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第12話 奪われたもの

 魔王クラウ=デモスは、リーシュパルの剣に消し飛ばされる際、今までに見聞きしたあらゆるものが走馬灯のように流れていくのを感じていた。


◇ ◇


「貴卿は罪を犯した。それが何か分かりますかな、クラウ=デモス」

「がぁぁぁ! 貴様ぁぁぁぁ!」


 クラウ=デモスの眼前に見えるは、もやのような影法師。後ろに配されたステンドグラスの鮮やかな彩光が目を惑わせ、その姿を捉えることを困難にしている。

 鎖にがんじがらめに縛られ、影の前にひざまずかされたクラウ=デモスの横には妻子含め、数多くの者が同じように縛られ、衛兵たちにひざまづかされていた。


「人間種に対し奴隷化の儀式を行わず、あまつさえ元のまま庇護下に置いていた……と。ワタクシが最も嫌厭するのが人間であるというのは、もはや公に知れ渡っていると思っていたのだがね」

「ふざけるな!元人間といえど、奴隷化の儀を行えばそれは立派な悪魔族! 我らに同族殺しをしろというのか!」


 そう声を荒らげた瞬間、右側からドパァンという破裂音と共に、ドス黒くドロリとした液体がクラウ=デモスの顔にかかる。

 目を見開き、首を動かせず目だけでそちらの方向を見やると、衛兵が1人、爆散したような跡が見えた。

 砕け散った鎧兜が散乱した跡からするすると、鎧を被った衛兵の中身が出てきた。


「すまぬ、手慰みだ。貴様には後で給金に色をつけておく」

「は、はひ!!」


 触手のような、槍のように鋭い影がすす、と影法師まで戻っていく。


「鎧が砕けたか。替えに行け」


 静まり返った広間に、衛兵が1人かけていく足音だけが響いた。

 そして影法師の声が響く。

 

「悪魔族ではない、魔人族だ。二度はない」

「ぐっ……」

「ーーそもそも儀式を介し変質しただけで、元の種族とは地続きなのだ」

「それは貴方の区分がーー」

「黙れ。……ワタクシ、思うのですが原種は言うに及ばず、魔人化した奴隷どもはどう足掻こうと寿命で死に、我々悪魔族は言わば不老不死。どこが同じだと? 大方おおかた貴方もやれ味が不味い、面白くないーだのという理由で人間を保護化に置いていたのでしょう? そのような者らは味に飽きれば面白半分に人間種を搾り取り、血風呂や化粧、果ては美しい家具にしていたというではありませんか」

「な!? 私はー!」


 クラウ=デモスの脳裏に、庇護下に置いていた人間たちの顔が浮かぶ。

 確かに、味が不味くなるという理由で置いてはいたのだが、それでも血風呂などの残虐な行為はしなかった。

 かの者たちは幸せそうに暮らしていたが、クラウ=デモスが連行された時一緒になって連れて行かれてしまい、どこに行ったかその所在は不明である。


「図星ですかな。悪魔は基本、吸血鬼のように、人間のように、魔蟲のように、その他あらゆる生物のように、何かを食べなければ生きていけないというわけではないのですが。あくまで嗜好のはずですよ?」

「ぐっ」

「その点、死者は素晴らしい。何も食べることなく黙々と己の成したいことに邁進する……。ワタクシたちもそう、あらねばと思うんですがね」

「誰もが貴様のようである(・・・・・・・・)と思うなよ!」

「ええ、ですのでーー」


 影法師が手を振り上げたと思った次の瞬間ブブンと音が鳴り、周りにいた妻子たち全員が跡形もなくいなくなっていた。


「何をした!」

「なに、流刑ですよ。それほど人間が好きなのならば、人が多くいるところで住めばいい。光の満ちたその世界で、果たして貴方のようなちっぽけな存在がどこまでやれるか、大変見ものです」


 クラウ=デモスの体が薄れていく。


「む、力だけは少しばかり有してからに……」

「悪魔帝⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎! 貴様以上に! 悪辣な者などいるものかぁーっ!」

