Story.29 独断
ラコスデント神殿。
いつもならば混雑するのは儀式の時くらいのものだが、今日は違っている。近くの村や、エプリサテナ等の町から避難してきた多くの民と、前線で戦闘不能となった複数の怪我人で溢れ返っている。神殿の者もほとんどが可能な限りの武装をしており、目まぐるしく動き回っていた。昨日までとは、様相がまるで違う。
「おい! 重傷者三人だ!」
誰かが叫んだ。神殿に入ってきたのは、二頭の馬が引く簡易的な馬車。中には、血で汚れた三人のパクスミール兵が横たわっている。
新たな怪我人に気付いた老爺のマターリと少女のステレが、屯していた避難民にスペースを空けてもらい、布を敷く。
「ここに連れて来て下され!」
三人を馬車から下ろした手伝いの者達が、老爺に言われるままに布の上に怪我人を寝かせる。
ステレはマターリと目を合わせ、頷き合う。彼らの脇には、それぞれ桃色の猫と、薄桃色のパンダが控えており、どちらも重傷者三人の傍へ寄ると、前にのめった。だが、先よりも顔に覇気はない。当たり前だ、もう何度目の作業となるのか分からないのだから。五回目辺りまでは数えていた気がするが、きりがないと諦めた。
「では、頼むぞ、デーグ!」
「疲れてると思うけど、お願い、チュチュ!」
デーグと呼ばれた〝聖獣〟のパンダとチュチュは表情を改める。疲れていると指摘されるのは、癪だ。
≪僕ねぇ、疲れてないよぉ、マテーリじいじ≫
≪あたしも、疲れてにゃいもん!≫
それに〝聖獣〟だけの力ではなく、主人である二人の力も借りなければならない。神殿の巫女として名高いガイアほどの力量があればまだしも、回復魔法はどうしたって本当は難しい。
老爺と少女。パンダと猫。二人と二匹。主と〝聖獣〟の魔力が、同調する。大怪我の三人を、温かな淡い光が包み込み始めた。
祭壇の上から、その様子をケイは見つめていた。あんなに小さい子供まで、戦争のために魔力を消耗していると思うと心が痛んだ。それでも青白い顔でありながら気丈に振舞っている少女は、思った以上に強い子だ。
……そして、〝聖獣〟と力を合わせることで、無いよりはマシという程度でも、回復魔法を施すことができる素質を持っていたことは貴重だった。包帯やガーゼといった手当も数多く行っているが、回復魔法のスペシャリストとも言えるほどの腕を持つガイアがここにいないのは、やはり相当に厳しいものがある。
ずしん、と重苦しい音が響く。小さな石屑が神殿の壁や天井から零れ落ちて来るのを見上げ、大神官は歯噛みした。このままでは――そう思ったときだった。
「!?」
ふいに己の真後ろに、眩い光が現れた。驚いて振り向けば、微かな心地よい水音が響いてくる。よく知っている音だ。空中に出現した水の玉の中から、空色の狐が姿を現す。〝聖獣〟の、セーアだ。
ケイは呼吸をするのも忘れた。
≪ケイ様!≫
「どうして……!? どうしてあなたがここにいるのです!?」
大きな声が出た。周りの者がこちらを見たようだったが、気にしていられない。
「あなたには、ガイアとラドンに気配遮断の魔法をかけ続けるように命じたはずでしょう!」
主の命令に背いたのだ。老婆が怒るのは当然と言える。だが、ここはセーアも譲れない。
≪ワタクシの独断で、戻ってまいりました! ケイ様が、ワタクシを呼んでいらっしゃる気がしましたので!≫
セーアも、普段は物静かに言葉を喋る。だから大声を張り上げることも、己の主人に対して叫ぶこともしたことがなく、焦りと緊張でいっぱいだ。だが、そんなまるで生き物のような個人の感覚を持つ理由を、あの白いライオンが明確に示してくれた。この胸中に渦巻く後ろめたさと、譲れないと言う頑固さ、自分は間違っていないという強情な気持ち。間違っていたと思いたくないという怯え。これこそが、自分で行動したという証拠なのだ。
「独断とはどういうことですか! どうして私の命令に背いたのです! 私はあなたを呼んでなどいません!」
≪ではワタクシがいればとは思いませんでしたか!! 欠片も!?≫
ケイを見上げ、透明の瞳に優しい光を湛える。取り乱している主人は、今までに見た事もないほど、焦りと緊張と、不安でいっぱいだった。問い掛けに対して、言葉を続けられなくなっている。今のケイは、らしくもなく冷静ではない。――戻ってきて良かった、と思う。
≪……ケイ様の深層心理が、ワタクシを呼んでいたと気付いたのは、確かにワタクシです。ですが、戻るよう言ってくださったのは、ガイア様、ラドン様、タイニー、……ホノオ。皆様です。ケイ様を大事だからと、ワタクシの背を押してくださいました≫
「……。……あの子達は……」
気配遮断の魔法を失った、ガイア達はどうなっている?
