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Story.25 強欲

 癖で取り出してしまった、ラコスデント神殿の巫女服をじっと見つめる。藤色の生地に、ペガサスを模した銀の刺繍が施され、肩や袖口に小さな真珠が縫い付けられている。真珠の並びは、立派な額縁の装飾の如く美しい模様を形取っている。また、胸の中央には、光を受けると虹色に輝く大粒のオパールが鎮座していた。これが巫女としての普段着だが、改めて眺めてみると派手なものだ。この派手な装いが、儀式の時以外でも、一定の威厳を保たせてくれているのかもしれない。


 ガイアは巫女服をクローゼットの中に戻し、麻と皮で作られた衣服を取り出す。下には空色に染められたシャツを着て、上から麻でできた、丈の長いベージュの服を身に纏う。編んで作られたベルトを腰に巻きつけた。黒いパンツを履き、ダークブラウンの革ブーツの中に裾を押し込む。

 姿見の前に立った。長い、波打つ灰色の髪を手でまとめて、高く持ち上げ、すぐ脇にあるチェストの上に置かれたバレッタで髪を止めた。零れ落ちる長いもみあげが横に広がらないように、白いリボンで左右をそれぞれまとめ、結ぶ。次に、チェストの引き出しを開けて中から薬草が入っている巾着袋を取り出すと、腰のベルトに通して提げた。映り込んでいる自分の姿に変なところがないかをざっと確認し、鏡から離れる。

 クローゼットの前に戻り、しゃがんで奥に手を入れた。釣り下がっている衣服に隠れ、一番奥にしまわれていた黒い塊を取り出す。黒い布で厳重に包まれていたのは、杖と、杖を背負うための留め具であった。杖の長さは身の丈程もあり、銀に塗られたもので、先端には青紫色の透明度の高い石が一つだけ埋め込まれている。微かな光でもその色の深さを強調するように、器用に輝いて見せる。


「……」


 杖を両手で握りしめてから、留め具を使って背中に負う。

 クローゼットを閉じ、踵を返しかける――が、先ほど覗き込んでいた姿見の前に足を進めた。見慣れない姿の自分が、そこには映っている。ガイアは、鏡に手を添えて、目を閉じた。大丈夫、と繰り返す。緊張しているのか、動くのを拒否するように筋肉が固まっている。動悸が少しずつ激しくなっているのを感じて、意識をして長く息を吸い、長く吐いた。


≪ガイア≫


 そんな彼女に声を掛けて来るのは、白いライオンだ。もうすぐ時間だから早くしろと、時間にルーズなガイアをいつも通り急かしにきたのだろうか。


「何?」

≪我は、最初にお前に会ったとき、こんな子供に呼び出されるとはと驚いた≫


 目を開き、鏡越しにホノオを見つめた。


≪……お前は我に言ったな。〝聖獣〟を、人を傷つけるためには絶対に使わない。魔法も然り。それだけを覚えておけばいい、と≫


 ガイアは、ゆっくりと瞬きをする。忘れるはずがない。自分は確かに最初、挨拶もほとんどろくに交わさないで、ホノオにそう命令した。誰かと争う予定でもあるのかと問い掛けたくなるような命令であったはずだが、半身とも言えるホノオには事情を何となく察することができたようで、承諾の意を示しただけに留まった。


 あれから時間が経ったが、その命令について蒸し返されたのは、恐らく今回が初めてだ。


≪人を傷つける事を悪とし、人を助ける事を善としているお前は、この戦争も医療部隊の支援員として最終的には全力を尽くすのだろうと思っていた。我もまた、怪我人を乗せて走り回ることになるのであろうと。我はお前の守護神であり、半身だ。ガイナ・モナーコスのことは理解できていると思っていた。図書室で、お前が我を呼ぶまでは≫


 ガイアも最初は、思いつきもしなかった。戦争が始まると宣言されてしまい、しかも言い出したのが自国ではなく敵国であるならば、説得云々の段階ではなく、既に止められる状況ではない。だから、ホノオの言う通り、医療部隊の支援員として現場に向かうつもりでいた。

 しかし、ステレとその〝聖獣〟の「戦争を止められないのかな」という言葉に、はっとさせられたのだ。戦争は始まってしまう、止められる段階にはないと、常識的に考えていたから、見向きもしなかった思考だった。そして、〝妖精の杖〟の伝説を思い出したのだ。


「私は生まれたときから、魔力がおかしいくらい強かった。ケイ婆様に出会えたから、今でこそラコスデント神殿の巫女なんて言われているけれど、他の巫女の皆の方が、由緒正しい経歴の持ち主だし、私は、本当は巫女なんて偉い立場になっちゃいけないのよ。だから、私が戦争を止めるなんて、本当は身の程を弁えていないことなのかもしれない」


 鏡から手を離し、振り向いて、ホノオの目と見つめた。


「私は、戦いが嫌いよ。でも今だってクォーツとベルを傷つけたガニアント国の誰かさんを傷つけてやりたいと思ってる。ただ、命なんかいらない。一発殴らせろって感じよ。それに、医療部隊の支援員としてみんなの怪我を治したいとも思ってる。全部、諦めるなんてできない」


 そのためには、戦争を止めることが一番だ。戦争が止まれば、嫌いな戦いをしなくて済むし、ガニアント国の誰かを報復――否、そんな大それたものではなく、命のやり取りではない仕返しで、拳を振るってやることもできる。戦争に向かった者達の怪我も治療できるし、それ以上無駄な怪我人が増えることはないはずだ。


「可能性があって、できることなら、やりたいの。昨日、ケイ婆様に言ったようにね」

≪……〝妖精の杖〟を手に入れるのにも、恐らく戦いを避けて通れないとしてもか≫


 ガイアが歩み寄って来る。くしゃりと真っ白の(たてがみ)を撫でつけて、微笑んだ。


「行くわよ、ホノオ」


 前を行く己の主の背中を見つめながら、ホノオは遅れて歩き出す。

 背負われている、大きな杖。あれを持ち出している時点で、先の問いは愚問であった。紛れもない戦うための道具を、彼女が自ら手に取ったのだ。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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