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第11話 ひとりだけ

「な!?」


 リーシュパルは周りを見まわしガチャリ、と剣に手をかける。

 周りに出現した霊どもは、しかしリーシュパルらを襲うことはなかった。

 魔王のひそませていた幽霊に不意をつかれ、襲われる。リーシュパルはそう思っていたのだが、この異様な状況に困惑から剣を少し下ろした。


「ふむ、驚かせてしまったか」


 そう言って、魔王は頬杖をやめ、静かに玉座から立ち上がる。

 そしてスパァンと手を打ち鳴らし、この城全体に聞こえるのではないかと思えるほどの大音声だいおんじょうでこう言った。


「我は! 貴様を! 歓迎する!」

「え」


 先ほどの言葉の意は、自分たちを襲い手荒く歓迎するという意だったのでは、本当に歓迎の意味だとはとても、などとリーシュパルの意識が止まる。


「皆の者! 宴の用意をせよ!」

「「「「「オオオオオオオオオ!」」」」」 


 リーシュパルの前で渦を巻きながら舞い踊る霊、霊、霊の集団。

 リーシュパルが警戒心で手をかけたはずの剣が、プラン、と元の腰の位置に戻っていった。 

 魔王の宴席の用意命令が出されてからは早かった。

 用意された宴会の席。召使とおもわしき霊らがせわしなく、されど粛々と広間を行き交う。

 用意が終わった後、魔王が言った。


「では皆、存分に楽しもうぞ」

「「「「オオォォォオォ!!」」」」


 目の前に用意されたのは、この荒れ果てかわいた地域では貴重であろう水が並々と注がれた杯や、編みかごに盛られた水滴滴したたる鮮やかな果実。パンやスープはその大地の恵みをどうしようもないほど強烈に、まるで鼻に殴りつけてくるかのような香りを漂わせ、巨大にして豪快な豚の見た目のような姿焼きは、そのごつごつとした表面にオアシスの如き肉汁を湧かせ、滝のようにこんこんと、そしてその飛沫しぶきの如く香ばしい香りを広間に漂わせていた。


「うむ、うまい!」


 魔王は卓にのった料理を美味しそうに食べる。

 リーシュパルは生霊戦鎧リビングアーマーゆえ、食べることができない。そのため、死んだ後魔王はどのような種族となったのだろうか、そう思って食器を持ったまま魔王の方を観察していた。

 ーーいたのだが。


「う……」

「「「「「オオォ、オオオオオオオ……」」」」」


 ーー泣いている。

 魔族領の貴族や高官、重鎮であったのであろう霊らが皆、豪華絢爛たる食事を前にして誰も手をつけずにただ、顔を伏せて涙を流しているのだ。


「お、王よ。その、皆さま泣いておられますが……?」

「ん? なに、貴様に会えたことがよほど嬉しかったのだろうよ。気にするな、お前もぼぅっとしていないで食うがいい」

「いやあのそもそも食べられなーー」

「うむ、うまい!」


 そういって魔王は席に座り直し、なみなみと水がつがれたグラスを手に取ろうとする。しかし手はグラスをすり抜け、持ち上げることはおろか、触れることすらできていない。 

 それでも魔王は。


「いや、流石さすが雄峰オーラスムの名水よな!」


 グラスをクイ、とあげるような仕草をし、今度はナイフとフォークを持ったような仕草で目の前の料理を食べようとしていた。


「な!!!!????」


 リーシュパルは驚きの声をあげ、目をこする。


「なんだ、どうした勇者殿? 何かありましたかな?」

「い、いえ、なにも」


 リーシュパルは驚きで少し上がった手を卓の下に移動させる。

 その下で小さな球状のフラギルを両手で転がしながら、中にいる全員に相談した。

 

『これは一体?』

『幻覚、幻視の類じゃな』

『リーシュパル殿の視界では豪華な料理が見えていますが、こちらからの視界では何も見えませんぞ』

『そーいやテンプスはリーシュパルの仲間だけど、この中に入っているからどっちの視界も見れるのか』

『私たちの見える光景ではーー』


 そういってティナがリーシュパルに指し示す。

 そこでは。


『……ッ』


 あれほど山と積まれていた食事のたぐいはどこにもなく、なにもなく寂しい空皿に、渇いた杯がただひたすらに、卓がむなしく眼前に広がるだけ。

 霊らはその卓を見つめ、苦悶の声をあげながら泣いているのだ。

 そしてその霊らを横に並べ、その中心で1人、楽しそうに、幸せそうに食事を楽しんでいそうな魔王の姿は、言葉では言い表せないほど異様であり、どこか哀愁もあった。

 

