Story.22 閑散
ケイは怪訝そうに眉を顰めた。
いつもならば食堂に人がごった返す昼食の頃合いだと言うのに、妙に閑散としている。戦争が始まる旨を集会で話したからかと思ったが、そんな大人数が食事も喉に通らないほど気に病むものだろうか。否、朝食の際は、会話こそ戦争への不安を吐き出している者が多かった中、いつもと変わらない程度の人手であった。昼食になった途端、急に喉を通らないなんて不自然である。
……では、何故こんなに人がいない?
食堂を見回し、隅の席についている黒髪の男に気がついた。
「ラドン、少しよろしいですか?」
声を掛けられた青年は、フォークをパスタに突き立ててくるくると巻き取っているところだった。鬱陶しそうにはす向かいに立つ老婆を見やってから、手は止めずに口へと運び、咀嚼する。
「皆の姿が見えないようですが、何か知りませんか?」
黙ったまま食事を進め、口の中に入ったものを飲み込む。その後に出てきたのは溜息だ。
「知らねえ。俺に聞いてなんでわかると思う」
つっけんどんな物言いや、冷ややかな性格から勘違いされがちだが、ラドンは存外周りをよく見ているというのが、ケイの見解だ。知っていることは意外に素直に話してくれる。尤も、彼も今朝方、滅ぼされた村から戻ってきたばかりで、身を清めた後は部屋に引きこもり惰眠を貪っていたようなので、何も知らないのは本当だろう。
そうですか、と頷き、ケイも食堂を後にする。
気落ちしている上に、酷く悩んでしまっていたガイアは恐らく食事を抜くだろうと予想できた。(朝食の時も彼女は食堂に現れなかった)だが、食堂の人気のなさは想定外だ。
食事の時間帯も無視して、各々どこかに集まったりしているのだろうか。
(良からぬことを考えていないといいのですが……)
ガニアント国と小さな諍いを繰り返してきたとはいえ、基本的には一定の平和を保っている国だった。その分、戦争に対する耐性がない国民も多い。ガニアント国は、今回パクスミール国のいかなる言葉にも耳を貸さず、戦争開始を強行する姿勢だ。だが国民からすると、自国の政府が、容易に戦争開始に対して承諾したと誤解していてもおかしくない。デモなどの思惑で集まっていたら、戦争の火から皆を守るために心を一つにするどころか、政府と国民で向いている方向がバラバラだ。
(……あるいは)
嫌な予感が脳を掠める。滅亡した村について話した時、集会に集まった人々は、そんなバカな、信じることができないと口々に言っていた。まさか、村の情報を集め、現地に見に行ったのではないか。
思い出されるのは、治療室で眠るクォーツのことだ。うっかりあそこに近づこうものなら、また怪我人が出かねない。ラドンは無傷で帰ってきたが、ガニアント国の者が隠れ潜んでいない保障はない。
ケイは、神殿内を見回ってみる事にした。廊下ですれ違う者に手当たり次第に声を掛け、いつもは見かけるはずの人々が見当たらないがどこにいるか知らないか、と尋ねる。だが、そもそもすれ違う人も常より明らかに少なく、皆知らないと首を傾げるばかりだ。
焦りが胸中を支配する。次に思いつく可能性は、人が少ないこと自体、ガニアント国の仕業であること。もし、ガニアント国の大量の人攫いにあっているとかだったら。想像するだけでぞっとする。不自然な人の減少に、己は意外なほど恐れを覚えているようだ。
「お婆ちゃん!」
考え込んでいたところに急に声がかかって、思わず大神官は肩を跳ねさせた。振り向くと、ばたばたと駆け寄ってくるのは、小さな少女と桃色の猫だ。
「廊下を走ってはいけませんよ、ステレ」
癖で即座にそう注意してしまったが、この少女も、普段はよく見かけるのに食堂に現れなかった者の一人だ。
「……ステレ? 貴女は今までどこに……」
「お婆ちゃん、来て! 早く!」
ステレは言うが早いか、ケイの手を両手で掴み、ぐいぐいと引っ張った。彼女が小さいがゆえに、低い方向に向けて強く引っ張られたケイは、危うくよろけそうになる。
≪早く早くー! みんな待ってるよ、ケイ様!≫
ケイの周りで、チュチュが同じように盛り上がりながら跳ね回る。
「ま、待ちなさい、ステレ、チュチュ! 待ちなさい!」
突然のことに全く思考が追いつかないが、少女の言う「みんな」が、ケイの探している人々であるなら、無邪気な彼女についていくのが得策だろう。もしかして、この子に無理を言われて、仕方なく遊びにでも付き合っているのだろうか。平和すぎる想像が頭に浮かび、いや流石にそれはないだろう、と思いつつ。ケイは、言われるがまま、ステレとチュチュに連れられて、歩いた。
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