第8話 守りたかったもの
今回はちょっと長めです
コロコロと転がり、フラギル達はかつて固く閉ざされていたであろう崩れさった城門の横を通り過ぎる。その鋼鉄製の黒い城門は、真ん中に大きな穴がポッカリと空いており、その縁は何か超高温で溶かしたかのように歪み、波打っていた。
かつては人々で溢れかえり、活気のあったであろう往来も、今はただ埃を巻き上げる風がもの悲しく吹くのみ。
しかしそんな活気の代わりと言わんばかりに、崩れた柱やひび割れた道路の上にはうじゃうじゃと死霊が浮いていた。
「ーーリーシュパル」
「えぇ」
「あれが貴様の求める戦力というやつか」
「その通りです」
しかもフラギル達が近づくと全員が一斉にギョルン、と首を回してこちらを見。
『『『『『ギョアァAaaaaaaaa!! 勇者様バんざーイい“い“ぃ“ぃ“ !!』』』』』
聞いたものに怖気をもたらすような絶叫を撒き散らしながら、一斉に飛びかかってきた。
「……ふむ、貴様の言うとおり襲いかかってきたな」
「対処します。フラギル殿は?」
「うーむ不味い……。まぁ、我もやろう」
「では左の方を」
「うむ」
フラギルは自身の体を変化させ、その二足で地面をしっかりと踏みしめる。
その姿を見たリーシュパルが気まずそうに言った。
「……拳を構えておりますがフラギル殿、ゴーストに物理攻撃は効きませんよ。倒してはいけないことは確かですけど、それはあまりに……」
「大丈夫だ、見ていろ」
そう言うなりフラギルは近寄ってきた一体のゴーストをその手で掴み、手を糸状に変形させてがっちりと地面に縫い付けてしまった。
縫い付けられたゴーストがリーシュパルの前でクネクネと動く。
「倒してはいけないのであろ? こうして捕まえておいた方が良い」
「……なんと、便利な体ですね。ではよろしく頼みます!」
「あぁ」
「はあぁぁぁ!」
駆け出したリーシュパルは気合いと共に、その自在に大きさが変わる剣でゴーストを切り裂き、ゴーストはまとめてその剣身に吸い込まれていった。
しばらくして、ゴーストの叫び声がリーシュパルの向かった先で完全に聞こえなくなった。
そしてリーシュパルがガチャリ、ガチャリ、と鎧を揺らしながら帰ってくる。
リーシュパルは地面に縫い付けられたゴースト一体一体に、手にした剣をかざして吸収しながらフラギルに言った。
「フラギル殿はなぜ、ゴーストに触れることができたのですか? 前にあなたと戦った時はそもそもゴーストが見えていないようでしたが」
「何、貴様と戦った時にもいたのか」
吸収が終わり、縛るものが無くなった銀糸の戒めは自然に、するするとフラギルの元へ戻っていく。
「えぇまぁ、あの時は隠蔽状態でしたので気付くことができなかったのは分かります。ですがその後に、私がフラギル殿から出た時にゾンビ兵のことしか言及が無かったので、もしやと」
「ならば多分貴様を吸い込んだ時にでも死霊について詳しくなったのだろう。何度か貴様を出し入れしたことで、それに関する技能でも得たのだろうよ」
それを聞いたリーシュパルが片手を振って、フラギルに言う。
「なるほど、ではーー私が今出したゴーストは見えますか?」
「……貴様、出しておらぬだろう」
「……バレましたか。ではこれは?」
「あぁ、たしかに見える」
「やはり見えるのですね」
リーシュパルはその後、地面に縫い付けられたゴースト全てを吸収し終わり、オルハラ王国の探索を再開した。
町にはやはり、先ほどのようにゴーストがわらわらと確認でき、そのどれもがユウシャサマバンザーイ、と突撃しきた。
それらを撃退、吸収しながらフラギル一行はリーシュパルを先頭にコランデュルフ城内部へと入っていった。
門をくぐり、一行が広間のようなところに出ると、そこでリーシュパルの鉄靴がガチャガチャと鳴る音が止まった。
