Story.17 地獄絵図
ホノオが言った通り、目指していた村は、森を抜けてすぐ目の前だった。無事目的地に到着したが、ガイアは村を目の前にして、愕然と立ち尽くす。よく見ようと、強めの光で照らしてみたからこそ、一気に情報が視界から入ってきてしまった。
血塗れの人が沢山倒れている、地獄絵図のような状況を。
「……何、これ……」
「死体だろ」
にべもなく言い放ち、バイクを止めたラドンは、さっさと村の中へと入っていく。バイクを降りた彼の〝聖獣〟は、主の肩にしがみついたままだ。
一番近くにうつ伏せで倒れている男に歩み寄り、肩を掴んで仰向けにさせた。血に塗れた顔についている目は、見開かれたまま固まっている。その死体から離れ、今度は子供を庇った体勢のまま死んでいる女に手を伸ばした。しかし、同じように体を仰向けにさせようとして、肩を掴んで静止する。
「……」
ラドンが眉根を寄せる。本来、体内にあるべきものが、体の下に出ていることに気が付いた。死体を動かすことを諦め、手を離す。
水分のせいなのか、それとも村人たちの血のせいなのか、土はぐちゃぐちゃとしていて足場が悪かった。
「何で……どうして……」
ふらつきながら、ガイアが足を進める。彼女を支えるように、すぐ横に寄り添ったホノオもゆっくり歩く。
村の人口自体は多くなさそうだが、多くの死体が倒れている。一気に口の中が渇いていき、体が震えた。治療はできても、死人を蘇らせる魔法は持たない。そんな魔法はこの世には存在しない。
ラドンは死体を一つ一つ確認しているが、ガイアには余裕が無かった。全て、遠巻きに見つめることしかできない。この村の状況が恐ろしいのか、悲しいのか、どの感情によるものなのか分からないまま、涙が出そうになる。
「――!」
そのとき、ガイアは、気が付いた。
数多くの死体が村の各所に転がっている中、中央の井戸の近くに倒れている、それ。人だけではなく、傍らには、大きな黒い翼を持つ、人外のもの。
「え……」
ふらついていた足が、突然、慌てたように動き出した。つんのめって転びそうになるが、傍らのライオンが彼女を支えた。体勢を立て直し、走って井戸の近くに駆け寄る。
血塗れで倒れていたのは、短い金髪に、顔の右側に刺青のある青年と、黒い大鷲。
「クォーツ……ベル……?」
かすれた声で名前を呼ぶ。しゃがみ込み、肩に手を触れた。一生懸命に揺する。引き攣った笑顔を浮かべ、繰り返し呼びかけた。
「クォーツ……どうしたの? こんなところで寝てるの……趣味、悪いわよ……?」
変わり果てた姿で目を閉じている幼馴染は、何も返事を返さない。〝聖獣〟も同様だ。
「クォーツ……、……クォーツ……起きなさい。……クォーツ」
急に頭が、一つの事実を認識させてくる。ここに転がっているのは、皆死体だ。
――クォーツも、恐らく。
目の前が、真っ暗になった気がした。声にならない叫びが、迸る。無我夢中で、クォーツを揺り動かした。
「っ! 嫌、クォーツ、クォーツ、クォーツ! 嘘でしょ! クォーツ! 起きなさい! 起きなさいってば!! クォーツ!! ――っ!?」
急に息が詰まり、声が出なくなる。
遅れて近づいてきたラドンが、背後からガイアの襟首を掴んで引っ張り上げたのだ。首が絞まり、息苦しさに喘ぎながらも、暴れる。
「うるせえ、落ち着け」
乱暴にそのまま、ラドンはガイアを己の後ろへと投げた。勢いについていけず、ガイアは派手に地面に転がる。喉を抑えて噎せ返りつつ、顔を上げた視線の先で、彼はクォーツを仰向けにして首筋に手を当てていた。
地面に転がされた痛さも、先ほどの苦しさも、本物に相違ない。これは夢ではない。そのことに改めて気が付く。地面を掴むようにして拳を作った。村の惨状を目の当たりにした後に、出そうになっていた涙は出てこない。よく知る相手が死んでいる事実の方が、圧倒的に悲しく、辛い筈なのに。ただ、心臓の動悸ばかりが早まる。
――と、
「生きてる」
黒髪の彼が振り向いた。ガイアはまた、ぽかんとする。そんな彼女にラドンは舌打ちをして、もう一度、
「生きてる」
同じ言葉を繰り返した。
生きてる……? ……生きてる!?
