Story.32 分断
何か失敗しただろうかと慌てたが、周りにちらちらと降っている火の粉が、確かに魔法を発動したはずだと告げていた。足元に落ちた火の粉は、地面に張っていた氷を容易に溶かしたため、熱が足りなかったわけでもない。扉にぶつかる直前に、放った魔法は無効化されたのだ。
ガイアが、小走りで扉の氷に直接触れる。
「……だめね。これ、多分ただの氷じゃない」
一見は何の変哲もない氷に見えるが、氷に触れた状態で掌に火を生み出そうとしても、シュウッと音を立てて消えていくだけだ。
「つまり、他にちゃんと扉を開ける方法があると」
ラドンが、扉のすぐ横に置かれている台座に目を留める。ガイアも、同じところに視線を注いでいた。氷漬けにされた扉において見ていないところと言えば、そこくらいのものだ。反対側にも、対になるように似た台座が置かれている。
二人はそれぞれが両側の台座に向かい、中を覗き込んだ。とくに入っているものはなかったが、中心に不自然な円形の窪みが一つある。ガイアが、緊張した面持ちになる。
「……グリフォンのマーク……」
覗き込んだガイアが呟く。すると、反対側で覗き込んでいるラドンが手招きした。
「灯り」
「あ、ごめんなさい」
慌ててガイアは自分が見ていた台座から離れ、黒髪の彼の方に近づくと、台座を覗き込みつつ掌の灯りで照らした。そこに見えるのは、先ほど彼女が見た台座にも刻まれていたものと同じ、グリフォンのマークが窪みの中にあった。
「絵柄も窪みのサイズも……ガニアント国で発行されてるコインと一致しそうね」
「それで自国の連中しか入れないようにしてたんじゃねえの。……こんな大層な扉、立てるとはな……」
ラドンが計算外だと言いたげに歯噛みする気持ちもわかる。番人要らずの扉というわけだ。ガニアント国のコインなど、パクスミール国に宣戦布告のために何枚も届いていたが、通常ならば無いはずのもの。ガニアント国以外の人間がいくら頑張ってここまで洞窟を進んできても、コインを持っていないのが当たり前である。こんなところで突然、ガニアント国の住民であることを証明しなければならなくなるとは、計算外も甚だしい。相手が生き物でない以上、無理矢理ないしは頼み込んで聞き出すことも……。
途端に、ガイアの頭の中に、光が差す。もしかして。
慌てて腰に下がっている巾着袋をまさぐって、二つの固いものが指先に当たった事に気付くと取り出した。それは、二枚のグリフォンのコインだ。一枚は、数か月前に足を骨折した少年・オヴィアスから受け取ったもの。もう一枚は、クォーツが倒れていたところに落ちていた、とラドンが届けてくれた、血の付いたもの。
「……あんた、そんなもん大事に持ち歩いてたのか」
別に大事にしていたわけではない。オヴィアスから受け取った方は、ケイに見せるタイミングを計っている間に、ただ持ち歩くだけになっていた。ラドンから届けられた方は、ガニアント国がしたことの中でも最も身近な出来事で、気持ちの整理をする上でも手放せなかっただけだ。幼馴染の血がこびりついたコインなど、大事にしていたいと思うわけがない。
ガイアは、覗き込んでいた円形の窪みに、グリフォンの絵柄が一致するようにはめ込む。
……まだ、何も起きない。
反対側の台座に移動した。こちらにも同じようにはめ込む。
――すると、目の前の氷の扉に張り付いている氷が、突然扉の中に溶け込むようにして消え始めた。一角を持つ大きなグリフォンの紋が浮かび上がり、錆びた耳障りな音を響かせながらも、重い扉は彼らに道を示してみせた。
思わず、息を飲む。まさか、たまたま持ち歩いていたグリフォンのコインが、こんな形で役に立つなんて思いもしなかった。ひゅうっと扉の向こうから流れて来る冷気を、「寒い」と感じる余裕もなく、呆然と道の先を見つめる。