≪近くに、ガニアント兵がおりましたので、恐らく戦闘になっているかと存じます。ですが、ガイア様は、ワタクシがいたときから既に、杖を構えておいででした。皆様、こうなることは覚悟していたようです≫
こんなに、ケイに意見を述べるのは初めてだ。ケイを大切に思う気持ちは本物だったが、意見は述べず、ひたすら命令に従うばかりであった。これまでは。
≪ならばワタクシは、皆様が望んでくださったように、ワタクシがそうしたいと思ったように、ケイ様の元へ参ります≫
ケイが、透明の瞳を瞬かせる。だがそれもほんの僅かな時間で、また神殿が地震のような揺れに襲われた。よろけた老婆は手に持つ杖を支えに、踏ん張る。
やはり、ラコスデント神殿に何かが起きている。セーアは祭壇下に視線を落とした。想像していたよりも酷い状態だ。開戦して半日、これほどの怪我人がいるとは思いもよらない。避難してきている人々の心のケアも必要だろう。
≪ケイ様、一体何が起きているのですか?≫
老婆は、己の〝聖獣〟に歩み寄ると、頭を優しく撫でつけた。大きな耳の後ろもよしよしと撫でられ、思わずセーアは目を細める。まったく、余計な影響を受けましたね、と少し呆れたような、一方で優しい小さな呟きが拾えた。
再び立ち上がったケイは、真直ぐにセーアを見下ろす。
「状況は芳しくありません。ガニアント国の軍はパクスミール国の軍を押しながら、次第に国内へと入り始めています。南に近い方の町や村の人々は、神殿に避難させました。しかし……」
どうやら敵は、ラコスデント神殿にも遠方から狙いを定めているらしい。神殿の者が従えている鳥の〝聖獣〟を偵察に向かわせてみると、進軍している中に、飛び道具を専門で扱っている兵が混ざっていることが分かった。円盤のような浮遊物体に乗った兵が、何度も狙いを定めては、定期的に魔力が収束した光弾を撃ち込んでいるようだ。その度に、神殿は揺れを起こしている。
「複数の者の魔法で、結界は張っていますが、繰り返し撃ち込まれ、その内破られてしまいます。光弾もかなりの威力があるらしく、結界があってこの有様です。破られたが最後、神殿の屋根は落ち、崩壊は免れないでしょう」
≪……つまり、狙いを定められなくしてしまえば≫
「ええ。後は、結界の強度を上げ、かつ保つため、私がそちらに注力することができれば……」
≪遠方からの攻撃から、神殿の安全は守られる、というわけですね≫
結界を張っても、神殿が見えなくなるわけではない。気配遮断の魔法にしても、無機物に気配はないため、建物には使えない。だが、セーアは姿そのものを完全に覆い隠す存在遮断の魔法も使う事ができた。気配遮断と似ているようで全く異なり、難易度も更に跳ね上がる高度な魔法だ。移動しながら使うことはおろか、じっとしていても集中が切れるだけで一気に崩れ去る。そして、膨大な魔力を消費するため、一度崩れてしまうと立て直しが非常に困難なもの。
≪お任せください、ケイ様≫
「……ええ。任せましたよ、セーア」
大神官と〝聖獣〟が、天を仰ぐ。そして、魔法の詠唱を始めた。
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