第3話 第一村人、死亡確認
フラギルが駒を作り始めてはや数百年。されど、作れど作れどこの空に駒が満ちる事はなく、どんどん拡張していっていた。
もはや駒の製造永久機関と化したフラギルは今日も駒を作るため、回りに回る。
『ウッ』
そんなある日、フラギルの体が大きく吹き飛ばされた。路傍に転がる石ころのごとく、何者かに蹴り飛ばされたのだ。
フラギルは何があったのかと、意識を外界へと向ける。見ると、フラギルを蹴った者は鎧を纏った一人の人間であった。
これを一緒になって見ていたゼルらは、虚をつかれたように頭を抱える。
『アチャー、ワシらずっと待つことしかしてこなかったから、人を探しに行くという考えが頭から抜け落ちておったわ』
『ほんとそうだぜ』
『同感です』
フラギルを蹴った者はそのままフラフラとよろめきながら、どこかへ歩き去ろうとする。
フラギルは体を変形させて人型となり、肩鎧に手をかけてその者を呼び止めた。
「おい待て」
そして意図せず、通じるはずのない言葉もフラギルの口から漏れる。
しかし、その者が振り向くと。
「ゔぁァァ」
「……な」
『『ギャー!?』』』
フラギルですら言葉を失うその悍ましい姿。
戦に臨み、倒れ伏した戦士のなれの果て。ゾンビ兵士であったのだ。
古ぼけた鎧にかつての輝きはなく、されど眼窩に目はなく光が灯り、頬は腐り落ちて顎骨が見え、腕の肉は裂けた所からどす黒い筋のようなものがピンピンt。
『ふん』
……フラギルが光り輝くその右腕で、ゾンビを殴りつけた。
ゾンビは鈍い音を立てて、地面に倒れ伏す。眼窩からは光が消え、手指の一本もピクリと動く様子はない。
それを見たフラギルは元の球体に自分の体を変形させて、そのゾンビを眺める。
『ふむ、ゾンビは疫病の元になるから倒すという対応は間違いではないの』
『別に殺してはいないぞ』
『主よ、それはどういう?』
『なに、このゾンビを誰かが操っているというわけではないかもだが、確実に何者かの配下だ。サバニキスが使役していた蟲兵と、術式がほんの少し似ている』
『ほほう、つまり?』
『そう、大将まで案内してもらおうということだ』
フラギルの視界でゾンビが紫色の靄を纏い、背中をゴキゴキと鳴らしながら起き上がるのが見える。それを見てフラギルが一言。
『死したといっても、感情が残るものなのだな』
そう、ボソっと呟やいた。実はフラギルが間髪入れずにゾンビを殴った理由に、このゾンビに内包された感情があまりに不味かったからという、しょうもない理由が一割ほど入っていたりする。
『あまりにも不味い』
……三割、いや五割くらいはあるのかもしれない。
フラギルは内心でぶつくさと文句を垂れ流しながら、普通の石のように何気なく地面に転がって、ゾンビが立ち直るのを見守る。
そしてゾンビが完全に立ち上がった。しかし、ゾンビはグリィ、と隠れる気はないが一応動いていないフラギルの銀に輝く球形態を一瞥。
「ギャァァあァァァ」
そして悲鳴をあげながら踵を返して、ドタドタと走り出した。
『おい、あれ明らかにこっちのこと気づいていたよな?』
『仕方あるまい、追うか』
ゾンビの走る速度は人間の体の限界を超えている。そのため、その腐り落ちた体といえど凄まじい速力を発揮していた。
当然、小さな玉でしかないフラギルは体を超速回転させてもゾンビの走る速度に追いつけない。
『<慈兆磨練>!!』
フラギルは自らの体を人型に変形させ、後ろに流した翅から光を噴かせて追いすがった。その速度は十分、なんなら過剰すぎるくらいだ。
「ゔぁ、あぁぁ!?」
『なんだ、怖いのか? やはりこの姿がダメだというのか、勇者に吹っ飛ばされた時のように?』
『いや、それは前の話じゃろ。今回はそもそも理性を失った不死者、動く屍じゃ』
