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Story.28 戦闘不可避

 余計な戦闘をしないで済むのなら、このまま気配を消して、素早く進んでしまった方がいい。ホノオがスピードを上げると、後ろからついてくる形でバイクも速度を早めた。ガイアもラドンも、それぞれが念のためにと防御魔壁を展開した。


 みるみるうちに、ガニアント国の兵隊が間近に見えて来る。ガイアは息を飲む。彼らはこちらを見向きもしない。兵隊たちの〝聖獣〟も、赤い毛の狼や、黄緑の兎などがいたが、誰もこちらに気付いていないようだ。ホノオが強く大地を蹴り、並んで構えている兵隊たちを飛び越える。ラドンもバイクを最高速度にあげてから、車輪に魔法をかけて浮き上がらせると、一気に兵隊たちの頭上を通過した。


 兵隊たちの後方にガイアもラドンも着地すると、そのままの勢いで国境を目指して突き進む。


 ――が、


≪!≫


 突然、セーアが大きな耳を真っ直ぐ上空に向けて立たせ、目を剥いた。しぱしぱと瞬く両目が忙しなく動き回り、ガイアの肩で足を伸ばして、背伸びをするように頭を高くした。


「セーア?」

≪……ケイ様が、呼んでいらっしゃる≫

「!?」

≪いえ、正確には、意図的に呼んでいるのではなく、無意識に……といったほうが正解かとは思いますが……≫


 水色の狐の顔には、動揺の色が強く滲んでいる。

 ガイアとラドンの安全を考えて、セーアを同行させてくれたのだ。数時間経過していると言っても、了承した割に呼び戻しの時間としてはかなり早い。しかも、意図して戻って来いと呼んでいるのではなく、無意識に心の中で呼んでいるのは、それだけの緊急事態が神殿で起きているからではないのか。


「……セーア。あなたは早く神殿に戻って。〝聖獣〟なら主の元へ戻るのは、一瞬でしょう」


 セーアが迷うように視線を彷徨わせる。恐らく、ケイの「ガイアとラドンの気配遮断を行う」という命令と、自分自身の判断で戻ること、どちらが正しいか迷っているのだ。〝聖獣〟にとって主人の命令は絶対である。だが、滅多に起きない無意識の呼び出しを優先し、戻らなければならないのではないかと、セーア自身は思う。


≪ワタクシがいなくなってしまったら、ガイア様もラドン様も、お二人の姿が丸見えになってしまいます……!≫


 たった今、ガニアント国の兵とすれ違ったばかりだ。恐らく、魔法を解いたと同時に全員が気付くことになるだろう。戦闘のために配備されているのだから、気配を察知するための魔法がそこかしこに展開されていて然るべきだ。


「分かってる上で巫女さんは言ってるんだろ」


 事も無げにラドンが言い放つ。


「早く行け。ケイババアが死んだら、帰れても寝覚めが悪ぃ」

≪ケイおばあちゃん、タイニーもすき。ケイおばあちゃんをたすけに、いってあげて?≫


 黒髪の男と、滅多に意見を言わない子犬にも言われ、セーアが苦しそうに表情を歪めた。


≪……セーア≫


 ホノオの、重低音の声が響く。


≪我らは〝聖獣〟だ。主を持ち、初めてその意味を為す。主の命令は我らの世界を形作る。たとえそれがいかなるものであっても。我らの世界は、()()()だ。命令は、()()()の欠片に過ぎぬ。主亡くして、我らは有り得ぬ。何故命令が絶対であるはずの我らに、〝感情〟などという邪魔なものが備わっていると思う?≫


