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Story.40 約束

 数日が経ち、ラコスデント神殿に少年が訪れた。子供一人でこの神殿に訪れるのは大変珍しく、聖職者の者達も驚いた様子だった。少年は、ガイアに会わせてくれと言った。ケイはすぐに、ガイアが言っていた、「鬱陶しいクラスメイト」がこの子だと理解した。


『ガイア。お前に会いたいという子が来ていますよ』

『帰ってもらって。私は誰にも会わない』


 部屋に引きこもってしまい、食事もとらなくなってしまっていたガイアを呼んだが、案の定拒否される。さてどうしたものか、とケイが考えていると、後ろから少年がひょっこり顔を出したものだから驚いた。広間で待ってもらっていたつもりなのだが、どうやらついてきてしまったらしい。噂に違わない、自由な性格の少年のようだ。


 この中にガイアがいるのか、とジェスチャーで尋ねてきたので、ケイは頷く。すると、扉の前に進み出たクォーツは、子供のくせにわざとらしく野太く聞こえるように咳をしてから、扉に向かって言った。


『あー、あー。ガイア? 俺。クォーツ。クォーツ・ゾイロ』


 息を飲む気配があった。


『お前、何でカピジャに来ねえんだよ。みんな心配してるぞ』

『……関係ない』


 くぐもった声が返ってきて、なるほど関係ないときたか、とクォーツは天井を仰ぐ。


『俺、お前のせいで怪我したんだけど、関係ねえの?』

『っ! そ、れは……』


 意地の悪い言い方だと自覚はあったが、こう言えばガイアが黙りこくることはないはずだ。

 少しの沈黙が下りた。彼女の方から言葉を発してくれるのを待つために、クォーツは声をかけるのを我慢した。会話をしにきたのであって、一方的に伝えに来たのではないのだ。

 やがて、扉の向こうから、ガイアが問う。


『……火傷……治ったの……?』


 恐々と聞いてくる。少年は考える仕草をして、


『あー、痛みは引いたんだけどさぁ。残っちゃって、痕』

『っ……』

『……責任感じてるなら、見てくれよ。どんな風に残っちゃったのか。俺、クラスで良い笑いものなんだぜ』


 あのムードメーカーのクォーツが、笑い者にされている。ガイアは部屋の中できつく己を抱き締めた。火傷を負わせたのは自分だ。笑い者にさせてしまったのも。――でも、死ななくて良かった、と。両親の顔が頭にちらつきながら、そう思う。


 クォーツは己を怒りに来たのだ。罰ならいくらでも受けて良い。寧ろ、両親を殺してしまってから、ずっと求めていたのだ。やっとガイアは、重い腰を上げて、ふらふらと扉に近づいた。鍵を開けて、ゆっくりと開く。


 すると、


『じゃーん!』

『きゃあ!?』


 いきなり顔を前へと突き出して来て、あまりの近さに仰天して尻餅をついた。見上げてみると、そこにはたしかにクォーツがいる。しかし、金髪の少年の顔には、左目の横から頬にかけて、見慣れないものが刻まれていた。先日まではなかった、複雑な模様の刺青だ。


『どう、どう? かっこいいか?』

『え、え……』


 目を白黒させるガイアの前で、目の高さを合わせるようにクォーツがしゃがむ。


『刺青。入れてみた。火傷の痕、残っちゃったのは本当なんだけどさ。じゃ、前からちょっと興味あった刺青入れれば分からなくなるんじゃねえ? と思って。どう?』


 ずい、と顔を近づけて来る。見ろと言われているから、大人しく見るしかない。ガイアは目を凝らして、クォーツの頬に刻まれている刺青を眺めた。複雑な文様の中に、少しだけ赤黒くなっている部分がある。これが恐らく火傷の痕なのだろうが、刺青のせいで絶対にそうと言い切れなかった。


『変?』

『変……では、ないけれど……』

『だろー! カピジャでも評判いいんだぜ!』


 白い歯を見せて笑う少年は、どう見ても怒ってくれる気配がない。ガイアは眉を寄せて、尋ねる。


『……あの……誤魔化しはいいの。私……』

『俺、怒ってねえよ。言っとくけど』


 クォーツの顔から表情が消えた。真剣な顔をしているのはあまり見慣れず、緊張する。


『わざとだったら怒るけど、どう見てもわざとじゃねえじゃん。凄え落ち込む程反省してくれてんのに、何で俺が更に怒る必要があんの?』


 首を傾げるクォーツの言葉は、単純明快だ。かと思えば、金髪の頭をぺこりと下げる。


『寧ろ、俺の方こそごめん。教室で笑い者ってのは、嘘。そんなことない。今言った通り、刺青は評判良いし、かっけー! って言ってもらえるし。あとはいつもどおりって感じだ。……俺はもう平気だから、ガイア、カピジャに来てくれよ。ずっと反省されてちゃ、俺の方が居心地悪いぜ』


