第三章 踏み絵(一)二つの段
金曜の朝、乗り換えの前に文なろを開いた。瀬名彰久の『機械は書かない』第四回。予告どおり、積字TRACERの中身だった。
『第四回。積字TRACERの中身を書く。私が作り、私一人で使った。
先に、準備のことから書く。積字TRACERには、あらかじめ大量の文章が読み込ませてある。著作権の切れた古い小説と、類語辞典と、表現集だ。なぜ古い小説なのか。著作権のある文章を、断りなく材料にはしないためだ。どの言い回しが、どういう文と一緒に、どのくらい使われているか統計を取っておく。
次に、仕組みのことを書く。積字TRACERは、二つに分けて作ってある。
前の段は、候補の文を組み立てる。書きたい原稿の下書きを入れると、読み込ませてある大量の文章にある似た言い回しを使って、下書きの文を組み立て直す。組み直した文は組み合わせ次第で幾通りもの候補があるので、一覧にする。そして、その言い回しが使われてきた頻度と、前後の文や作品全体との近さで順位をつけて並べ替える。ここで統計が役立つ。下書きに書かれた文章の続きが勝手に出てくるわけではない。
後の段は、決めてある規則をあてはめるだけだ。一覧のいちばん上の候補を採って、そのまま原稿の文にする。候補に手を加えることはないし、どれを採るかをその場で判断する仕組みもない。段を分けたのは、文が原稿に入る工程に、判断を入れないためだ。
積字TRACERの原稿の文は、機械が組み立てて出してくる。それでも機械は書かないと言えるのは、生成していないからだ。使える言い回しは、読み込ませてある文章の中にあるものが全部で、そこにない言い回しは一字も出てこない。どの一字にも、出どころがある。どうしてその一字を積んだのかは、私が決めたルールで説明でき、すべて後からトレースできる。だから、積字TRACERと名付けた。
次回は、積字TRACERで『椿の坂』をどう書いたかを書く』
細かいことはわからないが、生成AIのようなブラックボックスとは違うのだろう。でも、機械は書かないとまで言えるのかな、というのが読み終えての感想だった。
会社は忙しくない時期で、その日、定時に出られた。
夜は第一話の改稿を進めた。本の速度に直す、という早坂の注文の意味は、直しながら見当がついてきた。Web版の第一話は、依頼人の家に着くまでが数行で終わっている。画面で読むならそれでいい。紙でじっくり読むなら、そこに古い団地の階段と、四階まで運ばれる段ボールの数を書く必要がある。八枚あった付箋は五枚まで減っている。
***
週末に様子が変わった。
土曜の昼にエッセイの日間ランキングを開くと、上位の半分が手記の話になっていた。『選んだのは誰か』『「書かない」という言い方について』『わたしが積字TRACERを許せない理由』。
一位のエッセイにはこうあった。
『言い回しを機械に探させて、選ばせて、並べさせる。それを「書かない」と言い切れるのが分からない。探すところからが、書くことではないのか』
別のエッセイはこう書いていた。
『生成AIではないから規程に触れない、と胸を張られるのがいちばん怖い。こんな人が文なろに増えたら』
一昨年にも、日間ランキングは瀬名彰久の話で埋まった。あのときの断罪は、『椿の坂』は生成AIが書いたのだろうという告発だった。読んだ上で書いている人もいたし、作品を読まずに書いていそうな人もいた。
今回は疑いですらない。どのエッセイも本人が説明したやり方そのものが嫌だと書いている。読まれた上で、嫌がられていた。規程に違反していると主張している人もいたが、積字TRACERが生成AIではないことは、裁判で確定している。
手記そのもののブックマークは四桁に乗っていた。感想欄は増え続けている。瀬名彰久はどれにも応えず、金曜五時の更新だけが続いている。
日曜も改稿に使った。寝る前に手帳を開いたが、容疑者の姉の(う)は動かないままだった。