慌ててクォーツに駆け寄り、抱き起す。首に手を当てると、とくとくと脈打っていることが分かった。呼吸もしており、血塗れだと思った身体は、他の村人たちと比べると大きな傷ではない。何かに撃ち抜かれたような傷だ。命の危機に晒されていることに違いはないが、これなら応急処置はできる。傷口に手を当て、詠唱を始めると、ガイアの掌に黄金の光が灯り始めた。
回復魔法は、生きている者にしか作用しない。それは、生き物に備わっている自然治癒力の底上げを魔法によって行っているからだ。
(本当に……生きてる……)
だが、ガイアも回復魔法が使えると言っても、医者ではないので専門性に欠ける。クォーツのこの傷は、彼女の力量では治し切れない。
(でも、血は、ちょっとだけ止まった、ちょっとしか止まってないけど、でも、これなら、これなら……)
クォーツの〝聖獣〟であるベルも、主人の魔力が回復すれば勝手に傷は修復される。だが、今はどちらも固く目を閉じたままだ。
≪……ガイア。命令を≫
静かな声が聞こえた。これ以上の治癒は自分には無理だと分かり、自然に掌の光が消えていく。集中が途切れた手は、がたがたと小刻みに震えていた。怯えた表情のまま、振り返る。
≪命令を!≫
ホノオが声を荒げた。そして、事態は一刻を争うのだと、やっと悟る。そうだ、今気が付いたばかりではないか。クォーツはまだ、死んではいない。迅速に、治療を受けなければならないのだ。
先ほどから、何度も同じことを言われないと認識できない、麻痺している己の頭を強く振る。
「クォーツとベルを乗せて神殿に戻るわよ!」
叫ぶように言いながら、クォーツとベルを浮遊魔法で操り、素早く白いライオンの背に乗せる。ガイア自身も即座に飛び乗った。
「行くわよ、ラドン!」
「は?」
共に神殿へ戻ろうと促したつもりだったが、予想に反してラドンはバイクに乗ろうとしない。
「俺はもう少しこの村を調べる。でなきゃ来た意味がねえ」
「何言ってるの、クォーツがこんな目にあってるのよ! ここに残るのは危険よ!」
すると、ラドンは軽く手を広げて、魔法の詠唱を始めた。唇が何事かを紡いでいくにつれ、足元に複雑な文様が描かれて行き、術式を発動している彼を覆うように光の板が立ち上がる。光彩を放つそれは、ラドンが呪文を唱え終わると空気に紛れるようにして見えなくなった。
「……これで文句ねえだろ。分かったらそいつを連れて、さっさと神殿に戻れ」
ラドンが唱えたのは、防御魔法でも上級者向けの高度呪文だ。防御魔壁よりも高い強度を誇るもので、確かにちょっとやそっとの攻撃では破ることができない代物である。彼は己の力量をひけらかすようなタイプでもない。村の惨状を見て、警戒はちゃんとしていると暗に訴えているらしい。
〝ガイアちゃん。だいじょうぶだから、いって〟
彼の肩に乗った子犬が、気遣わし気に声を掛ける。
〝クォーツくんたち。はやくしてあげないと〟
応急処置をしたとはいえ、クォーツが危険な状態であることに変わりは無い。ガイアはぎゅっと唇を噛んだ。
「……絶対帰って来なさいよ! 帰らなかったらケイ婆様に言いつけてやるから!!」
叫ぶように言い、「ホノオ!」と〝聖獣〟の名を呼ぶ。
ホノオは咆哮し、主と傷ついた人間、それに黒い大鷲を乗せて、全速力で来た方角へと駆け戻って行き、森林地帯に入ると見えなくなった。
「……うるせえ女」
血と、死体の腐敗臭に満ちた村の中で、ラドンは独り言ちる。クォーツとベルが倒れていたところを改めて見下ろし、月光を反射するものが落ちていることに気が付いて、屈んだ。
それは、血で汚れた一枚の、グリフォンのコインだった。