その足にゴチン、とぶつかる球形態のフラギル。
『おい、どうしたのだリーシュパルよ』
『あれは……』
リーシュパルの視線の先には、黒い燕尾服を纏った老人が、生えている木や花の世話をしていた。
その老人は先ほどのゴーストのように薄く見えるということはなく、フラギルらにはそこに生者が存在しているのではないかと思えた。
老人はこちらに振り返り、にこやかに微笑んで手に持ったじょうろを地面に置いた。
『……じゃがここには生命反応がなかったのじゃろ?』
『そうだな』
「あれはゴーストの中でも自我を残した個体ですね。勇者に魅了されてもなお自我が残っているのはなかなかに珍しいことですよ!」
リーシュパルが興奮し、今までに出したことのない調子で語り始めた。
「勇者に魅了された後は基本、先ほどのゴーストのように自我を失い、その魅了の力によって狂ってしまうのです。ですが稀にこうして自我が残っている個体がいるんですよ。そしてその個体は死んだことによってある程度魅了が緩和されたのか、生前の願いなどを持ちこうして彷徨っているのです」
そこでリーシュパルがふと話すのをやめ、そしてポツリと言った。
目の前には老人が目と鼻の先にまで近づいていた。
「そのような者は是非とも一緒に、協力して勇者を討ちたいのですが……」
老人はリーシュパルの前で恭しく一礼し、そして口を開いた。
「城の外が騒がしいようでしたが、侵入者は貴方様でしたか」
『む?』
「ユウシャサマの妃となった我が国の姫、ジュリアーヌ様の住まいしこの国を、二度も壊させる訳には参りません。ユウシャサマのために、この国のために消えてください」
そう言って老人はどこから取り出したのか瞬時にナイフを構え、リーシュパルに襲いかかってきた。
「私がこの国を守らなければならないのです!」
ジャリィィン、とおよそナイフではありえないような音を出して、リーシュパルが避けた後の地面を斬撃が深々と抉る。
『なるほど、ダメであったか』
「えぇ、自我が残っていても魅了から解放されたわけではないので、こうして自我や欲望に魅了が混ざり合ったような状態になるのです、よっと!」
リーシュパルが投擲された何本のナイフを弾き、その数本がフラギルの前にビィィィンと突き刺さる。
『ふむ、とするとあの老人の願いは言動を聞くに、ジュリアーヌ某とこの国……オルハラ王国を守ること、ということか。守りたかったと言う方が正解であろうがリーシュパルよ。これはなかなかに良い戦力になりそうではないか? 我が見るに戦闘面もなかなかに強そうだぞ』
剣身が二倍ほどになったリーシュパルの大剣が何度も振り下ろされるが、老人は軽くこれを受け流していた。
リーシュパルは受け流されつつも剣を振るいながら、叫んだ。
「ただそのように願いを持っていても、自我を完全に取り戻した後になってから勇者の殺到的な力を思いだし、諦めて天に! 登るという! 選択をした! 者しか! いなかったんです、よォ!」
「先ほどからなにと喋っておられるのでしょうか? もしや、もしや、もしや。貴方は片手間にこの国を滅ぼそう、などとお考えか?」
「あ、いやそのつもりなどない! だが…… 」
ゴゴウ、と剣が老人めがけて振り下ろされる。
それを難なく避けた老人を、しかしリーシュパルの手甲が掴み上げる。
「むうっ!? 離せェ!」
その手甲にバチバチと黒雷のようなものが収縮していく。
そして。
「<呪招来手>」
「ガァぁぁぁぁぁ!?」
リーシュパルがそう言ったと同時に老人の体に黒雷がまとわりつき、隅に至るまで余すことなく黒に染めてしまった。
ドサリ、とリーシュパルが老人から手を離し、老人の体が地面に落ちる。
フラギルは倒れ伏した老人の元にコロコロと転がって行き、クルクルとその周りを周回しながら愚痴を言った。
