第10話 光なき魔国
キィィィンと空を切り裂く、甲高い音が聞こえる。
空には銀に輝く一条の流星。
その流星は消えることなく、むしろどんどんとその輝きを増して巨大化していく。
『ふむ、リーシュパルよ、目的地はここで良いのだな』
『合ってますけど、フラギル殿、落ちる! 落ちます!』
リーシュパルの悲鳴と共に、大きくなっていく銀の光が太陽の如く地表を照らす。
『うーむ、これワシら大丈夫かの』
『フラギル様なのですから、大丈夫に決まっているでしょう。そう思いませんか、ペルギム?』
『シラネ』
ペルギムは考えることを放棄したかのようにぐでぇ、と溶けてしまった。
光の中で一際輝く光点が地面に触れた、その瞬間。
ーー大気に轟く爆音が、一瞬にして作り出された地割れから漏れ出てきた白光が、そして全てを押し流すような爆風が、辺り一帯を埋め尽くした。
しばらくして、舞い上がった煙の中からフラギルが転がり出てきた。
「ふむ、無事に着地できたな」
『フラギル殿、どこがですかな?』
テンプスのにこやかに微笑み、細められた視線が、フラギルに針のように突き刺さる。
貴方はもっと自分の体を〜などと、後ろでテンプスに説教されているフラギルを背に、ゼルたちはフラギルの内側から、目の前に広がる光景の感想を言い合っていた。
『ふ〜む。ここが魔族領の中なのかの?』
空は暗雲に覆われ、その間では赤雷がゴロゴロと鳴っている。
地は所々に黒い線のようなものが走り、そこからは黒い靄のようなものがぽぽ、ぽぽ、と噴き出ていた。
『ゼル殿が訝しがるのも無理はありません。ですが此処こそが魔族領なのです』
『魔族の奴らってヒデーところに住んでんだなぁ』
『いえ、ペルギム殿。私には感じられます。これらの光景を生み出したのは強い怨念を持った者……魔王かそれに近しい格を持った何かです。ーーあちらを』
リーシュパルが指差した方向には、霞の向こうに薄らと城のようなものが見えた。
しかしその城を見た瞬間、ゼル含めた三人は凄まじい圧を感じた。霞で薄れる程の遠さに城はあるのに、である。
『おーおー、こりゃすごいのう』
『俺、武者ぶるいがしてきたぜ!』
『ペンは単に、怖いだけなのでは?』
『な、なんだとぉ!?』
濁流のごとき圧に三人とものけぞるような格好になってしまったが、それでも普段と変わらぬやりとりを見たリーシュパルが思わずふふ、と笑う。
『ん? どうしたんじゃ、リーシュパル』
『いえ、皆さんはあれに全く気遅れはしていないのですね』
『いや? 多分全員しているじゃろ……ペルギムは除くかもしれんが。ただまぁ、どうせそこに行かねばならん訳じゃし、怖がっても無意味じゃからのぅ』
『なるほど』
リーシュパルは顎の下に片手をあて、しばし考え込むような仕草を見せた後、おもむろに浮き上がってフラギルの方まで飛んで行った。
フラギルの方ではまだ、テンプスが説教をしている。
『ーーですのでフラギル殿。貴方自身が空を飛び、全員を飛ぶというのはなるほど確かに、素晴らしいアイデアです。ですが、着地の時に隕石のごとく地面と接吻するのはどうかと思うのです』
『なぜだ? 落ちてもなお砕けぬその身体。実に素晴らしいではないか』
『潜入などするときに、それでは失敗しますよ?』
『むぅ』
『逆噴射などすれば良いではないですか。……それで本当に飛んでいるのならば』
『ふむ、逆噴射か』
考え込むフラギルに対し、リーシュパルは後ろから声をかけた。
『フラギル殿! 私を外に出してください』
『む、良いが……』
小さな球のフラギルから、それの何十倍もある鎧がポン、と射出される。
リーシュパルはそれに憑依し、そしてそのまま手甲を動かしてフラギルを掴み上げてしまった。
ガシャガシャと鎧を鳴らし歩くリーシュパルに、フラギルは疑問の声を投げかける。
『どうしたのだリーシュパル? そんな急に』
『いえ、何。フラギル殿ばかりには頼ってはいられませぬゆえ。それに、こうであればテンプス翁の心労も和らぐのでは?』
『ははは、有難いですが、人に心配されるほどやわではありませんぞ? マイハートは』
乾き、荒れ果て、ひび割れてしまった大地を、リーシュパルの鉄靴が魔王城へ向かうための一歩として踏みしめた。
風が、数本しかない枯れ草をひゅるひゅると撫でる。
リーシュパルがしばらく歩いていると、前方に何やら見えた。
『む、あれはなんだ。また前の時のようにゾンビ兵なのか?』
フラギルがリーシュパルの掌の上で言った。
ただし、初めて会った時のように一体だけではなく、そこそこの数前方に存在するのが視認できた。
『なんか透けてね?』
『オルハラ王国にいたようなゴーストなのでは? ゼル?』
『うーむ、紛れもなくゴーストじゃ』
ゴーストの一体一体が剣を携え、槍を持ち、そして厳しい丸盾を持ったその姿は。
『軍隊でしょうなぁ、小規模ですが。どうされますかリーシュパル殿?』
「様子を見て、相手の出方を伺います。 フラギル殿はこのまま」
