第14話 喜びの崩れる音
ニラースは走った。かの悍ましき魔の蟲の王から逃げるために。
「「「「「「「「「「ビギィィィィィ!!」」」」」」」」」」
背中からは地獄の大合唱が聞こえてくる。
「ヒィッ!!ヒィぃぃィィィ!?」
何度も、何度も足がもつれ、転んだ。
「ぜえ・・・ぜえ・・・」
そこからどれほどの時間が経っただろうか。空は白み、朝日が顔を出す。
「あ、あぁ・・・」
ニラースの目には、安全安心の象徴である、城門の威容が映った。
そのまま走り続け、門の前に転がり込んだ。
「おぉーい!!おぉーい!!」
ニラースはたまらず、両手を振り回して叫ぶ。
「おい!どうした?」
街をぐるっと囲う城壁の見張りについていた兵士は、自分と同じ鎧姿をしたニラースを見て、不審者だと思うことはなかった。
「火急的速やかに、王都に知らせなければならないことがあるんだ!頼む!門を開けてくれ!!」
泣き、叫びながら身体の限界を超えて走ってきたニラースの枯れた声は、それでも確かに見張りの兵士の耳に届いた。
ニラースの目には
「よ、よし分かった!今すぐに門を開けよう」
と、門を開けるのに応じた兵士に
「待て、まずは取り調べが先だ」
と言って、止める兵士のニ人が見えた。
「何をやっているんだ・・・このことを早く、王都にいる勇者様に知らせなければならないのに・・・。」
ニラースは、グッと拳を握り締め、焦燥感に耐える。
しばらくしてようやく門が地面を震わせながら開いた。門の中からは、
「大丈夫か?ほら、これでも飲め。お前、酷い顔しているぞ?」
と、言いながら水の入った皮袋をニラースに渡してくる兵士と
「それで?事情は今話せるか?」
と、質問する兵士のニ人が出てきた。
ニラースは焦る気持ちを抑えつつ、事情を二人に話した。
ー勇者パーティーが長を討伐したことを。
ーそして、勇者が聖剣を使用したことによる後始末と、倒された長の死体の処理を軍の一部であった自分が所属する部隊が受け持ったことを。
ーその途中で長が復活し、自分を残し部隊が全滅したことを。
ーその復活した長は、自身のことを『魔蟲王』と名乗ったことを。
ニラースの壮絶な話を一部始終余すところ無く聞いた二人の兵士は
「そ・・・それは大変な目にあったな」
「王城には、伝令の者を出したから、お前は安心してゆっくり休んでくれ」
と、どちらも顔を青ざめさせながら、街にニラースを入れようとした。
しかし・・・
「我は、勇者に、伝えるように言ったのだがな?」
と、地獄の底から聞こえてくるような声がニラースの腹の中から聞こえてきた。
「「誰だッ!!」」
すぐに反応し、手にしていた槍を構えた二人の兵士は流石と言ったところだろうか。しかし、そんな二人には魔蟲王は反応せず言葉を続ける。
「ふむ・・・まあ良い。この街はそこそこ人間の数も多そうだ。と言うよりも、ここに全ての人間が集まっているのか。・・・能力が解放されたことだし、使用してみるのも良い。働け、<蟲将生成>」
その言葉を聞いたニラースは、身体中に強烈な痛みを覚えた。
「ギイィィィッッッ!?ッグゥあああぁあ!?」
常人ならば、立っていられないほどの激痛が全身に走る。しかし、ニラースの体はボコボコと膨らんでいき、倒れる伏すことはなかった。
「おいッ!大丈夫か!?」
「馬鹿ヤロウ!あれはもう手遅れだ!大変なことになる前に槍で刺せ!燃やせ!」
そう言って兵士が槍をニラースに突き立てた。その槍はズブリと刺さった。
「よ、よし!やったか!?」
しかし・・・
「ツグアァアアアァァァ!?」
風船のように膨張した体は、今度は空気が抜けたかのように萎んでいく。そして、その体が消えて無くなった時・・・。
ーーそこには、勇者が討伐したものよりも幾分か小さい芋虫の姿があった。
しかし、その身が纏うオーラは強大。陽炎のごとくチラチラと朝日に映えた。
「ピィィィイイイ・・・」
「ううぅぅ・・・」
「な、ナンなんだよ・・・。この化け物はよぉ・・・」
一匹と二人、いや、騒ぎを聞いて集まってきた十数名の兵士達が対峙する。
「城壁に穴でも開けたら、帰ってこい」
フラギルの言葉を皮切りに、その幼虫が暴れ出した。
「ピギアアアァァァ!!」
「なんなんだよこの化け物はよおおおぉォォ!!」
一人の兵士の絶叫を鎮魂歌にして、兵士達が空を舞う。
ーーこの日、一つの城門が崩れ去った。
◇ ◇ ◇
「ふむ、見事な殲滅ぶりだ・・・もしかして我より、作ったばかりのお前の方が強い?」
「ピギャ?」
一通り殲滅し終えた芋虫が帰還し、サバニキスが座る前で、人間の右手をポリポリと齧っている。
大勢の虫兵による数のパワーは、サバニキスが座る玉座の間すらも建造していた。
灰茶色の城の威容は、天然の暴威を存分に表しており、ある種の芸術性を備えているように見える。
「名前をつけてやらねばな」
そう言って、サバニキスは腕を組み、思案する。
手を食べ終わった芋虫が、つぶらな瞳をサバニキスへと向ける。
サバニキスは、その瞳を見ながら言った。
「ーーよし、お前の名は“バフリー”だ。我の名からも、文字をとっている」
その瞬間、芋虫から光が溢れる.
ーーそして
「ありがたき幸せでございます」
芋虫の背中をパックリと破るように、蝶の蟲人が出てきた。
大きく膨らんだ胸と尻。そして腰はその両方をどうやって繋ぎ止めているのだろうかと思うほど細い。
そして、特徴的な翅は、サバニキスの前で惜しげもなく全開にされ、光粉がキラキラと空中を舞う。
人間が見れば、その妖艶さにたとえ顔が人間とは程遠くても、フラフラと近付いて行ってしまうのだろう。
バフリーはそのまま絹のようにふわりと、サバニキスの玉座の前で膝をついた。
背中で、翅がゆらゆらと華麗に揺らめく。
「ふーむ、思ったよりも強そうだ。この場合は・・・よくやった、か?」
両端についた目の右側の下縁を、カチカチと右手指で叩きながらサバニキスは言う。
バフリーはその言葉を受け、体を歓喜で震わせた。
「いえ、滅相もないお言葉でございます。魔蟲皇様」
(雄も雌も戦力としては同程度だが・・・しかし、またメスか)
今までサバニキスが召喚してきた中で、雄の蟲将はとにかく少なかった。
そして今、サバニキスの周りにはバフリー以外の蟲将はいない。
「その命尽きるまで、この“魔蟲皇”サバニキスに仕えよ」
「はっ!!身命を賭して、あなた様のために働くことを誓います!!」
感極まったのか、バフリーからバフンと、舞う光粉が増大する。
ちょうどその時、玉座の間を閉ざす大扉から、神々しいほどの光が漏れ出ていたとかいなかったとか。
「・・・まずは、その鱗粉を制御せよ」
「・・・申し訳ございません」
バフリーは蟲顔でもわかるほど、その白い頬を朱色に染めていた。
魔蟲王の所に、言葉を解する強大な部下が生み出された。
し ぼ う フ ラ グ ダァー
しばらく更新が出来ないと思われます。ご容赦ください。