『むぅ不味い。道端に腐り落ちた果実を砂利と一緒にこねくり回したような味だな。……しかし、先ほどまでは無味であったのになんとまぁ、いきなりだな』
「そうだったのですかフラギル殿? 私はてっきり美味に感じていると思っていたのですが。勇者に魅了されて本人は一応、幸せそうでしたし」
『おそらく魅了で味に蓋がされていたのだろうよ』
ところで、とフラギルが話題を変える。
『こやつをどうするのだ』
「もちろん、私たちと一緒に戦うかどうかは聞きますよ?」
『先ほどのように剣で吸収はできないのか。あれで戦力になるのではないか?』
「それができたらよかったのですが」
『何? できぬのか』
「えぇ、剣に吸収したゴーストたちは勇者に魅了をかけられ、その愛のみでここに残った思念のようなもの。ですので、その魅了を解いてやれば後は自身の念に従って行動する、いわば普通に怨念などに囚われたゴーストに戻るのです。
ゴーストには理性がなく、単純に己が成したいことに向かって良い意味でも悪い意味でも向かっていく……。今回はそれが勇者への復讐、と言うわけで、こちらのご老人は自我が残っているので勇者と戦わずに昇天する、と言う選択もできるのですよ」
『なるほど』
フラギルは無言で、フラギルの一行の中で一番の知恵者であるゼルに光を当てる。
ゼルは自分に当たった光に面食らいながらも空気を読んで、フラギルの無言の質問に答えた。
『おおう、確かに。高位の霊になれば知性を持ったり、なんなら普通の人間よりも賢しくなる。じゃが、それが生前の性質であったかどうかは別じゃがの。慈愛に満ちたものが冷酷になったり、といった具合にの。
あ、もちろん賢しくなるといっても扱える魔や外法の階位が上がるだけで、別に頭が良くなるわけではないぞ?
……であるからペンよ。今のお主がもしゴーストになればおつむはアレじゃが、魔法を纏わせた拳をお見舞いできるかもしれんの。』
『なんだとオォイ!?』
フラギルの内部の賑やかな雰囲気とは逆に、どこか暗い様子でリーシュパルが俯く。
「……そもそも、もし有無を言わさず吸収できたとしても、私は勇者のように何かを強制したくはありません。いたくもないこの地に残らせるような酷、私は到底強要することなど……。ッ! フラギル殿、そろそろ目覚めそうですよ」
リーシュパルの指差した方では、老人の目がうっすらと開いていた。
「わ、私は一体……」
老人はゆっくりと上体を起こし、ふるふると首を振る。
自分の手を見て向こう側が透けて見えることにギョッとしていたが、その背後からリーシュパルが声をかける。
「貴方は死んでゴーストとなったのですよ」
「な!? ……貴方は?」
「私の名前はリーシュパル。貴方の名前を聞かせてもらっても?」
「わ、私の名前はテンプス、テンプス=ダルカといいます……が?」
テンプスの顔にずずい、とリーシュパルが顔を近づけ、まくしたてる。
「なるほどテンプス殿。貴方がこうしてこの地を彷徨う霊と化したからには、何かしらの原因があるはず。どうか私に聞かせてはもらえないでしょうか?」
その言葉を聞いたテンプスの困惑した顔が、憎悪に歪んだ。
「あぁ……ああぁ、あぁぁぁぁあ!? 勇者ッ、ゆしゃッ、勇者ぁぁァァァ!! 」
テンプスは体を震わせ、頭を掻き毟り、怨嗟の声を辺りに響かせる。
リーシュパルはやはり、といったふうに兜に手をあて天を仰ぐ。
「あ〜……テンプスどの? 大丈夫ですか?」
その言葉を聞いたテンプスは、大きく空気を吸い込むような動作を何度かして、リーシュパルの方に向き直った。
「お見苦しいところをお見せしましたな、リーシュパルどの」
にこやかに微笑むその顔が、先ほどまで悪鬼羅刹の如く歪んでいたことを誰が想像できようか。
