第1話 棺桶の数
新章開幕です。
いいねが増えて……いる!?
ある世界、ある王城、そのとある広場で死刑が執行されようとしていた。
「おのれ、勇者ァーッ!!」
ガチャガチャ、と鎖が擦れる音がする。その者は木枠に嵌められた頭を目一杯動かし、殺そうと誓い、しかし果たせなかった怨敵を見据えて射殺さんばかりに眼球を憎悪に輝かせていた。
しかしどれだけ憎くとも自分は拘束され、殴りつけたくとも手は木枠にしっかりと固定されている。
視線の先の相手はさも満足したように、玉座の上で偉そうに手を叩きながらふんぞり返っている。
玉座の後ろから静かに出てきた女性が、手に持った紙をひろげ淡々と言った。
「これよりこの国の王、元勇者様に逆らった罪人の処刑を行う。」
歓声が断頭台をビリビリと震わせる。
ガラガラと刃が鎖が上がっていくのが音で、振動で、民衆の視線の気配で分かった。
かつては自分を尊敬の目で見てきた民衆も、今はただ無機質なものとしか感じ取れない。
「お前がどれだけ人心を支配しようとも! 愛を捧げられようとも! 我が恨み、憎しみ、激情の一片たりとも! 失わせることはできないぃぃぃィィィ!」
感情を抑えきれずに暴れる体がガカン、と木枠を浮かせた。
「貴様の治世に、滅びあれェ————!!」
ズッ、と鈍い音が鳴り、視界が回る。落とされた手とともに回る視界の端で。
「ーッ!!」
ーーその瞬間、外道と目が合った。
その顔に浮かべた下卑た笑み、高らかにあげた下衆な笑い声が自分の薄れゆく感覚に刻まれる、そんな気がした。
(ーー忘れる、ものか)
散った自分の血飛沫が風化し、広間がさびれ、人の出入りがなくなるほどの年月が経ってもなお、その怨念だけは残り続けた。
しかし。
(……)
空気にたゆたう思念となれど強い憎悪の他には何もなく、何も為せぬままその年月を咥える指も無いまま眺めることしかできなかった。
そんなある日、怨念は誰かに掴まれる感覚を覚えた。
「ほぉ、これは良い。お前のその果たせぬ欲望を満たすがいい」
怨念には驚く、という感情が憎悪により薄くなっていたものの、それでも自身を掴んだ手の主に動揺を禁じ得なかった。
怨念となり、変わったことがいくつもある。そのうちの一つが、視認範囲だ。
前後左右、上下の区別が取り払われ、生前の視界とは比較にならない感知範囲となり、全方位を見ることに関しては怨念になった早い段階で慣れた。
しかし、怨念を掴んでいる声の主はいきなり何もないところから現れた。
しかも声の主は怨念を掴みながらも、ぶつぶつと何やら呟いている。
「でもこれ、思いだけで力が全く無いな。ここら辺の薄い思念全部、こいつに統合するか」
その一言で、怨念のどこか知覚できないところにあった池のようなものが満たされるのを感じた。それは怨念の強度も、総量も、種類さえも。
その池が溢れ川となり、そして海と見間違えるほどの巨大な湖となり、現実でも雷鳴のような音とともに血紅のごときオーラが、怨念を中心とした発生する。
「う〜ん、こいつ元々騎士かぁ。でも、もう死体がない。霊体を復元しても手がないし、首もない。首無騎士は無理だし、幽霊剣士も無理かぁ。剣が持てない」
ローブに覆われた声の主の顔が、少し歪んだような気がした。
「なら、生霊戦鎧ならどうだ! あれなら首がなくても兜があるし、手甲もある。うん、それにしよう」
そう言うなり、怨念を掴んだ方とは逆の手を振る。その先ではガラガラと音を立てて鎧が虚空から落ちてきていた。
そして鎧のパーツの一つを掴んで引き寄せ、怨念にグリグリと押し当てる。そんな作業を頭、銅、肩、と順番に繰り返していった。
「動かせる体を得て、君は何を成す?」
そして全ての鎧が思念を包み込むかのようにして装着された。
「オオ、お、オォォォォォ!!」
完成するなり、鎧は怨敵を抹殺するための一歩を踏み出した。
それを見て声の主は満足そうにローブの奥で笑った。
「やっぱり、復讐のために動くよね。いいよね、復讐。でも、気をつけなよーー」
その言葉が言い終わらないうちに、鎧が踏み出した足の関節が詰まり、腕甲が抜け落ち、ガラガラと音を立てて地面に崩れ落ちてしまった。
それでもなお、鎧はガリガリと這ってでも進もうと地面に指を食い込ませ、深い跡を地面に刻む。
その手甲に声の主はしゃがみながら手を添え、言った。
「待つことも大事だ。その憎悪を磨きぬき、練磨するんだ。そうすれば金剛すらも征服する強者になれる」
そう言い終わるとその姿は黒いもやに包まれ、まるで最初からいなかったかのように跡形もなく消えてしまった。
怨念は久しく味わっていなかった歓喜に打ち震えていた。
これからは鎧として生き、この国を狂わした勇者を滅殺するための力を得る。そう、がらんどうの鎧の中に刻み込んだ。
◇ ◇ ◇
暗い部屋の中、長方形の形をした銀色の大きな箱がゴウンゴウンと唸りをあげていた。
しかしその箱はしばらくするとガタガタと震え出し、白煙を噴き上げ始める。
そして。
「ぬわぁぁぁ!」
チーン、という間抜けな音とともにバカンと蓋がはねあげられ、煙がもうもうと排出された。
