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Story.33 氷人形

 ゴアン、と荘厳な音を立てながら扉が閉まり、氷が覆い始めたのを肩越しに眺めてから、ラドンは視線を前に戻す。扉が閉じる直前、ガイアが飛ばしてくれた光の玉は、自ら四つに分裂し、四方に散ると発光した。求めていた範囲は充分に明るくなったので、即座に放ったものでこれだけの質の良さとは恐れ入るなと、絶対に口には出さないが思った。

 代わりに、彼女の魔力の消耗と精神への負担は少し大きいだろう。手軽にできるのであれば、洞窟に入った時点で明るくしてくれていたはずだ。その点だけは、無茶を言って悪かった、と心の中で詫びた。


≪ラドンくん、もうあかないみたい≫


 扉が開くか確認した子犬の声が、後ろからかかる。


「また台座に嵌めないと開かないって事だろ。あとで外から開けてやらねえといけないなら面倒だな」


 グリフォンのコイン自体は、ラコスデント神殿に戻りさえすればある。それとも、内側からなら容易に開くタイプだろうか。


≪びっくりしたねえ≫

「計算外もいいところだ」


 心底迷惑そうに、氷の扉を見上げる。外の鉄の扉は、鍵も閉まっていないし不用心だなと思った分、何かしらの障害は洞窟内にあるだろうと思っていた。強烈な寒さも、足を前に進みにくくさせる仕掛けの一つであることは推測できる。しかし、こんな大仰な扉が待っているとは。一度開けても、閉まるのは自動ドア方式。全く勘弁してほしい。


≪しかたないよ。みらいは、わからないものだから≫


 未来は不確定だ。戦争を止めることが、果たしてこの世界にとってベストな選択かは分からない。ただ、戦争をした果てを見守ったところで……だ。

 全ては扉の先に進んだ巫女に託された。彼女が作る未来を、どうにか見届けられるといい。


 刀の柄を握る手の感覚が覚束ない。長く息を吐けば、真っ白になって空気中を漂い、霧散していく。敵が来た際の足止めを買って出たが、厄介なのはやはりこの寒さだ。どんなに自己暗示をかけて己を誤魔化しても、寒さで痺れる肌や固まる筋肉はどうしようもない。戦っているうちに解れてくるかもしれないが、間違いなくコンマ一秒は動きに鈍さが顕れる。


「……来るか」


 冷気とは別の、肌を刺すような気配が強くなる。魔力だ。手を太腿に打ち付けて、気休め程度でも感覚を取り戻す。ガイアが残してくれた光のおかげで視界は良好だ。


(足音がしねえ……暗殺を得意とする奴らか?)


 複数の魔力反応が膨らむのに対し、暗がりの奥から音は一切しない。己の持つ武器は太刀だ。短剣使いが相手だと間合いの取り方が難しくなるなと、頭の隅で考える。まだ敵らしき存在を認識することはできないが、魔法で姿を消しているのかもしれない。いつ、どこから魔法攻撃が来てもいいように、己の周りに防御魔壁を張ってから、刀を構える。


 そして――唐突に、近寄ってきていると思っていた魔力は、膨らんだ。


「ぐっ!?」


 突然響き渡る金属音。火花が散り、ラドンは歯を食いしばりながら渾身の力で、刃を振るう敵を弾き返した。

 理解して防いだとは言い難い。迫ってきた殺気に、意識よりも体が先に動き出していた。


「……何なんだ、お前」


 思わず、敵に向かって問い掛ける。遠くから近寄ってきていると思っていた魔力は、本当は違っていた。()()()()()()()()()


 ガイアの残した光の中、輪郭をくっきりと表している、それ。斬りかかってきた相手の体は、全身が氷でできている。ラドンの視界にある地面に張った氷から、沸き出ては一瞬にして人の形を形成した。鎧も剣も全て氷ではあるが、人の動きと遜色ない滑らかな動作を見せつけてくる。発話能力は備えていないらしく、言葉はおろか、呻きも、気合の声も漏らさない。口はあるが、不気味に三日月の弧を描いたものが刻まれているだけで、唇の動きをしそうにはない。出立ちは兵士でも、表情が動かないその様は「人形」と呼んだ方が相応しいだろう。

 ちら、と周囲に視線をやった。洞窟内のそこかしこにある氷から、次々に同じ氷の兵士が生み出され、立ち上がっていく。


(氷ひとつにつき兵士一体……いや、違ぇか)


