫女は、回復魔法を得意としていて、原因不明の怪我人や、病人の治療をして回っているらしい。会ってみたいと思った。

 オヴィアスは、子供の姿ではなく中年の男に変化し、ラコスデント神殿を訪れた。そして、その目当ての巫女を見つけると、「原因が分からないのに骨折をして困っている子供」の話を出せば、すぐに食い付いた。彼女には、オヴィアスの拠点にしている家に来てもらうこととなった。足は擬態魔法の応用で、骨折を装った。


『私はガイア・モナーコス。こっちは〝聖獣〟のホノオ。君かな? 最近、足を怪我しちゃったのは』


 やってきたガイアは、少年のことを疑うことなく治療してくれた。その治療をしてくれている間、彼女が集中しているのをいいことに、持前の鑑識眼で巫女と〝聖獣〟を探った。魔力はなるほど強力で、白いライオンがいるからこそコントロールできている状態であることはすぐに知れた。同時に、これほどの魔力があるのだとすると、幼少期には周りから恐れられて、一人きりになったのだろうと予想ができた。


『ねーねー、お姉ちゃん、お医者さんじゃないのに何でこんなにすぐ治せちゃうの? お父さんとお母さん、お医者さんとか!? あ、お医者さんの卵!?』

『私のお父さんもお母さんも、お医者さんではないのよ。もういないしね?』


 無邪気に演じながら探りを入れれば、両親はいないことが判明。当たり前だ。そんな魔力を小さい頃から持っていたなら、両親は怖がってこの娘を捨てただろう。



 同じ境遇の人がいることが、こんなに嬉しいなんて誤算だった。

 彼女と何かしらの関係は持っておきたい。この場限りにしたくないという思いが、自然にグリフォンのコインを渡す行動に繋がっていた。この日、ガニアント国が、沢山のグリフォンのコインをラコスデント神殿に運び込む手筈になっていることは頭に入っていたので、それが自然に「コインを渡す」という行為を思いつかせたのかもしれない。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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