Story.41 格好悪い
――すこん。
頭に走った衝撃に、目を瞬く。横に立った青年は、膝を折って屈み、ガイアの顔を覗き込みながら、その頭上に手刀を落としていた。
「こら。助けに来たって言ってるのに、無視ですか」
「……クォーツ……」
半ば信じられない思いで、呟く。クォーツが青白い顔で治療室のベッドに横たわっていた姿は、記憶に新しい。しかし、よく見るとやはり顔色はいつもほど良くない。
「……何で、ここに……いるのよ」
「ガキの頃に言っただろ? 俺は負けないって」
十年以上も前の話。そのときの約束を当たり前の様に持ち出してくるなんて、おかしな男だ。そして、その約束を覚えている自分も、おかしいと思う。
「起きたら戦争が始まってて、超ビビったわ。ばーちゃんは何か凄え頑張って結界の魔法使ってるし、神殿の人たちに聞いたらガイアはなんか戦争止めるために杖を取りに行ったとか言うし」
いやー超がんばった、俺はここに来るまで倍速で超がんばったよ、としみじみ呟く。そして、ぱっと翡翠の瞳が、祠に続く階段の方に向いた。
「おいこら、そこの、えーっと、名前分かんない奴!」
ガイアとホノオの周りにいた氷人形を薙ぎ払った際に使った石の剣を、真っ直ぐオヴィアスに向けて、叫ぶ。
「お前だろ、あの村の近くで俺達に攻撃したの! よくもやってくれたな! めっっっちゃくちゃ痛かったからなアレ!」
緊張感がない怒りの声に、逆に癇に障る部分があり、オヴィアスは眉根を寄せた。〝聖獣〟のキャンナも何とも言えない顔をしている。
「……あんたたちさぁ、何でいるの? 殺したと思ってたんだけど。っていうかどうやってここまで入って来たの?」
殺したと思っていたのが生きていたなんて、それだけでオヴィアスとしてはプライドが傷ついている。また、この空間にやってくるまでに氷の扉があったはずだ。まさにその通路を通って、クォーツもベルも現れた。だがあの扉は、ガニアント国のコインを持っていないと通れないはずだ。まさか、ガイアやラドンが、神殿にその旨の連絡を入れた瞬間があったのだろうか。
訝し気にしているオヴィアスに対して、クォーツはきょとりと目を瞬かせる。
「どうやってって……普通に、通って。……あー、ここ天井、外と繋がってたのな。ベルに乗って飛んできた方が圧倒的に早かったなぁ。気付かなかった……」
マイペースに言葉を続ける金髪の男に、柄にもなく乱される自分が腹立たしい。しかし無視することはできず、オヴィアスはもう一度問い掛けた。
「おい、答えてよ……普通に通ってって、どうやって……!」
「え? だってあれ、窪みに刻まれてるグリフォンの絵に、ちゃんと嵌るコインを入れりゃいいだけだろ? でも俺コインなんて持ってなかったから、適当にその辺の石で代用しただけだけど」
納得がいっていない様子の少年に、んん、と喉の奥で唸ったクォーツは周囲をきょろきょろと見回した。適当に近くに落ちていた石ころを拾うと、掲げて見せる。
「見てろよー」
言って、石の剣を地面に突き刺すと、両手で石ころを包んだ。目を細めたクォーツの手に、魔法の光が灯り始める。石ころは見る間に不要な部分が削ぎ落とされていき、平たい板になる。角を取るように丸く削られ、円形が出来上がる。次に、かりかりと小さな音を立てながら、平たくなった石の表面に細工を施していくと、
「ほい、出来上がり」
とても繊細な作業であるにも関わらず、数分と待たずに、石ころは見事なまでのグリフォンのコインの形を作っていた。
クォーツの家は石業だ。採石から石磨き、整形、細工等まで全ての工程を担う中、こうした石の扱いについては慣れたものである。
オヴィアスは今度こそ愕然とした。本当のグリフォンのコインを持っていない者に、まさか擬似コインで突破されるだなんて思いもしない。一ミリのずれでもあればあの氷の扉は開かないはずだが、石を使ってこの男は完璧に再現して見せたのだと、平然と言っているのだ。
「あー、あと、その仕掛けがあった扉なんだけどさ。悪い、壊したぞ」
「!?」
少年が目を剥く。壊した? あの扉を?
