Story.23 打開策
……そして、ついていった結果。まあ、ケイの「遊びにでも付き合っている」という想像はあながち間違いではなかったと言える。が、それは「仕方なく」ではないし、ステレはその「付き合っている」側で、「付き合わせている」のは、ステレよりもっと年上の娘。
「ケイ婆様!」
子供のように目をキラキラと輝かせながら奥から出てきたのは、ラコスデント神殿でも屈指の力を持つ巫女である。普段は下ろされている灰色の髪を雑にまとめ上げ、高品質の藤色の生地でできた巫女服の袖を豪快にまくり上げた姿は、育て親であるケイからすると、眩暈を覚えるものだ。
神殿内部の者は知っているが、巫女としての任務を全うするガイアの姿が非常に神秘的かつ美しさを兼ね備えたものなので、儀式のためにやってきた外の者にある種の幻想を抱かせることが多い。到底、今の彼女を見せることはできない。普段から極力所作に気を付けるように躾けているつもりだが、身になっているかは謎で、ケイも自信はない。
だが、老婆が呆けたようにしているのは、そんな姿でいるガイアを嘆いたためではなかった。
ステレとチュチュに連れてこられた先は、ラコスデント神殿三階の図書室。扉を開けて中に入ってみると、そこにはガイアだけではなく、神殿に暮らす老若男女が集まっていた。誰もが大量の本を積み上げて読みふけっていたようで、疲れたように閲覧席の背凭れに体重を預けて仰け反ったり、逆に机に突っ伏したりしている。
『……これはどういうことです?』
そう言ったケイの声を聞くや否や、やっと皆はケイが図書室に入ってきたことに気付き、ここが図書室は思えない盛り上がりようを見せた。どのような盛り上がりようかと言えば、聞こえてきた言葉が、
『大神官様、よくぞいらっしゃった!』
『おいガイア様、ケイ様が来てくださったぜ!』
『ガイア、ガイア!』
といったものである。騒ぎ立てる声は無数にあったので、流石に全てを耳で拾うことはできなかった。そして、奥から紙の束を抱えたガイアが、大慌てで奥から出てきたのである。
「……ガイア。これは、どういうことですか? 一体、何をやっているのです?」
図書室はかつてないほどに様々な本が散乱している。図書室の管理を任せている写本師は注意をしなかったのか、と思ったが、その写本師も彼らに混ざって、本の山の前で疲れた顔をしているのだから完全に同罪だ。
興奮しているのか、巫女は言葉を上手く紡げずに何度も息を吸い込んだ。それから、胸に抱き締めている紙を、ケイの目の前に差し出す。
「これを、見てください」
怪訝そうな顔をしたまま、老婆は受け取って視線を落とした。そこには、文字や絵、地図のようなものまで、所狭しと書かれている。目で一文字一文字をなぞり、紙を捲り二枚目へ。三枚目、四枚目、――次第に、ケイの目が見開かれていく。閉じていた口が勝手に半開きになったというのに、呼吸は止まる。
「これは……」
ケイは、ガイアを見返した。
「みんなで調べたの」
最初は、ガイアはホノオと共に、必死に片っ端から本を開き調べていった。だが、図書室でもあまり人気のあるコーナーとは言えない場所で調べものをしている彼女らに気が付いた人々が、事情を知るなり、一緒になって調べ始めた。その内、時間が経過するごとに不思議と図書室には人が増えて行き、調べものの手助けをしてくれる人もどんどん増えた。終いには、広い図書室が満員目前となるような人数になった。
「ケイ婆様。私は、医療部隊の支援員としては、行かない」
彼女は、迷いのない碧い目で言い切る。
「私は、戦争を止めるために、〝妖精の杖〟を取りに行く」
――遠い昔、科学に埋没していた魔法の存在を示し、世界の再構築を行った「造物主」と称される男。彼は、世界滅戦を経験したことにより、二度とこのような大きな戦争は起こるべきではないと考えた。そのために、国と国の間を隔てる海を無くすために、全ての大陸を一つにまとめたのが、今のこの世界の成り立ちだ。だが、その話とは別に、もう一つ、まるで伝説のように語られているものがある。それが、「〝妖精の杖〟伝説」だ。
