第25話 虹色奔流、グッバイ世界
光が収まり、世界に音が戻る。
晴れた世界では巨大なクレーターが生成されており、絶えず地鳴りが響いていた。そんなクレーターの中心ではフラギルが片手で、サバニキスを地面に押し付ける姿が確認できた。
フラギルの体は依然、変わりなく赤銅色に輝いている。しかし、サバニキスの体の状態は酷いものであった。
円錐に四本の腕をもぎ取られ、地に両足を折られ、陽の光に叛逆するかのようにギラギラと輝いていた装甲は見る影もなく煤け、ひび割れている。
——それでも。
「人間を救うと言うなら、俺たちは救ってくれないのか? 俺の兵を散々殺しやがって」
魔蟲の君主の象徴たる大角は折れておらず、サバニキスの眼は爛々(らんらん)と光ってフラギルを見上げていた。
そんなサバニキスの眼の輝きに対して、フラギルは眼の光を消して言った。
「貴様の兵からは、およそ感情というものが感じ取れなかった。おそらく召喚術の類で呼び出したものなのだろう? であるならば不味くない蟲兵を排し、不味くならないように人間を守るのは当然のこと」
サバニキスはなるほど、と納得した。そしてうっすらと目の前にいる者の行動原理が分かってきた。
確証を得るために、サバニキスは口を開いた。
「……確かに召喚術で呼び出したモノだ。だがな」
「む?」
「俺はどうなんだ」
フラギルは根本的に敵なのか、と。
「感情の味とやらを感じるのか」
「あぁ、はっきり言ってクソ不味い。人間がいなければ貴様について行くくらいにはな」
フラギルの返答はやはり、サバニキスの予想通りであった。サバニキスは呆れやらおかしさなどが腹の底から湧いてきて、眼光を失いながらも笑うことしかできなかった。
「ハハハハハハハ!! ハァーッハッハァ——————————!」
そしてひとしきり笑った後、眼に光を再度点火させ、サバニキスはフラギルに向かって言った。
「ーーやっぱり俺のところに来い。その感情の味とやら、しこたま馳走してやれる」
「ぜひ相伴にあずかりたいものだ。この世界が変わればな」
サバニキスの首がフラギルに掴まれ、頭と胴だけになった体が持ち上げられる。
フラギルはサバニキスを掲げながら、逆の方の手を握りしめ、拳を引き絞った。
「とどめだ」
その拳がサバニキスの心臓を抉り穿たんと振り抜かれたその瞬間。
「<全属性融合撃剣>ァァァ!!」
「「「いけー! 勇者様ァー!!」」」
『『『『ファッ!?』』』』
「なにぃ!?」
勇者の聖剣による、必殺の一撃が虹色の奔流となって撃ち込まれた。
フラギルの手からサバニキスが離され、サバニキスの体が浮き上がる。
サバニキスは聖剣の攻撃を喰らいながらも、意識と原型はとどめていた。
「今更勇者程度の一撃で、この俺が!」
サバニキスはこの程度の攻撃は当然、フラギルも微動だにしていないだろうと考えた。
自身の攻撃を喰らいながら、傷もつかずに燦然と輝いていたフラギル。その硬さは対峙したサバニキスが一番よく知っている。
しかし。
「ーーいない!?」
サバニキスの周囲にはフラギルの気配が無かった。
困惑するサバニキス。
しかしそんなサバニキスをよそに、聖剣の攻撃が間断なくその身を削っていく。
「あなたー、ご飯よー」
(あぁ……この世にいないはずの妻の声まで聞こえてきやがった)
サバニキスはぬるま湯のような刺激を感じつつも、意識はもうここにあらずであった。
「あーなーたー? ご飯ですよー!」
(なぜだ?)
「あーなーたー!!」
(あぁ、もういいか。今行く……)
サバニキスの体がサラ、サラと光に侵食されるかのように末端から細かく崩れていく。
(そういえば置いてきたバフリーも回収しなければ。皆にフラギルのこと、新たに加わった仲間のこと、全て話せると……いいんだがなぁ)
光がサバニキスの視界を虹色に塗りつぶした。
放たれた光は収束し、天へと向かう虹色の柱となり、そこらへんにあった雲を円状に大きく消し飛ばしながら、やがて細くなって消えてしまった。
その光景を見た勇者が、しばらく経った後に確かめるように言った。
「皆さん、もう大丈夫! 魔蟲の長の消滅、確認しました!」
拡声の魔法で増幅された勇者の声は、避難し立てこもっていた王国民の耳に確かに届いた。
「「「「「「「「「「ワァァァァァァァァァ!!」」」」」」」」」」
先ほどの爆発により、光の壁が全てはげてしまった王城の方から聞こえてきた歓声は、拡声の魔法を使っていないはずなのに、確かに勇者の耳まで聞こえてきた。
ーー魔蟲皇が討たれた後、勇者は惜しまれながらも天へと昇り、元の世界に帰還していった。
そして残された人類の版図は徐々に回復し、人の世の繁栄が末長く続くことになったとさ。
その人類史の中でなぜ世界を救ったとして崇める、主神の名前が“フラギル”という国家が成立したかは、一部の者しか知らない。
なぜその象徴が虹色の涙石をぶら下げた、銀鎖のペンダントなのかも。
その国は主神像が魔蟲に似ている、邪教だと弾圧を受けたが、ついぞその信仰を捨てることなく繁栄したそうな。
めでたしめでたし。
◇ ◇ ◇
フラギルは勇者の一撃を受け、その虹色の奔流に押し流される感覚を味わっていた。
『ぬわぁ———————!』
地面を隆起させ、足場を作ってもそれごと粉砕されて体がどんどん浮き上がっていく。
『あ、これどこかに飛ばされるのぅ』
『どういうことですか、ゼル!』
『転移魔術を使った時に見える光景に似ておる』
『マジかよ。俺たちどっかに飛ばされるのかよ』
『そう言うておるじゃろが』
フラギルの視界がいよいよ霞んでくる。
ゼルの言ったことが正しければ、フラギルはサバニキスの討伐による美味の報酬は受け取れず、そのままどこかへ転送されてしまう。これではフラギル自身はただ、自分の身を削っただけの骨折り損になる。
その時、フラギルの聴覚に3人分の女の声が入ってきた。
「「「いけー! 勇者様ァー!!」」」
フラギルは怨敵の名を知れり、と思い、勇者に向かって怒りの声をぶつけた。
「おのれ勇者ァ! 絶対に、絶対に許さんぞォ—————-ッ、アーッ」
その言葉をもって、この世界からフラギルの存在が消えた。……押し流されたというべきだろうか?
のちに勇者はこの出来事をこう語った。
「ーー最後に魔蟲王は断末魔をあげて消滅しました。俺はそれを聞いて、あぁやっと終わったんだなって思いました。そういえば二体いたように見えましたが、多分脱皮か何かしたんでしょう。ここから出ていけーって、まとめて吹き飛ばしました」
と。
正直なところサバニキスとフラギルの外見の違いは、遠目から見ればその差異など分からない。
完全にフラギルの自業自得、デザインの問題であった。
異世界転移だヤッター
用語解説・・・魔皇・〜〜皇
世界を脅かすものとして広く知られている魔王とは比にならない力を持つ伝説の存在として、人類の、特に神官の中でも高位の者たちの間で、眉唾レベルで伝承されている。
一般的には魔皇と呼ばれるはずだが、魔皇自身が別の名を使うため、ほとんど記録に記されることが無い。
ちなみに魔王と違い、魔皇は闇神の存在を知っている、あるいは見たものとされている。




