Story.39 クォーツ・ゾイロ
『なーなー。ガイアー』
休み時間になるたびに、クォーツはガイアの机にやってきた。窓の方ばかりに目を向けるガイアの視界に入ろうと、うろうろそわそわと動き回った。しかも最初から名前呼びだ。それだけでいかに馴れ馴れしいかという話である。ガイアはクォーツを無視し続けたが、無視をし続けているのに彼は頑なに付き纏った。
【……ガイア】
『話しかけないで』
あまりに一生懸命、クォーツが話しかけていたからだろう。ずっと席の後ろで座っていたホノオが、躊躇いがちに声を発した。だが、鋭く己の主人に睨まれては、黙り込むしかなかった。
『あなたも、話しかけないで。私は一人が好きなの』
『えー? そんな寂しそうな顔してんのに説得力ないぜー?」
幼いガイアの顔色が変わった。
『寂しそうな顔なんてしてない!!』
『いや、してるって。それに俺、寂しそうだから声掛けてんじゃねえよ?』
カピジャに行ってから、初めてガイアの感情が大きく動いた。うるさい、と怒鳴って、席を離れた。このときは流石に、クォーツも後を追いかけなかった。
この日、神殿に帰ってきたガイアは、かつて無いほどにケイに愚痴をこぼした。訳の分からない編入生がクラスメイトになったが、腹立たしいほど声をかけてくる、と。彼女がクラスメイトの話をしたのはこれが初めてで、ケイは内心喜んだが、ガイアの方は全く穏やかではなかった。
それからも、クォーツは恐ろしいほどにガイアに付き纏った。トイレに籠れば流石についてこないが、可能な限りついてくる。校庭で追いかけられたときなどは、とうとうあんなに力を借りたくないと思っていた〝聖獣〟のホノオに泣きついて、人外のスピードで逃げた。この頃から、ホノオとの関係は良好になった(ガイアが一方的に壁を作っていただけなので、その壁が取り払われたというのが正しいのだが)。また、カピジャ内で、最早この二人の追いかけっこは名物になりつつあった。
『モナーコスさん、大変だねぇ。でもちょっと笑っちゃった』
『あたしも! あとね、昨日の、〝聖獣〟に乗って走ってるの、凄いかっこよかった!』
『クォーツくんから逃げるために使ってた魔法も! あれどうやってるの!?』
クォーツは性格も明るく、人当たりもよく、教室ではムードメーカー的存在だった。皆が視界から排除していたガイアの存在も、クォーツが関わろうとすればするほど目に入るようになり、そのうち冷ややかなガイアの態度は、「クールキャラ」として定着した。意外に話しかけられる人なのかもしれないと、皆がこぞってガイアにも声をかけるようになっていった。
ガイアは焦った。突き放しているはずなのに、クォーツが現れてから、どんどん周りに人が増えていく。自分は強大な魔力を持っている。望んだわけではないのに、そうして生まれてきてしまった。脳裏に、焼け焦げて死んでいった両親の姿がフラッシュバックした。だが前のように突き放しても無駄、本気で怒っても元々が冷たい態度だったので、あまり驚かれない。逃げてもクォーツは諦めない。ガイアの焦りはどんどん色濃くなっていった。
ある日の授業で、二人で一組になって、防御魔壁を張る練習をすることになった。ルールは簡単で、一人が小さな魔法の光弾を作り出し(子供が作るものなので、精々ゴムボールほどの強度しかないものだ)、放つ。もう一人が、習った通りに防御魔壁を張って、光弾を防げるようにする、というものだ。
『ガイア、組もうぜ!』
こっそり授業を抜け出してサボろうと思っていたガイアは、クォーツに目敏く見つかり捕まった。先生にも、「モナーコスはゾイロと組むんだな」と納得されてしまったのだ。他の子達は既に組む相手を見つけており、今更ペアを変更することもできない。こんなことなら、せめてクォーツ以外の子に適当に声を掛けておけば良かったと、少女は溜息を吐いた。
適当に済ませよう、と思うも、これがそうはいかなかった。クォーツが、魔法がからっきし駄目だったのだ。常人離れした頭脳の持ち主で、その頭の良さゆえにカピジャに入って来ていたのだが、当時のガイアがそれを知るわけもなく、どうしてこんなに魔法を使えない男がカピジャに入れたのかと、少女を本当の真顔にさせた。