『ぐムゥ、不味い』


 フラギルは気分がすこぶる悪そうに、うまいうまいとひたすら言い続けている魔王の言葉に、当てつけて言う。

 リーシュパルは、食べることができていないのに美味い美味いと言う魔王の姿に不気味さを感じ、かちゃり、とスープ皿に手を添えながら魔王に向かって言った。


「恐れながら魔王よ。私もあなたも食事をする必要が無いーー食べることができないのでは?」


 天を仰ぎ、杯に注がれた酒を飲み干すような仕草をしていた魔王がピタリと止まり、その目が、見下ろすような形でリーシュパルを射抜く。


「そうだ」


 その手がすぅっと肘掛けに下がっていくのと連動して、光が無くなっていき、広間の温度が下がっていく。

 リーシュパルは不穏な空気の中、それでも聞いた。


「ではなぜ、このような真似を?」

「真似、か」


 ガクリ、と魔王の頭が落ち、そして上げられ、口を開いた。


「我々は奪われたのだよ、何もかも。勇者にんげんに」


 その瞬間、広間に激震が走り、衝撃により天井に吊された灯火は吹き消え、卓はテーブルクロスを巻き上げながら、沢山の皿と共に大きく宙を舞った。窓から差し込む刺々しい光にを反射したそれらは、しかし地面に落ちて割れ砕けるということはなく、隼の羽でもついたかのようにものすごい勢いで、どこかに浮遊して行ってしまった。


「見よ」


 そう言う魔王の手には、先ほどの杯が握られていた。

 ーーしかし、ギャリギャリと硬質な悲鳴をあげながら。


「別に我とて、持てないというわけではないのだ。ただ」


 バキャァァァ、と杯が砕け散る。

 ポロ、ポロとその手の間から破片が落ちる。


「力の加減が効かぬ。最も弱くした力でこれだ。壊さぬためには透過して、触れぬようにするだけよ」


 そして、魔王は左右に片手を振り、指を刺す。

 疑問に思ったリーシュパルは、示した先に目を向ける。

 見ると、両脇で泣いていた霊たちが、涙を流しながらこちらを見ていた。


「なっ」

「この者らはもはや、喋ることすらあたわぬ。帰りを待つ妻や子供、愛する領民、愛した故郷。大切にしていたモノがあったのだろう。だが、かつて有りしものは今、ここにはもうないのだ」

 