〝妖精の杖〟とは、まさにその「造物主」が作ったとされる杖だ。伝説によると、人を傷つけるために唱えられた魔法、武器などを全て抹消する超魔術が、杖の中に込められているらしい。
たとえ、海の隔たりを無くし、国同士のすれ違いを少なくしたとしても、人は元々争う生き物だ。誰も彼もが手を繋いで仲良く生きるなんて、非現実的であることは「造物主」もよく分かっていたのだろう。人類は科学の使い方を間違えたかもしれないが、魔法だって使い方を間違えれば、地球の全てを焼野原にすることくらいできてしまう。たまたま、科学で作られた兵器によって世界中が滅びかけたときに、救うことができたのが魔法だったというだけで、魔法が先に栄えていたら立場は逆だったかもしれない。しかし、彼はどうにかして、世界滅戦と同じ過ちは繰り返さないように、できる限りのことはしたかった。〝妖精の杖〟は、その布石だと考えられている。
問題は、「造物主」が、魔法が実在することをかつての人類に示したことや、大陸移動を行ったこと、国の選別をしたことに比べて、〝妖精の杖〟の存在の根拠が確かなものは、残っていないことだった。強いてあげるならば、「大陸移動や国の選別だけでは足りないと、苦悩していたようだ」と記されているものがあるくらいだ。苦悩していたところまでで、具体的に追加で起こした行動については何処にも記されていない。〝妖精の杖〟の在処どころか、実在したかすら不明の状態だ。
杖の話が口伝伝承であったのか、物理的な資料が残されていたのに、何らかの理由で消失したのかも分からない。ただ、伝説だけが残り、それをネタにやれ絵本だの小説だのの中で語られ、知る人が増えているだけだ。ガイアが子供の頃に読んでいた絵本も、この杖を題材にしたヒーロー物語であったので、本来の話が脚色されたものだろう。
「〝妖精の杖〟についてドンピシャで書いてあるものなんてなかったわ。でも、ここにある本で調べて、それらしい杖が何処にあるのかは推測できた」
神殿に暮らす人々は、身寄りのない者も多いが、魔力の強い魔術師に、学者、占星術師、写本師と、あげていったらキリがないほどに立派な経歴である者が多く、博学な人が溢れている。午前だけで、これほどの情報を紙にメモし、まとめ上げるのは凡人には不可能な所行である。これだけの逸材が勢揃いしたからこそ、叶ったものだ。
「……何を言っているのですか、そんな曖昧な情報で……」
「曖昧な情報でも、戦争を止められる可能性が少しでもあるなら、私はそれに縋りたい」
「っ……そんな曖昧な情報で動いて、結果何も得るものがなかったとき! そして、貴女が支援員として行っていれば、救えたかもしれない命が散っていたとき! 貴女は皆に何と詫びるつもりですか!」
思わず声を荒げた。ケイとて、好きで戦争を始めたいわけではない。ただ、ガニアント国は攻め入って来ると言っているのだ。戦わないでいたら国を守れない。だから戦争を禁忌としているパクスミール国も、軍を編成することになったのだ。政府のやっていることは理解できる。ラコスデント神殿も、協力の姿勢を見せなければならないと思っている。ここが、怪我人の受入施設として提供することが決まったように。
ガイアを積極的に、医療部隊の支援員として派遣したいわけでもない。実の娘のように思っているのだから、送り出したくないのが本音だ。だが、ガイアは人々を救うために、回復魔法の技術に長けていたから、大規模な戦争になり得るなら行くべきだと思っていた。人々を救いたい気持ちは、ケイも同じだったからだ。
曖昧な情報に踊らされて、医療部隊の支援にも行かずに独断行動を取るなんて。もし〝妖精の杖〟がなかったとき、失うものがいくら何でも大きすぎる。大博打にも程があるだろう。
ガイアが押し黙った。しかし、ケイには気配で分かる。彼女はこのまま引き下がらない。
嗚呼、これは喧嘩になるかもしれない――そう老婆が覚悟したときだった。
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