Story.10 余所者
「ラドン!」
渡り廊下を抜けていく広い背中に声を掛ける。聞こえているだろうに、全く歩く速度は緩めず、顔をこちらに向けもしない。ガイアはむっとしつつも走って、その隣に並んだ。
「さっきはありがとう。皆が混乱し過ぎる前に色々言ってくれて」
「うるせえから黙らせただけだ」
顔を覗き込んでいるにも関わらず、ちらりとも視線を向けられないのが腹立たしい。
ラドンの足元で一緒になって歩いている、深海を思わせる青色の子犬が、ハッハッと規則正しく息を吐く。二人の間の沈黙をその音が埋めてくれた。時折、「くぅん」と甘える声まで混ざって来る。この不愛想な男の魔力から、こんなにも可愛らしい〝聖獣〟が生まれるなんて、つくづく不思議である。
「ねえ、ラドンはどう思う? ガニアント国のコインが見つかったこと」
「流れ者の俺に言えることなんざねえよ」
「ちょっと。私はそんな事言ってないでしょ」
先ほど礼拝堂で言われたことを根に持っているのだとしても、自分がそんな偏見を持って彼に接しているのだと思われているなら、甚だ心外である。
ラドン・ミーミはパクスミール国の生まれではなく、外の国からやってきた男だ。パクスミール国の国境を超えた辺りで行き倒れているのを、ラコスデント神殿の聖職者たちが見つけ、保護した。上は赤土色の着物で、下は黒い履物、そこに古びた皮の腰巻を巻いているという一風変わった出で立ちで、腰には刀を帯びていた。と言っても、遙か昔にいたと言われる侍とは、似ても似つかない風貌である。外見も中身も完全に外の者であり、パクスミール国にとっては、先ほどの老爺の言葉通り余所者だ。しかし、基本的には神殿は誰もが入る事の出来る場所として開いており、孤児院のような役割も果たしている。そのため、今のところどうやら身寄りがないと見えるラドンを、積極的に追い出そうとする空気はなかった。そのまま何となくここに腰を据えている状態の彼も彼で、神殿に留まっていることに後ろめたさでも感じるのか、多くは語らず口も悪い代わりに、力仕事は進んで請け負っていた。
「……まあ、少なくともいいメッセージじゃねえだろうよ」
パクスミール国とガニアント国の分裂は、政治方針のずれによるものだ。民主主義で貫こうとしたパクスミール国と、絶対的な権力者を据えた独裁主義となっているガニアント国。一体、ガニアント国の国民となった者達の間で、分裂前にどのような動きがあったのかは皆目見当もつかない。少なくともパクスミール国に不満があったことは確実だ。そんなガニアント国が、今更好意的な意味でコインを届ける理由はないと考えるのが普通である。
「あんたも同じように思ってるんじゃねえの」
ガイアは巾着袋に手を添えた。結局、言うタイミングが無くそのまま礼拝堂を出てきてしまったが、自分もたった今問題となった、ガニアント国のコインを持っているのだ。グリフォンの国章がついたコインを見ただけで、嫌な予感はしていた。
「……現時点で私達にできることはあると思う?」
沈黙。二人と二匹の足音だけが鳴り、やがてそこに、水の演奏が混ざって来る。
噴水の前まで来て、やっと男は口を開いた。
「ねえよ」
冷たい声だ。その代わり、
「不毛な質問をする暇あったら、あんたも考えれば」
そう付け足された。あんたも、という言い方から、冷たいだけの男でないことが、辛うじて分かる。踵を返して、己の部屋へと向かうラドンの背中を、今度は追いかけずに見送る。
≪……いつもゴメンネ≫
ずっと黙って歩いていた子犬が、その顔に器用に困り笑いを浮かべて、ガイアを見上げる。耳を垂らして、
≪ラドンくんも、いろいろ、しんぱいしてるんだ≫
舌足らずな喋り方で、しかし大人びた雰囲気を漂わせながら言う。
「タイニー」
廊下の先から、ラドンの声が届く。はっとした〝聖獣〟のタイニーは、ぺこりと巫女に頭を下げてから、短い足を懸命に動かして、主人の後を追いかけた。
基本的にあの〝聖獣〟は、言葉を喋ることができても、ラドンの傍にいることしかしない。意見はしないし、会話に入ってくることも少ない。ガイアとホノオのように、他愛もない会話をしている姿は、見たことがなかった。彼らなりの主従関係なのかは不明だが、ラドンもああしてタイニーを放ってしまうことはないので、きっと関係性としては上手くいっているのだろう。
残されたガイアは、グリフォンのコインを取り出し、ぎゅっと握り締める。
「ホノオ」
ずっと、少し離れて後ろからついてきていた白いライオンに呼びかける。
「明日も、明後日も。色んな町と村、回るわよ」
あまり危ない事に首を突っ込むな、と。ケイに注意を受けたのは昨日の夜。そして、ガニアント国が絡んでいる可能性が出てきたのが、今日の夜。本当に、予想以上の危険なことがこれから起きようとしているのかもしれない。分かってはいたが、情報収集の手を緩めるわけにはいかないと思った。神殿の者で調査団が編成されるのだとしても、指をくわえて見ているなんてできない。
≪分かった≫
ガイアの〝聖獣〟は、首肯した。やはり主人の気持ちを分かる彼だからこそなのだろう。
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