第二章 本物(一)打診
金曜の朝、電車の中で文なろを開くと、新着通知に『機械は書かない』の第二回が出ていた。乗り換えまで十二分あるので、読むことにした。
『第二回。なぜ作ったか。
理由は二つあった。
一つ目。私は書くのが遅い。一つの文を決めるのに時間がかかる。仕事はITエンジニアで、文章を作る生成AIが急に良くなっていく様子を見ていた。当然、執筆に使うことも考えた。ただ、投稿先の規程は生成AIの利用に申告を求める。私は自分の小説にその申告を付けたくなかった。付けたくない理由は好みであって、規程への批判ではない。
二つ目。生成AIを使わずに、どこまでできるのか、エンジニアとして挑戦してみたかった。正直に書くと、こちらのほうが大きい。
次回は、よくある質問に先に答える。積字TRACERの中身の話は、その後で書く』
読み終えて、エンジニアだったのか、と思った。一昨年の騒ぎで、名前と古い映画のような文章だけは知っていた。今回も千字あるかないかで淡々としている。乗り換えの駅に着いたので閉じた。
会社は忙しくなる前の時期で、昼休みに文なろを見ると『鍵のない棺』に感想がひとつ来ていた。半年前に完結した連作に、いまでもアクセスがある。ミステリは過疎ジャンルだが、細く長く読まれる。
その夜、受信箱に見慣れない差出人があった。
『佐倉悠希様
はじめてご連絡いたします。霜月書房文芸編集部の早坂と申します。
「文筆家になろう」にて発表されておられます『鍵のない棺』を拝読いたしました。遺品整理業者を主人公に、全十二話が「遺されたものから人を読む」という一本の背骨でつながっており、連作でありながら一冊の本の構成をすでに持っていると感じております。つきましては、書籍化のご相談をさせていただきたく、ご連絡いたしました。
ご興味をお持ちいただけるようでしたら、一度オンラインでお話しできれば幸いです。ご都合のよい日時を、いくつかお知らせください。
突然のご連絡で恐れ入りますが、ご検討のほどよろしくお願いいたします。
霜月書房 文芸編集部 早坂』
書籍化、という字を、意味が入ってくるまで読み直した。それから、疑った。
ミステリを書いていると、うまい話の裏を考える癖だけは付く。まず疑うべきはいたずらで、次が自費出版の営業、最後にようやく本物の可能性が来る。
いたずらは調べればわかる。差出人のアカウントは五年前の作成だった。偽者が五年前から仕込んでいるとは思えない。自費出版の営業は、文面からは分からないかもしれない。だから霜月書房を検索した。自費出版を手掛けている様子はない。それに、『鍵のない棺』の構成の説明が正確だった。読んだ人間にしか書けない。
霜月書房の検索では、会社の沿革より先にこの春の記事も出てきた。『霜月書房に賠償命令 「AI利用」理由の刊行中止めぐり』。瀬名彰久の件の版元だ。指が少し止まった。一昨年の騒ぎの担当者がどこの誰かは記事に出ていない。同じ人だったら、と一瞬思い、詮索しても仕方ないのでやめた。
返信を書きかけて、文面をファイルに残して閉じた。こういうものは夜中に送ってはいけない。朝、もういちど確認することにした。
布団に入ってから、ましろさんとの約束を思い出した。次は来月中に出します、と言ってある。書籍化が本物なら、たぶん守れない。