 その条件で従うなら、もっと兵士は少ないはずだ。周りに立ち上がった数だけで、既に張っている氷の数は超えている。甘い考えに縋ろうとした自分に舌打ちをする。


 二人の氷人形が剣を構えて飛びかかってきた。後方へ飛び退く。そこにも氷人形がいるのに気づくや否や、前方の二人から距離をとりながら、振り向きざまに後方の敵の胴体を斬りつけた。バキン、と氷の砕け散る音がして、たったそれだけで全身にヒビが入り、崩れ去る。

 即座に前を向き、地面を蹴って懐へ飛び込む。横から降ってきた別の氷人形の斬撃を、体を捻って躱す。刀を口に咥え、両手で前方の一人の腕を素早く取った。感触は確かに氷で、知っているものよりも、熱と勘違いするほどに冷たい。ラドンは顔を顰めながら、一気に氷人形を背負い投げる。背負い投げられた敵は、受け身も取らずに強かに岩に投げつけられ、背中から全身を崩壊させた後、ただの氷の粒になった。


(一体一体は強くねえ、が……直接触ると俺がもたねえな)


 口から離した刀の柄を握るが、掌は凍傷を負っている。たった数秒の接触で、肌が真っ赤になっており、かなりの痛みを伴っていた。

 地面の砂利を蹴り上げる音がした。後ろだ。素早く振り向き、五人ほどの氷人形を睨み付けながら、刀を向ける。右足を軸に、一息に回転した。遠心力を伴った刃が、敵の体の何処かを深く斬りつける。また、バキバキと音を立てて崩れ去った。


「っ!」


 熱いものを肩に感じて、表情が強張る。咄嗟にまた後ろへと刀を振るうが、そこに敵はいない。肩に手を回して探ってみると、刺さっている氷の針の存在に気が付いた。針と形容するにはいささか太さがあるが、離れた場所に立つ氷人形が投擲したものであろう。掌に奔る刺激に耐えながら氷の針を握って抜くと、投げ捨てる。血が流れ落ち、強烈な冷たさのせいで恐らく傷の痛みは、見た目よりも数倍だ。

 息をつく暇も与えずに飛んでくる斬撃を躱しながら、斬り結び、相手の得物を叩き折り、存在ごと粉砕する。


 戦いながら、思考を回す。この世界では、戦いも全て魔法頼りな部分がある。だからこそ防御魔壁なんて術式が生まれたのだろうが、物理的なものになると話は別だ。


(防御魔壁……は意味ねえか。こいつら魔法で生み出されてるくせに攻撃魔法は使わねえな)


 両側から振るわれてきた剣と槍を、頭を下げて躱し、無防備に晒されている二人の氷人形の腹を斬りつけ、壊す。


(なら、解く。余計な魔力消耗はしねえほうが良い)


 内心、賭けである部分があった。わざと魔法を使わない攻撃ばかりを繰り出して、防御魔壁を解くことを待っているのではないか、と。もし、氷人形たちがそれを狙っていたのなら、解いた途端、魔法の総攻撃を受けることになるかもしれない。

 だが、この警戒は杞憂に終わった。ラドンが防御魔壁を解いても、氷人形たちは全く攻撃パターンを変えてこなかったのだ。感情などを持ち合わせていないだけでなく、思考も持ち合わせていないらしい。殺戮本能だけが搭載された、勝手に動いているだけの人形だ。


(人形なら人形らしく、動かねえで欲しいんだけどな)


 相手が生き物ではなく氷であるため、いつものような勘が上手く働かない。息遣いや、目の動き、筋肉の脈動。その全てを備え持たない氷人形は次の動きの予測もしにくい。しかもいくら倒しても、ある程度の数まで減らしたら、待っていましたといわんばかりに近くの氷から生み出されるのだからきりがない。氷自体を溶かしてやろうにも、ラドンは火を扱った魔法が苦手だ。そんなもので溶けてくれるのかは不明だが。

 



 ――何体ほどの氷人形を倒した頃だろうか。


 ラドンは己の体力の限界を感じ始め、太腿に刺さった氷に刃を引っこ抜く。じくじくと痛む傷に身体をふらつかせ、肩で息をしながら膝をついた。ぱたぱたと額から頬を伝い、顎に溜まった血と汗が地面を濡らす。刀を突き立て、懸命に息を整える。氷人形は、未だに周りを取り囲んでおり、相変わらず顔には、全く動くことのない不気味な笑顔の表情を貼り付けている。


 限界か、と思ったラドンの視界が。


 黒に、染まった。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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