 ガイアは、己の〝聖獣〟の声を聞きながら、背に負っていた杖を抜き、握り締めた。

 視界の端で、ラドンも腰の刀を引き抜く。


≪絶対である主は人間で、人間は間違える生き物だからだ≫


 行け。セーア。


 主の命令と、己の主の危機。天秤にかけたことのない二つの事象に頭を抱えたセーアは、一瞬躊躇うように目を細めた。だが、すぐにぺろりと、ガイアの頬を舐める。


≪申し訳ございません、ガイア様、ホノオ。ラドン様。タイニー。――ご武運を!≫


 ガイアの肩から飛び上がったセーアは、空中で二度、三度と回転し、大きなシャボン玉を思わせる姿に変化した。そして、ぱちん、と音を立てて消え失せる。セーアのかけてくれていた、気配遮断の魔法も消滅した。


 瞬間、全身に痛いほど感じる視線と、殺気。ガイアは咄嗟に防御魔壁の魔力を強め、範囲を拡大しラドンまで覆った。そこへ、立て続けに魔法による光弾が撃ち込まれる。予想していたほどの衝撃ではないし、高度な呪文になればなるほど時間がかかるものだ。スピード重視で放たれた魔法は簡単に防ぐことができた。

 ぶつかった衝撃によって光弾が爆発し、もうもうと煙が立つ中で、ホノオはガイアに詫びた。


≪すまない、ガイア≫

「最初にセーアに戻った方が良いって言ったのは私よ?」

≪大丈夫か?≫

「心配し過ぎ! やるしかないじゃない。行くわよ、ホノオ!」


 ホノオの耳が、ぴんと立つ。前方からも、後方からも、左右からも敵の気配。足を止め、唸りを上げる。

 煙が晴れる。四方八方から、剣や槍を持った鉄鎧のガニアント兵が、円盤に乗って凄まじいスピードで迫ってきた。どうやら浮遊魔力の応用で動いているらしく、ガニアント国独自の技術と見えた。


 ガイアが杖に魔力を込めた。若草色の光を杖全体が放ったかと思えば、鮮やかな緑の蔓が光の中からしゅるしゅると伸びて巻き付く。杖の先端には、大きく鋭い銀色の刃が現れ、蔓を帯びた槍に姿を変えた。刃と柄の境目には青紫の石が輝く。

 雄叫びをあげながら、ガニアント兵の一人が先陣切って肉薄し、武器を振り下ろしてくる。ガイアは素早く呪文を詠唱し、槍を高く掲げて、振り下ろされた武器を受け止めた。だが相手は男だ。力の押し合いになったら勝ち目はない。


「ごめんなさいっ!」


 だから、直前に呪文を唱えたのだ。地面から太く大きな蔓が地面から飛び出し、目の前のガニアント兵を絡め取り、縛り上げながらガイアから離す。ぎゃあ、と悲鳴が上がったが、即座に地面に叩きつけられると、あっけなく気を失った。

 倒した兵の〝聖獣〟なのだろう、赤い毛で覆われた狼が牙を剥き出しにして襲い掛かって来る。巫女はライオンから飛び降り、即座に槍を寝かせて構え、鋭い噛みつきを受け止めた。すかさず、横から飛び込んだホノオが狼の首元に噛みつき、力いっぱいねじ伏せる。


 続けざまに斬りかかろうとしてきた者達に、動揺している気配があった。目の前で一人のガニアント兵が、容易く女に倒されたことに驚いたのだろう。しかもその女が従えている白いライオンも相当な魔力を有している。


 ダメ押しに、ホノオが鋭く咆哮した。戦意を削がれる恐ろしい声に、飛び掛かろうとしていた兵たちがたじろぎ、動きを止める。その表情は恐怖一色だ。

 ガイアが胸をぎゅっと握り締める。


「ひ、怯むな!! よくもやってくれたな!! 仇討ちだ殺せ!!」

≪よくもやりやがったなぁ!≫


 隊長と思しき兵が叫び、〝聖獣〟の大きな角を持つ鹿が怒鳴りながら走り出した。


「よく見ろ、気を失っただけだ」


 頭上から降ってきた味方ではない声に、隊長と〝聖獣〟の顔が凍り付く。慌てて見上げれば、刀を抜いたラドンが宙を舞っていた。赤い目が細められ、一閃。目を見開いたまま、隊長兵が涎を零しながら何も言わずに倒れ込み、振り向きざまに鹿の角を切り飛ばして攻撃力を奪う。周りから絶叫が上がった。慌てて剣を振りかぶって来る敵に気付き、ラドンが素早く身を翻して、止まっているバイクの傍へと立ち戻る。


