第21話 それぞれの戦い
それぞれのたたかい
テンプス
クラウデモス
◇ ◇
「くっ!」
ジュリアーヌの持った大楯に打ちすえられ、テンプスはフラギルたちから引き剥がされた。
テンプスは吹き飛ばされ、宙を回転し危なげなく着地するも、そこへ覆い被さるようにジュリアーヌの大楯が降ってくる。それをテンプスはとっさに飛び退き、回避する。
ガゴォン、と衝撃音が宙を舞うテンプスにまで届く。
霊体であるテンプスには物理攻撃は効かないのだが、ジュリアーヌの持つ盾はテンプスの体をしっかりと捉え、当たれば脆い霊体が爆発四散しかねない威力を有していた。
むせかえるような砂埃が舞い散る中、その靄を突き抜けて突撃してくるジュリアーヌの姿を見て、テンプスは昔のことを思い出していた。
(あぁ、そういえばジュリアーヌお嬢様は王の部屋へと勝手に入り、中に飾られた鎧を倒してすりむいたことがありましたなーー)
手に持った数本のナイフを投擲するが、ジュリアーヌの身に纏った鎧が容易くはじく。そして突撃の勢いそのままに幽霊の身が楯に当たり、テンプスの体が音もなく吹き飛ぶ。
(そういえば、木に咲いた花が欲しいと窓から身を乗り出し、そのまま落ちたこともありましたなーー)
パタタッと、赤い液体がジュリアーヌのまわりに飛び散る。
霊体であるテンプスは、地面にぶつかろうとも何も音をたてず、ただガガガッと盾が地面を削り、鎧がせわしなくならす金属音だけがこの辺りで響く。
(そういえば、剣の練習をした時に騎士団長に筋があると褒められ、調子に乗って剣を振りすぎて腕を痛めたこともありましたな……)
打ち上げられたテンプスは、手を懐にいれ、その中から何かを取り出す。
「ーーーーー‼︎」
「そして初陣では左腕を骨折しておりましたな」
ジュリアーヌは声にならない雄叫びをあげ、宙を舞うテンプスを捕まえんと手を突き出す。しかし、その伸ばした手はギシィ、と中途半端に止まってしまう。
テンプスの繰り出した無数の糸がジュリアーヌの鎧に絡みつき、縛り上げていたのだ。
「そして今も。……お嬢様、また傷ついておられるのですか」
ギキ、と束ねた糸を持つテンプスの拳に力がこめられる。
テンプスの細められた両目には、ジュリアーヌの着る鎧の継ぎ目のあちこちから、赤黒い血が流れ出ている光景が映っていた。
テンプスは最初から、ジュリアーヌが傷を負いながらも戦い続けていることを見抜いていたのだ。
「あの勇者と戦い、ひどい傷を負ってなおも、あなた様はーー」
ギシギシと鎧を縛る糸の上をツツ、と赤い雫が走る。
テンプスの脳裏に、自分の手を嬉しそうに引くジュリアーヌの笑顔が浮かんだ。
「できれば……私はあなたのこれからがもっと見たく……ありました」
ギュ、と糸が引かれ、あれほどの堅固さをほこったジュリアーヌの鎧が、豆腐でも切るかのように易々と断ち分かたれた。
「……」
テンプスは無言で糸を回収し、鎧の残骸に歩みよる。そしてその残骸の山の前に膝をつき、鉄板と化した鎧をどかしていった。
掘り進めると、そこには赤く染まった肉塊のようなものが見えた。……いや、よく見るとそれは人の形をしていた。
「良い……夢……を。お嬢様」
テンプスの手が、顔と思わしき所にふれる。グジュ、と水気のある肉の音が鳴る。がしかし、テンプスのはめた白い手袋は、少女の血で赤く染まることは無かった。
「……少々、この老骨には厳しすぎましたな」
テンプスは少女の目を優しく閉じ、そんなことを呟きながら天を仰いだ。
「寝ずの番というのは存外、つかれますなぁーー」
グラ、とテンプスの上体が揺れ、地面へと倒れ込む。
テンプスの体が光に溶け、無数の粒子となって空へと散っていった。
(ーー後は頼みましたぞ)
ヒラ、と一枚の真っ白なハンカチが光の粒の中を舞う。そしてそれはジュリアーヌの顔にパサリと落ち、閉じた目から流れ落ちた涙を拭い取った。
それはあたかも、怪我をしたお姫様を執事が慰めるーーそんな光景のようであった。
◇ ◇
クラウ=デモスは、母娘の撃つ魔法を一身に浴びようとしていた。