「邪魔だったからさ、扉が開いた後にすぐ、これってどんな仕掛けになってんのかなって、ちょっと観察したんだけど。閉まったら氷が扉の鎧みたいになって壊すの難しそうだし、開いてる間に爆破しちゃった」
たすき掛けにした麻袋に手を突っ込み、そこからクォーツが取り出したのは、小さな試験管だ。中には淀んだピンクの液体が入っている。粒のような泡がぷくぷくと水中を上下しており、ぱっと見では危険物には思えない。だが、ガイアはすぐに気が付いた。
「それ……魔法液の調合で作った爆発物……?」
通常は、カピジャで爆発物を作るための授業などやらない。身を守るための技術はカリキュラムにあるが、他人を傷つけることを前提としたものは含まれていないのだ。だが、逆を考えれば、先生が「この調合をしないように」と注意をしたものは往々にして危険物になり得る。そして、調合する際の魔法式を見れば、爆発物なのか毒物なのか、魔法科学を得意とする者からすれば判断は容易い。
その点、ガイアは言わずもがなであり、クォーツはカピジャ切っての秀才だ。
「俺、魔法は全然駄目だからさ。こういう魔法科学系に頼るしかねえんだ。扉を壊した方が援軍も来やすいだろうし、壊そうかなーって思ったら、ラドンが魔法は無効化されたって言ってたから、じゃあ魔法は魔法でも、魔法科学で作ったもんなら普通に有効なんじゃね? って思ったんだ。今時、全方面に最強の耐性があるもんなんて無いだろ? 絶対どこかに弱さがあるから」
つらつらと淀みなく話すが、相変わらずの頭の回転の速さには舌を巻くしかない。オヴィアスなど途中から絶句している。
彼の言葉にラドンの名が出てきたことに気付いて、思わずガイアは身を乗り出した。
「そ、そうだ……! ねえクォーツ! ラドンは!? 扉のところで彼、戦ってて……」
「ここだ。うるせえな」
声が飛ぶ。振り向くと、もうもうと漂う黒い煙の中から、黒い髪の男が現れた。ぽたぽたと地面を血で濡らしながらも、片足を引きずっているがどうにか自分の足で歩いている。足元には〝聖獣〟である子犬も一緒だ。
「ラドン!」
「おい金髪」
怪我はしているものの、無事な姿を晒してくれたラドンに喜びの声を上げたガイアだが、とうのラドンは彼女に目もくれず、試験管を持っている彼を睨みつける。
「扉を壊すのは賛成、俺は足をやられてるから先に行け、とは言ったが、あんなに大爆発になるなんて聞いてねえ」
「あーごめん! 爆風を追い風に使えば、ベルがいつもより早く飛べると思って、爆発力強え方使っちゃった! 怪我しまくってるラドンが、ガイアを追えって言ってくれたから、もうそんなやべえのかって焦っちまって!」
「危うく俺はお前にトドメを刺されかけた」
「ごめんってー! 全部終わったら魔法石あたり無償でプレゼントするから!」
両手を合わせて詫びるクォーツは、本当に焦っていただけで悪気はなかったのだろう。だが、どうして頭が良いのに急に気にするべき事項(今回の場合はラドンの命の安全)がすっぽり頭から抜け落ちてしまうのか、不思議なことである。ある意味、それこそクォーツらしいと言えるのかもしれないが、命が関わってくると流石に、その「らしさ」は早急に捨てて頂きたい。
ラドンは不満を連ねることをやめ、壁に寄りかかって息を吐く。だが、顔にははっきりと怒りの感情が表れていたので、本当に今度謝ろう、とクォーツは苦笑する。それから、ガイアに視線を戻した。
「……また、あの時と同じ顔してる」
ふっと表情を緩め、手を伸ばして、呆けているガイアの頭に手を乗せた。くしゃくしゃと、乱雑に灰色の髪を撫でつける。
彼女が手に握っている槍は、穂先に血も何もついていない。周りに落ちている氷の屑を眺め、氷人形には全力でかかったのだろうなと思う。
あの少年に、刃を向けることを躊躇ってしまった、己の魔力の強さの恐ろしさを思い出してしまった。
そんなところだろうか。
「ガイア。大丈夫だ」
試験管を麻袋の中にしまい、ガイアの頬を両手で挟んだ。
「殺す気でいけ。大丈夫。あの名前分かんない奴は、死なない。氷人形の魔力で分かる。あの名前分かんない奴、超強いぞ。多分、ガイアと同じくらいだ。だから殺す気でいくくらいで、丁度いい。本当に殺しそうになったら、俺が止めてやる」
クォーツは己に、同じ顔をしていると言った。だが、それはクォーツの方もだ。目を背けたくなるほどに純粋で、言葉には一切の裏がなく、心から紡がれたもの。
「信じろ。名前分かんない奴の強さを」
オヴィアスの名前など、彼が知らないのは当然のことだが、確かに良い事を言っているのに全然格好がつかない。本当に……
「……クォーツって格好悪い……」
「どうして俺はここで悪口を言われるのかな?」
動揺していた心の波が、すっと穏やかになる。メンタルケアの魔法でも使っているのではないかと疑いたくなるほどに、クォーツはガイアを安心させる力を持っていた。だから、彼が「そう」だと言うのなら、信じられる。くすくすと笑っていると、幼馴染の彼も穏やかに笑みを作り、巫女の腕を引いて立たせた。
ホノオがガイアの傍に寄っていき、力強く頷いて見せる。
「おい、名前分かんない奴!」
ラドンが叫ぶ。
「お前もちゃんと構えろよ! ガイアは超強いけど、絶対死ぬなよ! 俺が後で殴ってやるんだからな!」
オヴィアスは、無表情で見返した。笑顔は一切、張り付いていなかった。
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