第三章 踏み絵(二)読みましたか
土曜の夜、文なろを開くとメッセージが届いていた。差出人は陽向ましろ。
『瀬名彰久の手記の第四回、読みましたか。
わたしは気分が悪くなりました。ひどいと思いませんか、あれ。
悠希さんがどう思ったのか、聞かせてください』
数行で終わっていた。彼女のメッセージは長いのが普通だ。近況があって、連載の話があって、無理のないペースで、の結びがある。今回はどれもなかった。
ひどいね、と一言返すのは簡単だ。同意して、話を連載のほうに移して、いつもの往復に戻る。だけど、わざわざどう思ったかとメッセージをくれるましろさんに、そんな軽い返事はしたくなかった。
文なろの利用規程のページを開いた。長いQ&Aのページが付いていた。
生成AIの利用は、投稿時に区分で申告する。文章を作って出す生成AIを使えば直接使用。生成AIの出力を参考にして書けば間接利用。出力をそのまま使わず、自分の言葉に直して書いた場合も間接利用に含まれます、と注記が付いていた。アイデア出しや誤字の指摘のような、書く中身を生成AIが決めない使い方は補助的利用。私の誤字チェッカーは、AIではないので不使用のままでいい。ここまでは、注記の細かさを別にすれば知っているとおりだった。
アイデア出しなら、試したことがある。生成AIが騒ぎになっていたころ、話題の対話型AIにミステリのトリックを考えさせてみた。双子の入れ替わりと、目撃者の車の色の見間違いと、死亡推定時刻のずれが返ってきた。使いつくされた殺人の古典ばかり並んだ。それに、私の書くものでは人は死なない。
どれか一つを膨らませましょうか、と最後に訊かれて、返事をせずに閉じた。ジャンルによっては役に立つのかもしれない。ミステリには向いていないと思って、それきり使っていない。
Q&Aの下のほうに、意外な項目があった。
『問 実際の利用と異なる区分で申告してもよいですか。
答 いいえ。申告は利用の実態と一致している必要があります。実態と異なる区分での申告は、内容にかかわらず虚偽の申告として扱われます』
使ったことを隠すだけではなく、使ってないのに使ったと申告するのも駄目らしい。
それから手記の第四回を読み直した。会社で使う手紙の文例集を思い出した。似た用件の文例を探して、自分の用件に合わせて直して使う。積字TRACERは、あれの大掛かりなものではないのか。文例集で小説を書く人はいないだろうけど。
規程が申告を求めているのは、生成AIの利用だ。手記のとおりなら、積字TRACERが生成AIでないのなら、申告の義務はない。ルール違反ではないのだし、私が怒るような話でもない。
返信は夜のうちに書いて、保存した。
『メッセージありがとうございます。手記の第四回は、私も読みました。
よく考えてみようと思って、文なろの規程とQ&Aのページを見てみました。積字TRACERは生成AIには当たらないみたいです。それなら、ルールは破ってない。いい気はしないけど、何がダメなのかを考えても、これという理由が見つからないんです。うまくまとまらなくてすみません。
改稿は少しずつ進んでいます。ましろさんの連載も、いつも読んでいます。暑い日が続くので、体に気をつけてください』
日曜の朝に読み直してから送った。少し考え方は違うけど、ましろさんなら分かってくれると思った。
残りの日曜は改稿に使った。返事は来なかったが、彼女の返信はもともと遅い。そのまま週が明けて、会社と改稿の日々に戻った。