クラウ=デモスの背を、ギリギリでかわした風の刃の風圧がビリビリとなでる。
生前、魔王と恐れられていたクラウ=デモスすら、妻であるベスタルファのお叱りの際に放たれる魔法を恐れていたのだ。まして死んで弱体化した今では、あの魔法を数発喰らえば昇天することは必至である。
しかも、だ。
「チィっ! またベストルファをかばうのか、ジェリタ!」
降り注ぐ魔法の雨を掻い潜りベスタルファを取り押さえようと接近すると、必ずジェリタが魔法を撃つ手を止めて手を広げ、盾になるかのようにベスタルファの前に出てくるのだ。
これにはさすがの魔王クラウ=デモスも攻撃の手が鈍り、その隙に復帰したベスタルファによって撃ち込まれる魔法によって距離を離さざるを得なかった。
紙一重で避けた魔法があちこちで炸裂する。
「くっ……」
舞い上がった土煙を体にまとわり付かせ、クラウ=デモスは地面を転がる。
地に伏せた目線を上に上げると、その先ではジェリタ、ベスタルファが光のないうつろな目をして歩いてくるのが見えた。もちろん、地面に転がった愛する夫を助け起こそうーーなどという訳ではなく、無言で無慈悲に二人の手から魔法が発射されつつ、だが。
クラウ=デモスの周りで火炎が、氷塊が、旋風が、岩塊が炸裂する。
「ーーがっ、ぐぁあ」
魔王が魔に呑まれ、圧に負ける。
その圧倒的な威力に揉まれながら、クラウ=デモスの脳裏には走馬灯が映っていた。
幸せであった追放前の情景、追放された後、この地で皆で力を合わせ勝ち得た地位、そして何よりいつも隣で寄り添っていてくれた妻ベスタルファと娘ジェリタ。
しかし今は二人とも勇者の走狗となり、うつろな目をこちらに向け無言でひたすらに攻撃魔法を撃ってくるのみ。
魔族の象徴である角は二人とも魔法の撃ちすぎによってひび割れ、ただでさえ白い肌が幽鬼のように青白く、もはや魂だけでなく体すらも死んでいるのではないかと思える程だ。
「ーー全て返してもらう」
介錯してやるのが良いーー。そう考えたクラウ=デモスはボソッとなにやら呟く。すると渦を巻くように地面から母娘二人を内包してもなお足りぬ、巨大な黄金色の時計盤が現れた。
ーーガコン、と短針から長針が離れ、ジャラジャラと鈍く金色に光る鎖がクラウ=デモスの手足に巻き付く。
「ジェリタ、これが最後のお遊びだ。ベストルファも付き合ってもらうーー構わんな?」
クラウ=デモスはそう言ってベストルファとジェリタの撃つ魔法を、一身に受けた。
「ぐっ、ぐおぉぉぉ!」
とある日に父が鬼のお面を被って、そこに家族が豆を投げつけ鬼を追い払い福を呼び込む。そんな風習がどこぞの国ではあるらしい。だが今、クラウ=デモスに投げつけられているのは炒り豆などというちんけな威力ではなく、銃弾やTNT爆弾、その類いが持つ威力なのだ。
しかし、それでも。そんな破滅の雨に殴られていても。
「ふふっ、フハハハハハハハ‼︎」
クラウ=デモスは笑い、家族水入らずの楽しい時間を過ごしているようであった。
ーーガコン。長針が盤を一周し、短針のところに帰ってくる。すると鐘の音と共に文字盤から闇のごとき光が放たれ、赤、青、黄、緑といった色とりどりの魔法が乱舞していたキャンバスを塗りつぶし、母娘とクラウ=デモスを諸共に飲み込んだ。
視界が黒く染まっていく中、クラウ=デモスはピキピキと崩れていく己の体を見やる。
(ーー流石に限界か。ベストルファ……ジェリタ……守ってやれなくてすまなかった。リーシュパル……復讐は果たしてこそ意味がある。だからこの力、この復讐心を託そう)
パラパラとひび割れた体が虚空に溶けていく。
「フラギル殿は……」
そう口に出したが、あまりに規格外な戦闘能力を思い出し、クラウ=デモスは苦笑した。そしてそのまま、その口角を満足そうにつりあげる。
(あぁ、だが、取り戻せて良かったーー)
フッとクラウ=デモスの見る世界が闇に包まれた。
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