リーシュパルは、そのあまりの切り替えの速さにたじろいだ。しかしこの老人を仲間にする、という当初の目的を思い出し、リーシュパルは吃りながらも言う。
「む、むぅ。いや、落ち着かれたのならそれでいいのですが。それで?」
「私が霊になった原因ですね?む……」
テンプスはそう言って、ぐるりと周囲を見まわした。
そのの目に焼け焦げて穴だらけになってしまった旗が入った時、テンプスは呑んだ息を大きく吐き出し、息が出せなくなってもまだ出そうかという風に絞り出すような声で言った。
「ーーやはり私たちの国が滅ぼされたから、でしょうか」
「ふむ」
「私はこの国で執事として長年雇われておりましたが、私の人生、私の忠義を全て捧げるほどこの国は素晴らしかった。
美しい城に、壮麗にして頑健なる城門。活気のある国民に、やる気に満ちた官僚たち……。その全てがあの勇者によって破壊されてしまったのです。
私の最期は、王を守るためにジュリアーヌ王女の部隊に配属され、勇者と戦って敗北した、ただの……戦死です」
リーシュパルの後ろで、ただの石のように転がっていたフラギルが内心で思う。
『ふむ、戦死か』
『フラギル様。人間には言いたくない事、隠したいこと、というものがあるのですよ。それは私やペルギム、ゼルもそうだったのです。今は知りませんが』
『そういうものなのか?』
だが、今まで穏やかな表情で話していたテンプスが体を震わせ、恐怖と怒りの混じったような
表情で嗚咽した。
「ただの……戦死だったのです! 私が倒れた時に見た光景といえば、門が何かで爆破され、溶かされたように捲れ上がり、その前であの勇者の嫁に胸を貫かれた王女、ただこれ一つ、これだけだったのです!
……その後、私の頭を蹴ったのは勇者だったのでしょう。その瞬間、私は恐ろしいほどの多幸感に包まれ、“このお方になら私の人生全て捧げてもいい”とすら思ってしまったのです」
「それでこの地を彷徨っていたのですね」
『なるほど、別に戦いの最中に魅了されたわけではなかったと』
テンプスの話を聞いたフラギルはなるほどと思い、ティナは早とちりしてしまったことに赤面し、ゼルとペルギムは勇者の魅了の力に、改めて顔を青くさせた。
「……リーシュパル殿、貴方が勇者の魅了から解放してくださったのは感謝しております。ですが……」
「ですが?」
「ーー怖いのです。勇者許すまじ、二度目の死を迎えるとも復讐せよと言う声と、勇者には敵わない、諦めろという声が私の中で鳴り響いているのです」
その言葉を聞いて、リーシュパルが目を光らせる。
「ーーでは! 私たちと共に戦いましょう!」
テンプスはそんなリーシュパルを見て、申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「リーシュパル殿は強いのですね。私など勇者に一矢報いよう、そう考えただけで手が震え、視界が歪み、足が自然と折れ曲がり、体は地に倒れ伏すといった具合ですのに。
……要はあのクソが怖いのです。悔しいですが、私の心はもう折れてしまったのです」
「そんな……」
「リーシュパル殿に助けられた恩をさらに欲するようで悪いですが、私をもう一度殺しては下さいませぬかな。この気持ちを持って彷徨う事などとても……」
テンプスはそう言って居住まいを正し、両手を広げ無防備な胴をさらした。
リーシュパルは悲しそうに兜の奥から漏れ出る光を消し、無言で剣を抜き払って、テンプスめがけて一思いに切りつけた。
この作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。
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