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第6話 NO-SIGNAL

 ーー魔蟲皇サバニキスの居城、そのとある一室にて。

 

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「どうした」


 魔蟲皇サバニキスの驚きの声が響いた。

 死越皇ワグラインが見せるリーシュパルの視界の映像に、以前自分を円錐ですり潰したあのフラギルが映っていたのだ。


「こいつ! 弱体化していたとはいえ、俺をぶっ倒した奴だ!」

「何?」

「なるほど、奴ほど固ければあの世界の勇者の攻撃など効かぬはずであるのに、なぜか消滅していたのはそういう訳だったのか! なるほど、違う世界にブッ飛ばされれば防御など関係ないな」

「ほう、界渡りを経験済みの個体か。ふむ……」


 ワグラインはサバニキスの言葉を聞き、考えを巡らせる。


「ーー棺桶コフィンの素材にいいかもだ」

「止めておけ。 あれは素材にするより仲間にしたほうが絶対後のために良い」

「む、お前にそこまで言わせるのか。なぜだ」

「奴には絶大な破壊の力がある。下手をすれば本気の俺たちに匹敵する……な」


 ずずい、とワグラインの顔にかじり付かんばかりに、サバニキスは威圧感を放ちながら顔を近づけた。

 その氷柱の如き雰囲気はサバニキスに精悍せいかんさをもたらしていたが、なんとも間が抜けるもので、ちょうどその時サバニキスの背後で、リーシュパルの視界が途切れた。


「あ? リーシュパルの接続が切れた」

「大体アレは俺が先にーーって何ィーッ!? 早く戻せ!」

「言われなくても」


 ワグラインはそう言って、しばし復旧作業のために手を動かす。

 そしてしばらく経った後、ワグラインはゆっくりと顔を上げ、息を吐き出した。

 

「ど、どうだ」

「……ダメだ、繋がらない」


 全くの想定外、そして死霊を操る術は専門外のサバニキスはただ落胆し、叫ぶしかなかった。


「ヌァァァァァ!!」


◇ ◇


 フラギルの内側にて、騎士は叫ぶ。


『貴方もしやたばかったのかぁーッ!!』


 そして騎士が一度は収めた剣に、手をかけようとする。


『このような場所に私を閉じ込めて!』

『ーーすまぬ』

『……む? 謝罪するということはこれは偶然なのですか?』

『……すまぬ』


 しかしフラギルのすまぬ連呼に、騎士は剣を握りかけた手を中途半端に下ろした。


『まぁまぁまぁまぁまぁ!! 』


 その戸惑いをチャンスと見たティナが騎士に手をすり合わせ、目を光らせ、ゴキブリの如き速さですり寄る。  


『せっかくフラギル様の中に入ってこられたのです! どうです、これを機にフラギル様を神として崇める信奉者フラギルサマバンザーイ、その第四号として名を連ねる気はありませんか!? どうせあなたはもうここから出られないのです、嫌と言っても逃しませぇーん!!』

『だ、誰ですかあなたは! フラギル殿が神!? 信奉者!? ーーと言うかここから出ることは叶わないとはどういうk』

『私はティナと申します。ええ、そうです、神なのです! あなたも不遜にもフラギル様と対峙して、主の御力、その一端を理解したでしょう!? 嗚呼ああ素晴らしきかな、フラギル様。我が主よ!! 今なら後ろにいるお付きの者共々、信奉者になれることでしょう!』


 ティナお得意の勧誘であった。ただ、その内容についてペルギムとゼルから抗議の声があがる。


『おいちょっと待てティナ、その集団に俺を入れるんじゃない』

『ワシもじゃ! そこの騎士が外に出ることはできなくなったと言うのは正しい。なんせ出口がないからの。だが、その他の捏造ねつぞうはイカンぞ!』


 しかし、その声もティナの一言で爆散する。


『あとでO・SHI・O・KI・Death』


 シン、と静かになったフラギルの内部空間。そこで騎士が手を震わせ、声を震わせながらポツリと言った。


『そ、そんな……。では私の、我々の復讐は……?』

『出られぬから無理じゃのう』


 ガシャァン、と騎士がその場に手をついて倒れ込む。脱力したかに見えたが、騎士の兜の内からブツブツと呪詛の如き言葉が流れ出してきた。

 しかし、それは自分に対する暗示であった。


『フラギル殿は見たところ金属質のゴーレム、ならば鎧と仮定して私があやつればーー。うん、いける、いける、いける、いける、やれる、やれる、ヤレル、ヤレル』


 そうして自身に何度も希望の暗示をかけ、騎士は立ち上がった。

 しかし。


『フラギル殿! どうかその体の主導権をーー』

『無理だ』


 みなまで言う前に、フラギルに遮られてしまった。

 ガシャァン、と膝から崩れ落ちる騎士。


『な……。“駄目”ではなく、“無理”……?』

『そうだ。主導権を移す、そのやり方が分からん。そもそも、この空間に貴様がその鎧姿で現れていることがその証左だ。貴様、その身に纏っているものが鎧だとして、その空間からどうやって我を動かすのだ?』

