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Story.9  一喝

「ガニアント国が今更、パクスミール国に何の用だと言うのだ!」


 マターリの勢いは止まらない。たった十五年、されど十五年。当時子供であった者達には、事態の重さが分かっていなかった。だが、老爺のように、当時大人であった者たちからすれば、ガニアント国の独断的な分裂表明は、パクスミール国民としては裏切りも同然だった。ガニアント国に同調していた者が多くいた仕事場では、予告なくパクスミール国側についた人々の首を切られ、路頭に迷った者までいたのだ。マターリは、その筆頭である。


「戦争か! 我らパクスミール国に、戦争を仕掛けるつもりか!」


 過激な言葉を並べ立てれば並べ立てるほど、集まっている者達にまで伝染する。そして、現れるのは、怯える者と――


「そ、そうだ……パクスミール国の方針が気に食わなかった奴らが集まってるような国だ! もしかしたら本当に……!」

「大きい戦争を起こそうとしてるとか!?」

「だって今までにこんな変な風に干渉されたこと、ないんじゃないか?」

「もしそうなら、早く手を打たないと殺されるぞ!」


 怒り、敵意を露わにする者たちだ。

 礼拝堂の中が不穏な雰囲気に支配され始め、ガイアは思わず顔を顰めた。聖職者たちも、まだそう決まったわけではないと声を張り上げるが、マターリを初めとしてざわめきは大きくなるばかりだ。まだコインが届けられただけで、これといって攻撃を受けた話が出たわけでもないのに、団体による人々の想像力は反抗意識を強くさせる。


 このままでは、いっそパクスミール国から戦争を仕掛けようと言い出しかねない勢いになりつつあった、そのとき。



 ――アオォンッ……!



 鋭い遠吠えが響き、礼拝堂の壁に反響した。人々のざわめきで満たされていた空間に、突如人ならざる声が盛大に迸ったことに、誰もが思わず口を閉じる。

 周りの、異様な雰囲気に怯える少女の肩を抱いていたガイアも、鳴き声の方角に目を向ける。


「クソジジイもクソババアも、雰囲気に呑まれて騒ぎ立ててる血気盛んな連中も、どいつもこいつもうるせえ」


 まるで深海のような、深い青に彩られた子犬の隣に立つ、長身の男。首筋まである黒い髪を編み込んでおり、目にかかるほどの前髪は表情を判別しにくい。だが、その前髪の隙間から覗く紅い三白眼は、心底苛立っている様子で、鋭い光を灯していた。


「ケイババアが言ってるだろ。直接的な干渉があったわけではないってな。状況把握をするにも材料が足りねえ。なのに勝手に想像を膨らませて盛り上がってんじゃねえよ」


 ガキの方がまだ考えて盛り上がるぜ、と吐き捨てる。


「黙れ、ラドン・ミーミ! 余所者が口出しして良い内容だと思って」

「あーあーあー、うるせえっつってんだよ、二度も言わせんな」


 すかさずマターリが怒鳴り返すが、彼の言葉を食いながら再度ラドンは言い返した。


「余所者だから俺が一番落ち着いてるんじゃねえの? ケイババアをよく見ろよ。困った顔してるのが分からねえのか」


 赤目の男に顎でしゃくられ、騒ぎ立てていた彼らは一様にケイの方に視線を上げた。

 ケイは困った顔ではなく、眉根を寄せて壇上から皆を見下ろしていた。静かな怒りが、体から漂う魔力にも滲んでいる。

 老爺は苦虫を噛み潰したような表情になり、黙り込む。他の騒ぎ立てていた者達も、急に勢いを失ったように口を噤んだ。


「……一頻り騒いで、落ち着きましたか? ……それと、ラドン」


 名を呼ばれ、男は面倒くさそうに頭をもたげる。


「皆を鎮めて下さったことは感謝します。ですが、神殿に身を置いている以上、言葉遣いをいい加減直しなさい」


 これには何も口答えはせず、しかし素直に「はい」などと答える筈も無く、赤目を伏せ、肩を竦めただけだ。

 ケイは皆に向き直る。


「本日お話できることは以上です。ガニアント国のコインがこの神殿に届けられた以上、ガニアント国から何かしらのメッセージだと受け取るのが妥当なところではありますが……まだこれといって、明確なところは分かりません。だからこそ、何か情報が入れば、速やかに私の方に言うように。何かが起きてからでは遅すぎます。よろしいですね」


 また、人々が微かにざわめく。


 いい意味のメッセージであるはずがないじゃないか。

 どうしてわざわざ曖昧にするんだ。

 何かが起きてからでは遅いならもう行動を。


 棘のある声が、聴衆の一人であるガイアの耳にも届く。だが、神殿の中でも巫女としての立場を持つガイアには分かる。はっきりとしたこと以外は口にするべきではない。でなければ、本当はそうでなかったとき、皆は余計に混乱する。


 ――というのは、建前で。


(ケイ婆様も、どうしたらいいか、分からないんだわ)


 だから、ラドンの「ケイが困った顔をしている」という指摘は、的確だった。彼女の立場も考え、冷静な頭で推測すれば、毅然として壇上に立っている大神官から滲むのが、怒りだけではないのは気づくことができる。

 ふと堂内の隅を振り返ると、先ほどまでそこにいたはずのラドンの姿がない。ガイアは眉を上げた。急いで視線を巡らせると、閉まっていたはずの礼拝堂の扉が、半開きになっていることに気付く。ステレに詫びを入れて、彼女は慌てて走り出した。

拙作をお読み頂きありがとうございます。

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