フラギルはリーシュパルの指示に従い、目立たない方がいいだろうと虹色に発光するのをやめて、ただの銀の球となった。
リーシュパルは剣の柄に手をかけ、いつでも戦闘態勢になれるような姿勢で、その集団まで歩いていく。
しかし、お互いの距離が目と鼻の先ほど近づいても何も起こらなかった。
映るのはただ、槍を地に突き立て、重そうな丸盾を構え佇む兵士達の姿のみ。
『こやつら……』
『ふぅむ?』
意味深な感じでゼルが目を開き、フラギルが光る。
『なに、なんだってんだ? うぉーい』
しかし、そんな二人の反応についていけないというペルギムを置き去りにするように、一団はついてこいと言うような仕草を見せ、フラギルらに背を向けて歩き始めた。
『リーシュパル殿はどうなさいます? ついていきますかな?』
『えぇ。進行方向がちょうど、あそこに見える魔王城ですから』
『ということは、この者達はあそこの兵士たちなのでしょうかね』
『おそらく、ティナ殿のおっしゃる通りでしょうなぁ』
『……やはり、勇者に討たれた魔王はまだ現世に留まっていた……!』
リーシュパルは喜びから思わず、両の拳を握りしめる。そしてこんな機会を逃すまいと、両手を振って後を追いかけ始めた。
フラギルは手で握りしめられる感覚を味わいながら、昔、首飾りになっていた時のことを思い出していた。
『……あのときはすこぶる不味かったが、今はまぁ、美味い部類だな』
『フラギル様、補修なさった方が宜しいかと』
『……全く、耐久性には自信しか無いのだが、こうも易々(やすやす)と削られてはな」
リーシュパルの拳の間から、サラサラと銀粉がこぼれ落ち、荒野の風に吹き散らされていった。
『ーー申し訳、ございませんでしたフラギル殿……』
『いや、いい。少しは美味かった』
魔王城の全容が見えるにつれ、リーシュパルも落ち着いたのだろうか。
己の握力がフラギルの体を傷つけ、破壊していることに驚き、青ざめて、今はこうしてフラギル内部に意識を移し、前で謝罪しているのだ。
『それよりもリーシュパルよ。そろそろ着きそうだが良いのか?』
『……申し訳ありません』
リーシュパルはそう言って、己の意識を鎧のほうへ移し直した。
一団は歩を進め、いかにもといったふうに禍々(まがまが)しい城門の前に近づいていく。
城門がゴゴゴ、と地を震わせながら開く様は、まるで地獄の底の釜の蓋が開いたかのよう。
リーシュパルらは、その門をくぐり魔王城の中へと入って行った。
『ふむ。あの門、一度補修されておりますな』
『かなりの大穴が見えたが、なんだ、貴様のところの城門と同じような壊れ方だな』
『……おそらく同じ者が成したものかと』
『やはりな』
この時、フラギルはオルハラ王国と同じように、あちらこちらにゴーストが飛び交っているものだと考えていた。
しかし、崩壊した街並みを過ぎ、崩れ去った広間を過ぎ、おどろおどろしい城を前にしても一向に見えなかった。
目にした動くものといえばそう、目の前の一団のみ。
されどここに存在するのは目の前の一団だけではない。
「……あそこに魔王が」
いる。
見上げるほどに巨大な魔王城から、身を削らんばかりの凄まじいオーラが放出されているのだ。
『フラギル殿、おそらくは戦闘になるかと』
『ふむ、まぁ歓迎するならば威圧するようなことはしないな』
ギリ、と握りしめられたフラギルの中で、ペルギムが嘆いている。
『ひえー、遠くから見ただけでも凄まじかったってのに!』
『そうは言うがペンよ、いうてドラゴンのブレスのようなものじゃろ』
『威力は同じ、ということですかな?』
『……ゼル、それ諦めてませんか? 頭の方は大丈夫なのですか?』
『馬鹿者、蜥蜴の息吹なんぞで吹き飛ばされるほど、ワシは矮小ではないわ』
一団はズンズンとその城の中へと入っていき、リーシュパルはその後を追った。
引きずられるようにして、明かりもついていない廊下を歩いて行くと、ひび割れて歪んだ、しかしかつては優美に輝いていたであろう扉が目の前に見えてきた。
そしてその扉はギィィィ、と甲高い悲鳴のような音を立ててひとりでに開いた。
そこで一団は霧のように宙に解け、かき消えてしまった。
「な」
リーシュパルが纏っていたような靄が、その部屋の奥に吸い寄せられるように飛んでいく。
「ーー貴方が」
靄を握りしめ、吸い込んだ者は、人間の骨をより集めたかのように刺々しく、もはや一種の拷問器具かのように刺刺とした椅子に座り、片肘をついていた。
体にまといし黒に輝く戦鎧、そこから漏れ出る圧倒的な妖気。
「歓迎しよう。恩讐の徒にして、破滅の勇者よ」
魔族全ての念を背負って、王座に座したその者こそ。
「魔、王」
「「「「「オオ、オオオオオオ!!」」」」」
リーシュパルが思わずつぶやいたその瞬間、先ほどまでいなかったはずのリーシュパルの両側で、大音量の絶叫と共に、埋め尽くさんばかりの怨霊が渦を巻くように湧き出した。
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