≪ガイア≫
ホノオに呼び掛けられて、やっと我に返った。ぼうっとしている暇などない。戦争は今も続いている。
「行きましょう」
ガイアが言い、扉を通り抜ける。ホノオも後ろに続いた。更にその後ろから、ラドンとタイニーが、
「……」
続かずに、後方を振り返った姿勢のまま立ち止まっている。
すぐに彼らの様子に気が付いた巫女は、眉を顰める。
「ラドン? どうしたの?」
「……」
じっとしている彼に首を傾げ、何かあるのだろうかとガイアは目を閉じた。神経を研ぎ澄まし、周りの気配を探り――はっと目を開く。明確なものではないが、先ほどまではなかったのに、微量の魔力をどこからか感じられる。近いようにも思えるし、まだだいぶ遠いようにも思えた。門番が魔法も使えない男であったことに違和感は覚えていたが、やはり罠だったろうか。ガイアも警戒を強くし、杖に力を込める。
「巫女さん。ここから先は一人で行け」
ラドンは抜刀した。来た方向の暗がりの中を見つめ、目を凝らす。
「何言ってるのよ! 灯りがないと戦う事もできないでしょ!」
「だから灯り、この周辺だけでいいから置き灯りみたいにできないか。あると助かる」
「あると助かるじゃなくて、私も一緒に」
「こんなところでチンタラしてる暇ないだろ。こうしてる間にも、戦争で死ぬ奴が増えるだけだぞ」
振り向いたラドンは、嫌味を言う顔でも、うんざりした顔でもなく、いやに真っ直ぐとした目だ。
「ラドン……」
「あんたも分かってるだろ。罠だったんなら、今頃入口は塞がれてる。俺達はまんまと袋の鼠だ。逃げ場はない、先に進むしかない。そこで〝妖精の杖〟をうっかり盗られたら元も子もねえ。その点、あんたが杖を手に入れれば勝ちだろ。本当に杖が、平和をもたらすもんだっていうなら」
ラドンの言っている意味は分かるし、非常に合理的だ。ここで一緒に残り、迫る敵を迎え撃つ暇があるなら、本来の目的である〝妖精の杖〟を手に入れるべく走った方が、無駄がない。彼が強いことは既に戦っている様子を見ていても明白で、傍にガイアがいるから巻き込まないように抑えて戦っているのも分かっていた。だからラドンを信じていないわけでもない。
でも、仲間を敵が来る場所に一人だけ残して行くというのは、心が納得できない。頭と心は、別なのだ。
「……っ!?」
「!!」
迷っていると、突如、ぎいぎいと音がしていると気付いて、二人は同時に音の発生源に目を向けた。――開いたばかりの、鉄の扉だ。
慌てて台座を見ると、そこから煙が立ち上っている。ラドンが駆け寄って覗き込むと、先ほどガイアが嵌め込んだはずのグリフォンのコインが煙を出しながらその姿を炭に変えようとしているところだった。これも、扉の向こうに容易には進ませない仕組みなのだろうか。
折角開いた鉄の扉は音を立てながら、示してくれた道を閉ざしていく。しかも、開いたときよりもスピードが早い。
「ラドン!!」
思わず手を伸ばしたガイアの手を、ラドンが強く跳ね除ける。
「早く行け!!」
本気の怒鳴り声。いつも不愛想な言葉ばかりであったが、彼が怒鳴ったのを初めて聞いたとガイアは思った。唇を噛む。もう一度、手を差し伸べた。その指先から、小さな光の玉が二つ生み出され、飛び出す。
刹那、ホノオがガイアの首根っこを咥え、一気に扉の向こうへと引っ張った。同時に、こちらをもう見向きもしないラドンの背は、音を立てて閉じた大きな扉に阻まれて、見えなくなる。ぱきぱきと音を立てて、なくなっていた氷は再び、最初に見た際の姿を再現するかのように、扉を覆い始めた。
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