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Story.18 一命

 治療室の扉の外で、壁に背を預けて蹲っている巫女は、抱えた膝に顔を押し付けていた。傍らには、彼女の〝聖獣〟である白いライオンが、静かに座っている。しんと静まり返った廊下は、何だか酷く冷たく見える。


 ラコスデント神殿に戻って来たとき、まだグリフォンのコインが大量に届いた事は知れ渡っていなかったようで、いつもの穏やかな雰囲気であった。その雰囲気を壊したのは、他でもないガイアだ。ホノオと一緒になって駆け込み、クォーツが死んでしまう、と待ち構えていたケイに縋った。

 たまたまそこに居合わせて、血を流しているクォーツを見るなり悲鳴を上げている者がいた。クォーツとベルは治療室へと運ばれ、神殿に控える医療魔術師たちが総出で治療にあたっている。


 野次馬の如く、多くの者が事の経緯を聞こうとガイアに迫ったが、ケイが一喝してくれた。その後、神殿の者達は大聖堂の方で開かれている集会に出席した。本来であればガイアも出席を求められるが、どうしてもまともに話を聞けるような精神状態ではなく、ケイから後で話を聞くことになっている。

 だが、時間はかなり経っており、集会もとっくの昔に終わっているだろう。数刻前まで、ガニアント国がどうとか、国の守りがとか意見を述べあいながら廊下を通り過ぎていった者がいた。


≪帰って来てから、ずっとそうしているだろう≫


 滅亡した村から戻って来て、着替えもせず、身も清めず、食事もせず。ひたすら、クォーツとベルの治療が終わるのを待っている。俯いているが起きているのは明白で、儀式の日であったのだから疲れているはずなのに、眠る素振りも見せない。


≪我は眠らずとも問題はない。我がここにいる。ガイアは、一度部屋に戻って、休んではどうだ≫

「……嫌」


 震えた声が返って来て、彼女は首を横に振った。絶対にこの場を離れないという意思表示か、ガイアは更に強く膝を抱え、体を小さくして固まった。


 ずっとここにいても、クォーツの治療が早く進むわけではないのだぞ。

 お前まで体を壊したら意味がないだろう。


 当たり前すぎる指摘は、いくらでも思いつく。だが、どれを言っても響かないであろうし、指摘されなくても本当は頭では理解していることだ。しかし人間は、感情で行動を決めることがあるのはホノオもよく知っていた。どれだけ非合理的でもだ。


≪……心配し過ぎだ、我が主よ≫


 ガイアの肩が震えている。


≪あのクォーツが、約束を違うはず、ないだろう≫


 分かっている。分かっているけれど、運んでいた間、一言も言葉を発さなかった幼馴染。普段傍にいるだけでうるさい彼が、応急処置をしても止めきれないほどの血を流していたというだけで、医療魔術師の治療を受けたところで、死んでしまうのではないかと。恐怖を煽るには十分だった。




 それから数時間後、朝日が昇る時間帯。ガイアの恐れていた最悪の事態にはならず、無事にクォーツの治療は終了した。医療魔術師たちによると、峠は越え、傷こそ痕として残ってしまうものの、命に別状はなく、後は目が覚めるのを待つだけだと言う。


 治療室に入ったガイアは、カーテンをひいて、クォーツが眠るベッドの脇に置かれた椅子に腰かけた。その少し後ろに、ホノオも足を折り畳んで座る。

 クォーツのベッドは窓際にあり、窓から眩しい朝日が差し込んでいた。その朝日に照らされている幼馴染の顔は、驚くほどに血の気がなく、白い。

 視線を奥にやると、クォーツのベッドの隣に置かれた台の上では、立方体の結界の中で、彼の〝聖獣〟が眠っている。意識がない主のクォーツがこの状態では、下手をすれば魔力の供給がままならなくなり、〝聖獣〟が姿を保てなくなる――すなわち消滅する可能性がある。ベルは恐らく、人間と同様に己の傷を癒すために、自身の身体を形成している魔力を消耗しているはずだ。そのために、結界で覆う事で魔力の消耗の手助けを行っていると見えた。


 膝の上で握られているガイアの拳に、常ならぬ力が込められる。肌が白くなるほどの強い力であることにホノオは気が付いていた。


「……怖いな」


 ぽつり、とガイアは呟く。ホノオは無言で続きを促した。


「……私は、戦いなんて大嫌いなのに」


 ぎゅっと唇を引き結び、続けようとした言葉を腹の内に落とし込んだ。眠る幼馴染を見つめていると、ふつふつと湧いてくるのは、明確な怒り。

 この国は、これまでもガニアント国と小さな諍いを繰り返してきた。だからカピジャでも、「身を守るため」などと称して、体術や剣術、攻撃のための魔法の使い方等を習う授業はあったが、ガイアはこれを非常に嫌った。他の科目については右に出る者がいないほどの好成績を修めるというのに、この授業になると突然平均にまで成績が落ち込むのだから極端だ。


 ――戦いは、人を傷つけるだけだから。


 カピジャにいた頃から、ガイアが繰り返し言っていた。だからこそ、戦うための授業は全て、どうにか単位を取れる程度に努力し、あとは回復魔法の勉強に時間を費やした。ガイアが回復魔法を得意になったのも、ある意味自然な流れだったのだろう。


 そんな戦いを嫌うガイアは、紛れもない戦いを望んでいた。クォーツとベルを傷つけた相手に、報復してやりたいという気持ちが強く出て来る。だのに、戦いを禁忌とする彼女の心は、それを許さなかった。頭の中で、あんなに沢山の血を流していたクォーツとベルは、どれだけ痛かっただろうと思えば思う程、怒りも悔しさも募って来る。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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