Story.16 匂い
太陽は沈み、夜の帳が下りて少し経った頃。駆け抜けていく白いライオンに跨っているのは、灰色の髪の巫女である。
「クォーツったら、随分時間かかってるわよね」
行き違いにならないように注意を払う。
結局、クォーツは儀式が終わってもまだ戻ってきていなかった。夢中になって調査を進めているのか、それとも途中で迷子になっているのか。はたまた村に何事もなく、そこに住む子供達にでも懐かれて一緒に遊んでしまっているか。一生懸命なのにドジで、呆れるほどお人好しな彼には、どれも有り得そうで、笑えてしまう。
魔法で小さな光の玉を周囲に浮かべながら、手元を照らした。持っている銀の用紙に目を落とすと、そこには聞いた事もない小さな村への行き方が、手書きの地図で示されていた。ただし殴り書きのようで、丁寧さを感じられない。この雑過ぎるのに必要なことは書いてあるので理解が可能、という絶妙な地図は、かつて黒板で目にした記憶があった。
(ディオ先生に会ったのね)
先日も、足を骨折した少年の手当のためにエプリサテナには行っていたが、カピジャにわざわざ寄り道をしていない。また、忙しいであろうカピジャにアポイントメントも取らず行くのは失礼だろう。そんな思いから、カピジャに行く機会も得られず、ガイアはディオに久しく会っていなかった。
「いいなあ、私も先生に会いたいなー」
≪今度、顔を出すだけでもすれば良いのではないか。長居しなければ迷惑にもならんだろう≫
「嫌よ。どうせクォーツのことだから、急に行って迷惑かけたに決まってるわ。同類に思われたくないもの」
あのクォーツが、わざわざ事前に連絡を入れてカピジャを訪れたとは思えない。急に訪れて、しかも人懐っこい彼のことだから、妙に話に花が開いて、気付けば長居していて教員たちの時間を奪っていて迷惑をかけた、というところまで想像ができた。地図まで書いてもらっている辺り、それなりにちゃんと話をしたのだろうことは自ずと知れる。
(クォーツが迷惑をかけたなら、そのお詫びにお菓子でも持って行く理由にはなるわね)
ふとそんな正当な訪問理由を思いつき、幼馴染に会い次第、どの程度カピジャに滞在したのか聞いてみようと心に決めた。
≪……?≫
「っ!?」
突然、安定した走りを見せていたホノオの足が、止まる。主人の指示も思考も全く関係なしの動きを見せるのは、従順である彼にしては珍しく、ガイアは驚いた表情のまま上から覗き込む。
「え、何? どうしたの、ホノオ?」
落ち着きなく、ホノオが首を回して視線を巡らせる。ガイアも同じ様に、周囲を観察した。だが、〝聖獣〟とは違いガイアは人間だ。周囲に光の玉を浮かせてはいるものの、照らされている範囲くらいしか見えない。その先は暗くて、何も認識することができない。
ライオンの鬣が、ゆっくりと逆立つ。喉の底で上げられた、低い唸り声が耳に届いた。
ガイアの眉間の皺が深まる。
「……どうしたの?」
もう一度問うと、鋭く周りを睨んだままホノオが言う。
≪防御魔壁を張れ、ガイア≫
防御魔壁とは、カピジャでも習う魔法の盾のようなものだ。十八年前から小さな戦争が勃発する中、万一のときに己の身を守れるように開発された、誰でも唱えられる簡単な術式で発動ができる魔法。だが、実際は戦場に赴く戦闘部隊でない限りは、基本的に利用する機会はない。避難することができるなら、もっとまともな防御魔法を使った結界に入れてもらうのが一番安全だからだ。
そんな魔法をどうして使えと言っているのか。怪訝に思いながらも言われた通り、手を翳して防御魔壁を己の周りに張る。
≪血の匂いがする。近い。恐らく村はもう目の前だ≫
病気が大流行したという話ではなかっただろうか。何故、村の方面から血の匂いなどが漂ってくるのか。
≪どうする。我々だけでは危険である可能性も……≫
ホノオの耳が、ぴくりと動く。
≪誰だ!!≫
滅多に発せられることのない、己の〝聖獣〟の威嚇する声に、ガイアはぎょっとした。
背に乗る主を護るようにホノオが踵を返し、姿勢を低くする。耳を澄ませてみると、ホノオの唸り声と、森の木々の葉音以外に、遠くから地鳴りのような音がする。念のため、ガイアも防御魔壁に魔力を込め、強度を高めた。音はどんどん近づいてくる。そして、二人が走り抜けてきた道をたどり、森の奥から現れたのは、
「……ラドン?」
バイクに乗ったラドンだ。肩口から顔を出しているのは彼の〝聖獣〟の子犬である。顔見知りだと分かると、ホノオの唸り声が止んだ。ガイアも自然に肩の力が抜ける。
「どうしてここに……」
「ケイババアにあんたを追えって言われただけだ。あんたが出てってすぐ、グリフォンのコインが大量に神殿に届いたんでな」
ガイアの顔から血の気が引く。このタイミングでグリフォンのコインが届くなど、偶然なのだろうか。
「とっとと帰れ。巫女さんが怪我すると俺がケイババアに怒られる。この先は俺が見に行く」
「冗談じゃないわ。私も行くわよ」
間髪入れず言い返され、ラドンは隠しもせずに表情を歪めた。
「調査すんなら一人の方が楽だ。あんたがいると鬱陶しい」
「ラドンこそ、回復魔法なんて使えるの?」
「……」
「怪我人がいるなら治療できる人がいなきゃ困るに決まってる。私も行く。ホノオ、進んで」
こうなると彼女は頑固だ。どう言葉を並べたところで、きっと命令を覆しはしない。返事をする代わりに、ホノオは再び足を進め始めた。
周りに不審な者がいないか、彼らは神経をとがらせる。ライオンの足音と、バイクのエンジン音が森の中に響き――視界が、開ける。血の匂いが、濃くなっていく。
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