 リーシュパルは、これまで会ってきた勇者を賛美するだけの愛に狂った霊とはちがう、正真正銘の怒りに狂いし怨霊を、今この目に見える光景から見出みいだした。

 霊の大群ーーおよそこの国に存在するすべての怨霊ーーが、魔王の体に吸い込まれていく。


「ーーワレラは怒る。我らを殺しし勇者にんげんを。

 ーーワレラは恨む。約定を破りし勇者にんげんを。

 ーーワレラは悲しむ。かつての人間を生かしてやろうと選択したことを。

……故に、ワレラは喜ぶ。復讐の機会を与えられたことを!」 


 魔王が座から立ち上がり、怨霊の大合唱の中で声を響かせる。


「貴様! 名はなんと申す!」

「……リーシュパルです」

「そうか! ならばリーシュパルよ、貴様を試してやろう! ワレラの怒り、恨み、その全てを託すに足るものかどうか!」


 ドォ、と魔王から身のすくむような衝撃波が放たれる。


「我が名はクラウ=デモス! 人に全てを奪われた者にして、その人を鏖殺おうさつせんと願う怨恨の奴隷よ!」


 その名乗りとともに、魔王はどこからともなく手に取った剣を振り上げ、リーシュパル目がけて叩きつけてきた。


「なぁ!? まっーー」


 とっさにリーシュパルも剣を抜き放ち、応戦する。が、魔王の剣圧凄まじく、リーシュパルは床に深い2本の筋を残して大きく後退することとなった。

 魔王は剣を振り下ろした上体を起こし、リーシュパルを見据え、怪訝けげんそうに言う。


「何、待てだと?」

「私は人を皆殺しにしたいと言うわけではありません!」

「ーーなんだと」


 瞬間、広間全体が震撼し、あちらこちらにヒビが入る。

 止まることを知らない圧がリーシュパルをさいなむ中、フラギルはリーシュパルに言う。


『助けはいるか?』

『いいえ、これは自分が越えなければならない壁。魔王を倒せずして、勇者が倒せるでしょうか。……フラギル殿はこちらの袋の中に』

『そうか』


 小さな球状のフラギルを後ろの袋に入れながら、リーシュパルは剣を構え、立ち上がる。


「私が恨むものはただ1人、勇者だけなのです! 他の者に罪はーー」

「黙れぇぇぇ!」

「ッ!!」


 しかし、説明しようとしたリーシュパルは少し言っただけで、迎撃を余儀よぎなくされた。

 魔王が凄まじい速さで彼我の距離を詰め、裁断機が如く、その剣をリーシュパルに振り下ろしてきたのだ。


勇者ニンゲンも! 人間も! ワレラにとっては同類よ!」

「なぜですか! 確かに勇者の魅了にかかり、あなた方を殺しはしたのでしょうが、それは操られてのーー」

「だから罪は無いというのか!」


 バガァン、と振り下ろした剣が床を砕き、白い瓦礫を撒き散らす。

 魔王は剣を振るい、その宙に浮いた瓦礫をリーシュパルめがけて打ち込む。

 リーシュパルは苦悶の声を上げながらも、砲弾の如き瓦礫を切り払い、魔王の剣撃を受け止めながら、その顔に自分の顔を近づけて訴えかけた。


「ですが私とて勇者に操られ、そして殺された者です! それでいてなぜ、貴方は私を試そうとするのですか!」

「お前の力は、魔に属する者から与えられた力! ならばお前は我らの仲間よ!」

「ーーは?」


 ガクン、と剣がリーシュパルの方に押し込まれる。

 魔王は急に力の弱くなったリーシュパルを怪訝に思い、そして合点がてんがいったように、その口端を歪めた。


「まさかお前、その力は高貴ひせんたる神がお与えになったものー、などと思っていたのか?」


 リーシュパルの沈黙を肯定ととらえ、魔王は額に手を押し当て高笑いした。


「フハ、フハハハハハハハハ! 笑わせてくれるなリーシュパルぅぅぅあぁぁぁアァァ!」

「ぐぁっ……」


 魔王の体がボコリ、と膨れ上がり、爆発したように体の体積が増えていく。

 リーシュパルはその衝撃に耐えきれず、宙を二、三度回転しながら地面に叩きつけられる。

 視界に捉えればこちらの目が氷柱で突き刺されたかと、そんな幻痛を引き起こしそうなほど痛ましい姿となった魔王は、リーシュパルに向かって咆哮した。


「ならばそうだ、そうであるならばリーシュパル。我が元にくだれ! 魔に! 堕ちよ!」

  

