第二章 本物(二)面談
翌朝、送らずに残しておいた返信を読み直した。誤字はなかったが、感嘆符がひとつ混ざっていたので消した。昨夜はそれだけ浮かれていたということだ。候補の日時をいくつか書いて送信すると、昼前にはもう返事が来て、いちばん近い候補の来週火曜二十時に決まった。
面談までの数日は長かった。会社の仕事は落ち着いていて、家では『鍵のない棺』を第一話から読み返した。半年ぶりに読む自分の連作は、直したい場所だらけだった。書籍化の話が本物なら直せる。そう思うと、直したい場所が倍に見えた。
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火曜の二十時、画面の向こうの早坂は思っていたより若かった。三十代の半ばくらいで、背後に会議室の白い壁が映っている。
「お時間ありがとうございます。録画はしていませんので、気楽に聞いてください」
話は具体的だった。単行本一冊、四六判で三百ページ前後。Web版の十二話をそのまま並べると分量が足りないので、全体の加筆改稿をお願いしたい。目安は二割増。各話の並び替えはしない。刊行は来年の秋を目標にする。筆名はこのままでいい。条件の詳細は後日、書面で送る。
「二割、ですか」
「はい。書き下ろしの一話を足す案もありますが、まずは既存の十二話を厚くする方向で考えています。並びと筋は変えずに、それぞれの話を膨らませてください」
「どこから直せばいいでしょうか」
「第一話から第三話で。導入の三話はWeb連載の速度で書かれているので、本の速度に直すと厚くなるはずです。逆に第七話と、第十話から最終話までは、ほぼこのままでいいと思っています」
第七話は、十二話の中でいちばんPVが少ない話だった。遺品が古い定期券一枚だけの話だ。そこを挙げられたことのほうが、褒め言葉より効いた。
書名は『鍵のない棺』のままでいくか、副題を足すかは保留になった。
二割の加筆を、頭の中で数字にした。十三万字の二割なら二万六千字。月一本の短編三本分と少し。分量はともかく、完成したミステリに手を入れるのは大変だろう。でも、お願いします、と言っていた。
そのあとは実務の話が続いた。改稿稿の締切、連絡手段をメールに移すこと、Web版は刊行まで公開したままでいいこと、税金まわりの書類のこと。早坂は質問にすべて即答して、即答できないことは即答できないと言った。感じのいい早口だった。
「では、条件書をお送りします。ご家族やお仕事の都合もあると思うので、返事は急ぎません」
最後まで、作品の中身の話と手続きの話だけだった。
通話を切ると、部屋が静かだった。二十一時十分。ノートに今日の要点を書き出して、いちばん下に「二割=約二・六万字」と書いて、丸で囲んだ。
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金曜の朝、文なろを開くと、また通知が出ていた。第三回。
『第三回。よくある質問に答える。積字TRACERの中身の前に、一般的な前提を片づけておきたい。
問。検索結果の上に出るAIの要約を読んだ。これは生成AIの利用にあたるか。
答。あたらない。自分から求めていないものは、規程の対象にならない。求めていないのに出てくるものを避ける方法は、現代にはない。
問。校正ソフトの指摘で文章を直した。これはどうか。
答。あたらない。誤字や送り仮名の指摘は、「執筆そのものへの関与」ではない。指摘に従って直しても、書いたのはあなたのままだ。
問。どこからが「使った」になるのか。
答。あなたがその言葉を選んだ理由を説明できない場合だ。それが積字TRACERの設計の重要な部分だ。次回、中身を書く』
検索や誤字チェッカーのことだ。私の机の上の話が、いつの間にか出てきている。読者が増えている理由が少し分かった。感想欄は前より伸びていた。だけど瀬名彰久の返信は、どの感想にもついてない。
電車が駅に着いた。閉じて、仕事に行った。