「貴方がたがぬるいだけですよ。せいぜい、見聞を広めてくるのがいいでしょう。ワタクシが良いと判断すれば戻して差し上げましょう」


 影法師が手を振り下ろす。

 その瞬間、クラウ=デモスの視界が暗転した。


「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁァァァ!!」


 穏やかな陽光、草花を揺らす爽やかな風。その青天の下でクラウ=デモスは焼け焦げた。

 闇に属するものは何らかの対処を講じていなければ、光に焦がされ焼け死ぬのだ。


「ああ、あぁぁぁァァァ」


 しかし、悪魔帝に少しは力を持っていると称されただけのことはある。彼は焼け焦げる体に鞭を打ち、妻子を、そしてその他一緒になって追放された者たちを守り切ったのだ。

 

「オオオ、おぉォォォ!」

 

 どん底からの復帰は目覚ましいものであった。

 現地に住まう、闇に属する者たちをまとめ上げ、一つの大帝国をも作り上げてしまったのだ。

 そしてその強大にして膨大な数の軍を用い、人間と壮絶な小競り合い(・・・・・)を演じた。

 ……そう、小競り合いなのだ。彼は以前にしていた時の規模をひろげ、人間界を一種の牧場としようとしたのだ。

 故に、休戦、不可侵条約まで結んだのだ。

 クラウ=デモスの治める国はそれこそ、悪魔帝国に属していた時より繁栄を極めた。

 しかし、それも勇者が現れるまでのことであった。


「いいか! 魔王様の元までこいつらを近づけさせるな! 死守するん、グアァァァ!」


 大切な仲間が斬り殺される。皆で作り上げた城が破壊される。


「ギャァァァ」

「い、イヤぁぁぁぁぁぁ」

「ヒィイィィィ!」


 甘かったのだ。ぬるかったのだ。愚かだったのだ。


「ああっ、あなたー! あなたぁぁぁぁぁぁ!」


 あ ま り に も。


「父上ー! ちちうえぇぇぇぇ!」


 炎に包まれ、豪奢な金糸の垂れ幕が燃え落ちる。

 

「へー、結構いいお嫁さん持ってんじゃん。娘もなかなか。くださいませんか、ボクに」


 魔王の命の灯火は。


「お義父・・さん」


 スコン、と勇者によって軽く振られた剣により、吹き消された。

 命はそこで途切れたが、しかしクラウ=デモスの中に湧き上がる何かがあった。

 その何かに従い、己は散っていった仲間を取り込み、静かに狂える幽鬼として再臨したのだ。

 そして今、リーシュパルと剣を交え、その思いを理解した。


◇ ◇ ◇

 

「ふむ、以前のアナタなら粛清対象でしたが、今はもう悪魔族ですらない。実に、実に珍しい。」


 クラウ=デモスの意識に誰かが話しかけてくる。


「ぜひ取り込みたいとは思うが、それはそれ、これはこれ。クラウ=デモス、貴方のなさねばならぬ事を為せ」


 その言葉が終わった瞬間、薄れかけていた視界が色を取り戻した。

 見ると、リーシュパルが地面に仰向けになり、何やら頭を抱えている。

 クラウ=デモスはそこへ近づき、顔を覗き込みながら言った。


「どうやら降るのはこちらの方であったらしい。これからよろしく頼む」


 リーシュパルの目が、光線を放ちそうなほどまばゆく光り輝いた。


「貴様の目はいくら光っても、我を焼かないのだな」


 ……我が横に妻がいない。……我が膝の上に娘がいない。

 忘れるものか。 皆を殺せしあの勇者。

 忘れるものか。 皆を奪いしあの勇者。

 忘れるものか。 あの時抱きし心の恐れ。


ーーされど


 忘れるものか。 心に抱きしこの憤怒。

 許すものか!許されるものか!許してなるものか!

 あの勇者の姿を。

この作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。

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