『そ、それはこう、私自身を染み込ませるように鎧と同化させて……』

『じゃあ、やっぱり無理じゃの』

『この空間、果てが無いからなー』

『そ、そんな』


 騎士は再び地面に手をついた。

 そんな様子で落ち込む騎士に、フラギルから遠慮がちに声がかけられる。


『だ、だがそう悲嘆することはない。要は我が居ない体ーー要は鎧を作ってそこに貴様を移動させれば良い……かもしれぬ』

『ぜひ!』


 フラギルは騎士の視線に急かされるようにして鎧を作った。

 騎士の全身鎧となると並の鍛冶屋であればそこそこの期間を制作に要するだろうが、さすがはフラギル。慈兆磨練ヘイヴェルでさっさと、そして寸分違わぬ造形で完了させてしまった。

 そしてその鎧の背にフラギルの手が差し込まれた。

 その途端、鎧の手がピクリ、と動いた。

 そしてそのまま鎧が前進し、フラギルの手から抜けていった。


「動けた! フラギル殿、動けました!」

『どういうことじゃ?』

『あの騎士は、要は鎧に取り憑いているのであろう。ならば、その鎧を出せば良い。うむ、理にかなっている』

『……自賛するのは結構じゃが、騎士以外のゾンビ兵どもが一緒になって出ていっておるぞ』

『うむうむーーうん?』


 見ると確かにそこら一帯にワラワラと出ていた。


「……騎士よ、なぜゾンビ達も一緒に出ているのだ」

「これですか?これは私をもととして召還されているので、基本私の周りにいるんですよ」


 そこで、ハッと気づいたように兜の面頬あたりを手で押さえた。


「そういえば、フラギル殿だけに名前を名乗らせてしまっていて、私の名前を言っておりませんでした」


 騎士は兜に手をかけ、二、三度振るってから兜を脱いだ。

 長く透き通るような白い髪が、バサリと音を立てて肩にかかる。

 その容貌は端麗にして、男装の麗人かはたまた、といった具合だ。

 騎士は、兜をかぶっていた時に発していたようなくぐもった声でなく、透き通るような声で自身の名を言った。


「私の名前はリーシュパル。私の復讐を応援してくださった、名も知らぬお方よりたまわりし名です」

「なるほど生みの親と言う訳か。それ以前の名は?」


 む、と騎士は考え込むがフラッシュバックする記憶は、自分が断頭台にかけられる光景ただ一つのみ。


「……あまりに怨念が強すぎて、生前の名が私の頭から吹き飛んでしまったのでしょうか。思い出せません」


 しかし、リーシュパルは目に強い光を宿して、迷いなく言葉をつむぐ。


「ーーですが構いません。私はこの怨念の力で戦うのですから」


 フラギルの目の光がすうぅ、と細くなった。


「勇者の魅了の力に対抗するためには、勇者を恨む怨念が必要なのです。その憎悪こそ、魅了を跳ね除ける強固な鎧としての役割を果たすのですから」


 リーシュパルはそう言いつつも、申し訳なさそうに目の光量を落とした。


「ですので先程ティナ殿がおっしゃっていましたが、フラギル殿を信仰することはできぬのです」

『な……なぜですか……』

「蘇ったのは私に信じる神、アノン様の御意志、神意なのでしょう。そしておそらく、私を蘇らせてくれたあのお方は神の使いだったのでしょう。あのお方はこうおっしゃいました。『待つことも大事だ。その憎悪を磨きぬき、練磨せよ』と」


 勧誘が失敗したことにティナは驚きを隠せず、ただただうめくしかなかった。


『な……な……』

『そもそも、今までリーシュパルが信仰してきた神とは年季が違うだろ』

『そうじゃそうじゃ。会ってまもない者を信仰しろと言われても……カルトかの? ……カルトじゃったか』

「ーーそういう訳であのお方がおっしゃった通り、戦力増強のために我らは勇者に滅ぼされた国や、まだ抵抗している国をまわっているのです。その成果によってはもしかするとフラギル殿、今よりも多くの者が貴方へ幸福を捧げるかもしれませんよ」

「ふむ、それは良い。では行くか」

「えぇ!」


 こうしてフラギルとリーシュパルの目が同じ方向へと向き、そして一緒になって足を踏み出すこととなった。

 ーー勇者討伐という業を為さんと。


「移動は我に任せよ、貴様は道案内だけでよい」

「は? ウァー!」


 ……フラギルは騎士を吸い込み、そのままコロコロと転がっていってしまった。

 フラギルの後には、無人になった天幕がただバタバタと風になびく光景が、ただ在った。


◇ ◇ ◇


 あれやこれやと試行するワグラインの手元に、ヴブン、とリーシュパルの視界映像が再度映し出される。


「あ、戻った」

「なんだったんだ全く」

「さぁ、ね」


 座り直し、機嫌良さそうに映像を眺めるサバニキスの隣で、ワグラインは内心でこう思っていた。


(僕の術を一瞬じゃなく、こうも長いこと途切とぎれさせる……。いいね、実に興味深い)


 と。

 しかし、口角をあげ、ニヤニヤ笑いが止まらないワグラインの視界の端で、ブヂン、と音を立てて再び映像が途切れてしまった。


「あらま」

「ぬわぁぁァァァ!」

 

 魔蟲皇サバニキスの悲鳴が再び響いた。

この作品を読んでくださり、誠にありがとうございます。

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