防御魔壁など、基本中の基本である。強度を上げるとか、自分以外の人も覆うサイズにするとか、応用をするとそうもいかないが、この授業で求められているのは一番最初の段階のものだ。なのにクォーツは顔を真っ赤にして頑張っているにも関わらず、周囲に何も起きない。たまに魔力の欠片らしい星屑みたいな光が、ぽわんと宙に出てきて、無情にもさらりと消えていくだけだ。手の上にゴムボールの光弾を浮かせたままのガイアは、ひたすら待たされることになった。だが……あまりにも懸命に頑張る彼の姿に、何だか可哀想になってしまい、
『……力をたくさん入れても、出ないよ。少し肩の力、抜かないと』
そんな助言じみたことを、ぽろりと口から零した。
驚いた様子でこちらを見つめるクォーツの視線に、しまった、と思うが後の祭りだ。
『そっかぁ! なあ、他のコツはある!? 俺もう全っ然ダメだから教えてくれよ! 頼む!』
全然駄目なのは見ていれば分かる。ガイアは困ってしまったが、あまりに両手を合わせて頼みこんでくるものだから、ぼそぼそと小さな声で、
『えっと……周りに……下敷きみたいな厚さで充分だから……そういうのがふわふわ浮いてるのをまずはイメージすると、分かりやすい……かな。それで魔力は体の流れに沿ってるから、いきなり手から出すとか思うんじゃなくて……』
クォーツはふむふむと真面目に話を聞き、ガイアの目の前で何度も実践した。
生徒のほとんどが練習を終え、残すは一度も成功していないクォーツのみ。皆が見守る中で、いつの間にかガイアも、教えるべき内容を伝えきったら、固唾を飲んで少年の様子を見守っていた。しばらくして、唐突に、クォーツの周囲に透明の壁が六枚、魔法を発動した彼の周りに浮き上がり、ぴっちりと隙間もなく囲いができた。
『!』
すかさずガイアは、作り出していたゴムボール程度の光弾を、えいとぶつけた。すると、クォーツが張った防御魔壁に阻まれて、ぼよんと跳ね返りながら光弾は消え失せた。
『できたー!!』
誰が最初に叫んだかは分からない。だが先生までが諸手を挙げて喜び、他のクラスメイトたちも飛び跳ねて称賛した。ガイアも、こんな簡単な魔法でありながら妙な達成感があり、ふと、表情が緩んだ。
『ガイア、ガイア!』
感極まったクォーツが駆け寄って来る。
『ありがとな! 本当にできた! 俺でもできるなんて、すげえよ!』
とんだ自虐が入って、思わずガイアは笑いそうになる。感極まったクォーツは、少女の両手を取って握り締めた。
――それが、いけなかった。
一瞬でガイアの顔に恐怖の色が浮かぶ。両親を自らの魔力で失ってから、ガイアは誰の体温に触れた事も無かった。
『やめてっ』
強く振り払う。不安の濁流が心の中に巻き起こる。
【ガイア!!】
校庭の隅に座っていたライオンが叫んだ。
小さな火の粉が周囲に散り、しかしすぐに消えていく。ガイアの意識とは関係なく、少しだけ大きい火の玉が一つ、びゅっと前方に吹っ飛んだ。周りから悲鳴が上がる。
駆け寄ったホノオがガイアに寄り添い、ガイアは何度も深呼吸をした。〝聖獣〟のおかげなのか、ゆっくりと気持ちが落ち着いていく。暴走と言っても少しだけ魔法が飛び散っただけで、あの日のような火炎は巻き起こらない。そのことに、ほっと息を吐き出して、前を見ると――クォーツが顔を覆って、蹲っていた。
『今、火がクォーツくんの顔に……!』
『ゾイロ! 保健室行くぞ、立てるか!』
ガイアは青ざめた。己の中から生まれた火が、運悪くクォーツの顔にぶつかったらしい。
やめておけば良かった。相手がどれだけ魔法を使えなくても、可哀想でも、怪我をすること以上に可哀想なことなんてない。助言なんてしなければ良かった。関わりを持とうと思わなければ良かった。果てしない後悔が胸の中を埋め尽くしていく。
その日、クォーツはカピジャを早退した。彼が早退したあと、クラスメイトは青ざめた顔のガイアを心配して声をかけたが、何も答えなかった。突き放す余裕もなく、抜け殻のように過ごした。
次の日から、ガイアはカピジャに行かなくなった。
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