後ろを振り返ったゾンビの顎が、これでもかと開かれる。そして心なしか手足の回転速度が上がったようにも見える。
こうして、フラギルとゾンビの長い長いツーリングが始まることとなった。
◇ ◇
「あぁァァァあ!」
長いこと走っていると、ゾンビ兵士の走る前方にテントのようなものが複数確認できた。
フラギルが感知範囲を広げ、そのテントを捜査してみると、フラギルにとってはお世辞にも旨いと言えるものではなかったが感情の味が感知できた。
『ぬぁ!』
思わず、フラギルの動きが止まる。
ゾンビは立ち止まったフラギルを背に、そのテントが密集している地帯へ向かって走っていき、姿が見えなくなってしまった。
このテントが人間のものであれば当然、ゾンビなどが侵入してくれば蜂の巣をつついたような大騒ぎになるのは明白。しかし、悲鳴もなにも聞こえてくることはなく、聞こえるのはただ、木が風に吹かれる音のみ。
『おいおい、マジかよ』
ペルギムが顔に手を当てる。
どこからか吹かれた角笛の音が、高らかに空に響く。その途端、視界に見えるテントの一つ一つから、先ほどのようなゾンビ兵士が雲霞の如くわらわらと出てきた。
ゾンビは剣を振り、槍を振り上げ、盾を打ち鳴らしながら怖気を催す大合唱をもって、フラギルに突撃してくる。
流石に戦闘態勢になり、フラギルは自らの姿を人型に変形させた。
『<慈兆磨練>』
しかし、サバニキスを打倒した土装形態でもなく、蟲兵たちをまとめて消し飛ばした熱線を放つようなことはせず、あくまで殴打のみで戦う。時にその体を鞭のようにしならせたり、ゴムのように引き伸ばしたりしながら。
ゾンビ兵が一人、また一人と、重力がバグったかのように空へと吹っ飛ばされていく。それでも、ゾンビ兵のその圧倒的な物量に、フラギルは徐々に後退していった。
『なぜ高威力の技を使わんのじゃ、フラギル!』
『……むぅ、だが貴様、この者らを滅して良いというのか? この感情の不味さ、排除できぬものか』
『前にも言ったが、敵は不死者じゃぞ! 理性や感情のないーー』
『しかし主はあの者らに感情が認められるとおっしゃっているのです。ですよね?』
ティナがフラギルの方を見て、微笑む。
フラギルは無言で肯定の意を示すように二、三度明滅した。
『であれば主の御心のままに。御身を動かしているのは、貴方様ご自身なのですから』
『……確かにあれこれと指示を出してワシら諸共フラギルが消えてしまっても困る、か』
『ソウダソウーーゲッ!?』
こうしてフラギルの内側会議が終わるか終わらないかといった時、フラギルの体を激甚たる圧が通り抜けた。
フラギルはその圧に押され数歩、後退する。
垂れ幕が宙へと舞い上がり、空気がビリビリと震える。
ゾンビ兵士は慌てたように左右に割れ、そのおかげで圧を放った大元の姿をフラギルは目にすることができた。
簡素な、しかし周りの天幕よりも大きな天幕の前に立つその雄々しい姿。
『……あれがここの大将というものか』
フラギルの視線の先では、そこらのゾンビ兵士とは一線を画す凄まじい圧を纏う禍々しい騎士鎧を纏った武人が、地に剣を突き立てて立っていた。
ーーデカイ。
三人が騎士を見て最初に思ったのはその一言に尽きる。
その大きさたるや、騎士の周りのテントが小さく見え、見る者の遠近感を狂わせるほどなのだ。
ゾンビ兵が皆、その武人のために道をあけるその光景は、まさに死者を統べる大将軍にふさわしい。
『ふむ、ああいう鎧の意匠も、なかなかに良いものだな』
しかしフラギルの感想は、なんとも間の抜けたものであった。
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