「ちょっとラドン!」


 ガイアまでもが悲鳴に近い声を上げたので、ラドンは舌打ちした。


「峰打ちだから殺してねえ」


 あっさりとそんな風に言うものだから、拍子抜けする。血もついてないだろ、と綺麗な刃を軽く振って見せる。戦い慣れているのは確かなようだが、だから必ず相手の命を奪うように動くわけではないらしい。ラドンが倒したらしい、気を失った他のガニアント兵も、一人も血を流していない。本気で一瞬疑ってしまったため、ガイアは申し訳なさそうに眉を下げた。


 ゆっくりと会話をしている余裕はない。突然数秒とかからずに複数の兵が倒れ込んだことに焦っていた様子だった彼らも、一端の兵士だ。此方を睨みつけ、己の武器を構えている。ガイアも、実際に突き立てる気はないが、槍の穂先を向けて牽制し、ラドンは肩に刀の峰を乗せて兵の動きを観察した。

 目の前の三人の兵が、示し合せたように同時に掌を向けてきた。そこに光が集積していき、膨れ上がると同時に、ぱきぱきと音を立てて氷の矢が複数生成され、息をする間もなく放たれた。その間にも彼らの〝聖獣〟が、魔法による光弾を打ち込んでくる。


「ホノオ!」


 主の声に従い、ホノオが咄嗟に光弾の正面へ躍り出ると大口を開けて光弾を迎えた。光弾は白いライオンの口内へと吸い込まれて行き、無効化される。

 その後方、ガイアが素早く槍を回転させ、地面に柄頭を叩きつけると、槍全体が今度は赤い光に包まれる。青紫の石に赤い線が無数に入り、そこから真っ赤な炎が噴き出した。その炎には、たった今〝聖獣〟が()()()光弾の魔力も含まれていた。炎は、氷の矢を悉く溶かしていき、宙を滑るように走る。氷の矢を放った兵隊たちの顔面を掠めるようにして伸び、何もない空へと曲がりながら消えていく。だが、辺り一面を焦がすのではと思う程の熱風で、ガニアント兵たちは危険を察知してか盾を構え、防御の姿勢に入った。

 敵に大きな隙ができたと気付くやいなや、ラドンが口を開く。


「タイニー、やれ」


 短く命令したラドンの肩口から子犬が顔を出す。ぱちぱち、とつぶらな瞳を瞬かせ、そして、


≪――――――!!!!≫


 表現し難い、鳴き声ではなく音に近いものが、タイニーの口から轟いた。とてつもなく不快な、鼓膜だけではなく全身にもびりびりと痺れを来すような強烈な〝声〟だ。

 ガニアント兵と〝聖獣〟の全員が耳を両手で塞ぎ、ある者は盾も剣も放り捨てて不快さに転げまわっているのを眺める。ガイアとホノオも眉間に力を込め、歯を食いしばって堪えた。全員が動けなくなっている中、平然としているのはラドンだけだ。


 納刀したラドンに促され、ホノオは必死に片手で耳を抑えているガイアに後ろから近づくと、鼻先から掬い上げるようにして巫女を背中に乗せた。黒髪の彼も、肩口で延々と叫び続けるタイニーを乗せたままバイクに跨る。

 二人と二匹はガニアント兵が待ち構えていたその場を突破し、国境の祠を目指し、猛進した。




 やがて、タイニーの声はやっと止まり、ぐったりとホノオの背中で伏していたガイアがむくりと身体を起こすと、一言。


「……生徒百人くらいが同時に黒板を爪で引っ掻いたような音よりも酷い……」

「比較対象がしょぼすぎる」


 タイニーの渾身の技の一つであるのに、黒板の嫌な音と比較されてはたまらないと、流石のラドンも突っ込まずにはいられなかった。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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