 驚きすぎて、終始ぽかんとクォーツの話を聞いていたガイアだが、少しずつ言ってる意味を理解し始めた。そして、何も知らないくせにと思うと、ふつふつとしたものが胸の中に沸き立った。強大な魔力を抱えていないから、そんな風に言えるのだ。うっかりしたら自分が誰かを殺してしまうかもしれない状況に、なったことなんてないくせに。


『……今回でわかったでしょ。私、人を傷つけるような魔法の暴走させちゃう悪い子なの。もうこれ以上関わらないで』

『……? ガイアが勉強も魔法も全部できるから、何でカピジャに通ってるんだろうなーってずっと思ってたんだけど。俺、こないだのを見て、魔法が暴走しないようにコントロールできるよう、カピジャに来てるんじゃねえの?』


 ガイアの事情を知らないのに、突然正解を弾き出した少年を見て、後ろから見守っていたケイは驚いた様に手に口を当てた。


『そんなの、あなたには関係ない』

『そういうの、やめろよな。自分の首絞めるだけだから』


 初めて、クォーツがはっきりと顔を顰め、ぴしゃりと言われる。


『一人で悩んで解決しないからずるずる来てるんだろ。一緒に悩んでくれる人がいれば、一人でいっぱいいっぱいになって魔法が暴走することもねえかもしれねえじゃん』

『そんなの! 傍にいる人が私のせいで危険に晒されるじゃない! いい加減な事言わないで!!』

『俺がガイアのこと支えるよ』


 突然、少年がとんでもないことを宣った。元々変な性格だと思っていたがここまでとは思いもよらない。彼にいたっては、数日前にガイアの魔法の暴走を顔に受けているのだから、危険の度合いは誰よりも理解しているはずだ。ましてや、クォーツは魔力のセンスが壊滅的であることが授業で証明されている。ガイアの魔力が暴走したとき、傍で自分の身を自分で守れない者がいるなど、どういう悪夢だというのだろう。


『……ガイアって、結構分かりやすいよな』


 クォーツが唇を尖らせる。「俺のこと、魔法を使うのが下手なくせにって思ったろ」と眉を寄せながら不満を口にする。


『じゃあこうしよう。俺は防御魔法の修得に力を入れる。だからガイアは怖がらないで、周りと接するようにしてくれ。本当はみんなと喋るの、好きだろ?』


 いつも窓際の席で、他愛もない会話をしているクラスメイトを羨ましそうに眺めていたのが、クォーツには印象深かった。ガイアは上手く隠せているつもりだったのかもしれないが、そんなことはない。クォーツは、そんな彼女とただ、話をしてみたい、友達になりたいと思って声を掛けた。魔法が苦手である手前、ガイアはとても魔法ができると担任のディオから聞いていたので、教えてもらいたいという下心もあったのは確かだが。関わろうとすればするほど、放っておけない存在になっていった。


『ガイアは強いよ。魔力、凄えし。で、知っての通り俺は弱い。多分カピジャでも最弱だ。でも俺はお前に負けない。他の奴にも。勝とうとは思わねえけど、ずっと負けない』


 自分から攻撃をすることは絶対にないが、攻撃を防ぐことには特化する。とんだ負け犬根性だが、少年は良い事を言ったと言わんばかりに鼻の孔を膨らませ、顔を覗き込んで、にっと笑う。


『だって負けたら、ガイアを支える人、いなくなっちゃうからな』


 手を伸ばして、呆けているガイアの頭に手を乗せた。くしゃくしゃと、乱雑に灰色の髪を撫でつける。

 いつも綺麗におさげにしている髪はぼさぼさで、目の下は隈が濃く浮かんでおり、肌は真っ白というより真っ青。唇の色も青白く、鎖骨が奇妙なほど浮き出ていて痩せていた。

 そんな幼いガイアの両目から、ぼろりと涙が出て来る。


『私の傍にいたらっ……』


 震える声が、涙に濡れてヨレヨレになりながら転がり出る。


『クォーツ、死んじゃうよ……』

『いきなり殺すな』

『それに私には、ホノオがいるもん』

『〝聖獣〟と〝友達〟を一緒にすんな』



 ――ちゃんと食べて、寝て、遊んで

 ――ちゃんと友達を作って、毎日を幸せに


 

 ――どうか、生きて


 

 今更のように、両親が自分に願った言葉を、思い出す。

 すこん、と。少し強めの手刀が頭上に降って来て、しゃんとしろ、と言われる。クォーツのくせに、それなりに痛かった。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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