 ドトォ、と大量の幽霊がリーシュパルめがけて放出される。

 それはもはや一条の光線、大地を分かつ大河の如き勢いである。

 魔王の、その濁り歪んだ視界では、リーシュパルが剣を懸命に振るうも濁流に飲み込まれた姿が映った。

 リーシュパルの敗北を確信した魔王は、瓦礫が舞い散る中で目を閉じてつぶやく。


「ふ、だがお前の力はワレラにとって有用……。丁重に扱ってやるとしよう」


 しかし。


「アァ、アァぁぁぁぁアアア!」

「ーー何?」


 その激流はリーシュパルの召喚した霊や骸の兵たちによって、リーシュパルを守るように押し留められていた。

 その中心でリーシュパルは叫ぶ。


「たとえ神がこの私に力を与えていなかったとしても! 私の復讐を肯定してくれた者の言葉を胸に! この復讐の道を歩むだけだ!」


 青眼に構えたリーシュパルの剣に光が灯る。


「勇者を討つ、これこそ私の怨讐の果て!」


 激流がゴバッ、と砕かれ、分けられていく。

 魔王は内心驚きつつも、さらなる霊を召喚し、その激流に発破をかけた。


「リーシュパルっ、オオ、オオオォォォ!」

「狙うは一点、ただ一つ! <怨念収縮斬ヴェルザノム>!」


 剣は馬上槍のような形で妖しく輝き、そしてリーシュパルはそれを本流に向かって前に突き刺した。

 ぶつかり合う光、光、光。

 両者は拮抗しているかのように見えたが、リーシュパルの体が、その身を守る盾をも攻撃に回した代償として焼けただれ、溶けかけているのが魔王には見えた。


「クハハハハハハハ! その程度!その程度なのだ、リーシュパル!」


 魔王は思わず哄笑こうしょうを上げる。しかし、その奔流の中からリーシュパルの声が。


「それ程でも」

「ーー何」


 キィィヤァァァァッ、と泣き叫ぶような硬質な音を響かせ、なんとリーシュパルはこの奔流の中を歩いているのだ。

 まるで、首がもげるような、腹に大穴が開くような、四肢が断裂するような苦難を得ても、なんとしても怨敵を討たんと言わんばかりに。

 魔王はその姿を見て思わず呟く。


「これ程……とは」

「オォォ! 寄り集まりて、我が道を示せェーッッッ!!」


前に突き出されたリーシュパルの信念が、魔王の肉体を貫き、穿ち、えぐりぬく。


「オオ、オォォ、OOOoooooooooo……」


 魔王の体はガラガラと崩れ、地を震わせる叫びが撒き散らされる。

 されど、その表情はどこか穏やかで、満足そうであった。

 リーシュパルはガラァン、と剣を取り落とし、そのばに座り込む。

 そして腰の後ろの袋からフラギルを取り出して言った。


『や、やりました……。フラギル殿、どうでしたか、私?』

『よくやった』


 その言葉を聞いて、兜の奥で目の光が弓の形に細められた。


『お疲れ様じゃ』

『ナイスファイト!』


 フラギルの中ではリーシュパルの健闘を讃える声が響く。

 が。


『えー、そのー……』


 フラギルの奥から出てきたテンプスがおずおずと、気まずそうに言う。

 

『あー、リーシュパル殿? その、仲間にする件は……?』

「あぁっ、しまった!」


 仲間にするはずであったのに……。

 リーシュパルの前には散り散りになった黒い粒のようなものが、空気にただようだけであった。


「しまったぁぁぁぁぁ」

 


◇ ◇


 ーーサバニキスの主城、その一室にて。

  その一部始終を自室で、リーシュパルの視界を通して、遠隔で見ていた皇たちは話し合っていた。


「あの世界の魔王は悪魔族だったか」

「うん、そうらしい。でも珍しいね、家畜奴隷思想反対派だ。悪魔族って確か、悪魔帝が処刑道具も裸足で逃げ出すほど厳しく統治してたよね?あいつ、人間許すまじの精神で、1周回って奴隷撲滅派なんじゃないかと思うんだけど」


 サバニキスの脳裏に、黒く赤く染まった人間が浮かんだ。

 人を闇のものにと引きずり込む。それこそが奴隷化、悪魔の所業。

 大昔ではまだ、悪魔は普通に人間を食い物にしていたと言われてはいるが、現在は悪魔帝なるものがこのような処置を、在位してより今現在に至るまで行っている。

 味が悪くなるなどの理由で施策に反対した勢力を、帝がその活動地域もろとも焼き尽くした光景を、たまたま見ていたサバニキスは当時を思い出して言う。


「殲滅思想だろう」

「僕も元人間ってだけで何度背中を狙われたか……。よく考えたら悪魔帝ってダサくない?」

「止めておけ。あれは一応俺たちより格上の扱いだ。それにその悪魔って名意は、慈悲など一切ない、文字通りの悪魔だからな」


 ワグラインは目を閉じ一言。


「うーん、粛清」


 と言った。

 サバニキスは、そんなワグラインを横目にして、映像に映し出された魔王のなれの果てを見て言う。


「しかし、そうにしてもこいつは甘かったな。保有する力もそこらの木端こっぱ悪魔とは比べ物にならないが、弱いしな」

「それ、今のサバニキス基準で言ってない?」

「いや、棺桶コフィンを使った状態で、だが?」

「……うーん、弱い、の、かなぁ?」

「ん? 待て、これが魔王の普通なのか」


 サバニキスはガタン、と上体を起こす。


「いやー……」

「基準はどうなっている」

「基本好きにしろと言われているから、バラバラじゃないの?」


 ガクン、とサバニキスの勢いが失われ、そのままゆっくりと落ちていった。


「なるほど、それなら仕方ないな。俺たちが戦闘狂みたいじゃないか……」


 サバニキスらの映像視聴会は、まだまだ続くのであった。


この作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。

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