その白煙をかき分けて起き上がってきたのは、勇者の一撃によって消し飛ばされたはずの魔蟲皇サバニキスであった。
「ちぇー、いい所だったのに」
サバニキスはそうぼやきつつ、上腕二本を頭の後ろで組みながら、下片方の手で銀色の箱をデコピンする。
ドゴォ、と小さくない衝撃が銀色の棺のようなものを揺らした。
すると銀箱の四隅が光り、声を発する。
「またのご利用をお待ちしてるぜ、ファ○キン!」
「……これどうにかならないのか」
「フ○————ック!」
下品な言葉を聞いたサバニキスはうんざりとしたように頭を振りながら、妻が飯の準備ができたと呼んでいる食堂まで歩いていった。
そして食堂に入ると、一斉に声がかけられた。
「「「「「おかえりなさいませ、サバニキス様」」」」」
サバニキスがぐるり、と見回すと、そこには人間が子供の時、いや大人でもチラと見れば性癖がひん曲がりそうなほど美しい蟲人のメイドが、両側の壁にずらりと並んでいるのが見えた。
そしてその中心にでかでかと鎮座している長方形のテーブルの端の方では、ローブに身を包んだ者が静かにサラダを咀嚼していた。
その姿を見つけるなりサバニキスは声をあげ、親しげに近づく。
「おぉ! 死越皇、我が友ワグラインではないか! どうしたどうした、俺が戻ってくるのを感知したのか?」
その者はずんずんと近づくサバニキスを前に、菜葉をつつく手を止めて顔をあげ、不機嫌そうに口を開いた。
「僕が貸したエルダーリッチ、真っ先に死んでなかった?」
「うるさぁい!」
サバニキスは歩く勢いそのままに、ワグラインの方向からギュリッと180度回転した。そして内心ダラダラと冷や汗をかく。
ワグラインの声は、生霊戦鎧にかけられた声と同じ声であった。
背中を向いてしまったサバニキスだが、ワグラインは構わず声をかける。
「で? ボクの作った異世界転生式・侵略システム、<棺桶>の調子はどうだった」
サバニキスは首を少し後ろに向け、ワグラインの顔色をチラチラと伺いながら答えた。
「ぼちぼちだ。あれを使った俺が弱体化していたとはいえ、俺が出現したのに勇者自動召喚システムが働かなかった。ただまぁ、俺の行った世界にまだ召喚術式だなんていう、古代の遺物が残っていたのが驚きだったがな」
「ふむ」
満足したのかいまいちよくわからない雰囲気で、ワグラインは考え込む。
その姿を見ていたサバニキスは椅子に座りながら、ハッと気付いたかのように言う。
「あれ? そういえばお前も確か、遠征のシミュレートだとか言って棺桶を使っていたよな。俺より早くここにいるってことは世界征服、終わったのか?」
「いや、そもそも先に勇者が召喚されていた。と言うか面白いことに、勇者が世界征服していたぞ」
「アチャー、それは残念。……だがおかしくないか? 勇者は用が済んだらとっとと元の世界に送還されるはずだろ? なぜまだ残っている」
「だから嫌がらせ兼情報収集要員として、現地調達した配下に任せてきた」
「ほー、そうなのか。あ、そういえば配下といえば……」
サバニキスがもしゃもしゃと飯を食う三本の腕は休ませず、残った手を振り上げる。すると眩い光と純白の粉が舞い散る中、バフリーが机の上に召喚された。
「……そいつは?」
もうもうと舞い散る粉から自分のサラダを覆い被さるようにして守ったワグラインが、頭をもたげて問う。
「こいつがダイブの時に生み出した配下、名前はバフリーだ」
そのの言葉が終わったと同時に、食堂の温度が氷点下にまで落ちた。
冷気の発生源は、この食堂に所狭しと並んだメイドたちだ。
(こいつ……)
(サバニキス様に名を……)
(あ、この方、将来サバニキス様の妻になると言ってますね)
((((((ーーなにィ——————ッ!?))))))
ついでにメイド連中にピシャァァァっと電流が走り、ゴロゴロと暗雲まで立ち込めてきた。
死霊術師が雰囲気を察知し、内面では砂糖を吐きながらも顔は一切歪ませず、平然と話題転換のためサバニキスに言う。
「なんならそいつの視点見るか? どっか別の部屋で」
「そうだな! 棺桶に関して実物を見ながら意見したいこともあったしな」
「……あれに使った勇者の魂の口の悪さは知らん。勇者は界渡りをしたという事象が重要なんであって、その精神性は棺桶に使用するには邪魔だ。」
ワグラインの表情は変わらないが、纏う雰囲気が変わる。
「気を狂わせるのが一番なんだよ。さもないとダイブできなくなるぞ。安心しろ、僕のなんか気が狂ってても怨念が残っているのか、毎回死ね死ねと叫んでくるんだぞ?」
「それ以前から言われている、まして今も纏っているお前にその言葉は効かないだろ……」
サバニキスの言葉にワグラインの雰囲気が霧散する。
「それもそうか」
「そうだそうだ」
食事を終えた二人は、そう話し合いながら歩いて食堂から出ていってしまった。
(((((……)))))
残されたバフリーに突き刺さる無言の視線、氷柱のごとく。
バフリーの明日はどっちだ!?
……そもそもバフリーに明日はあるのか。
高評価ありがとうございます。今後とも精進してまいります!




