投稿されなかった手記
これは投稿しないかもしれない。書いてから決める。
前に、一人だけ違うことを訊いた記者がいたと書いた。読み込ませてある文章を、ある手順で組み立て直せば小説ができるのなら、人間も、読んだ文章を自分なりの手順で組み立て直しているだけで、同じではないのか。同じだとしたら、人間が書くことの意味をどう考えているのか。
私は答えなかった。ここにも書かないと書いた。だが今回、それを書く。連載に書いたのは確かめられることだけで、これから書くのは、確かめられないことだ。
同じだ、と思う。組み立て直す工程だけを取り出して見比べても、人間と積字TRACERのあいだに、違いはない。
違いは、工程の外にある。積字TRACERの中では、すべてが規則で決まる。候補の並べ方も、どれを採るかも、私が一つずつ作った規則が決める。ただ、何を読み込ませるかと、どういう規則にするかは、規則では決まらない。工程の外で、人間が選ぶ。
だから、人間が書くことの意味は、選ぶことにある。手で書く人は、一語ずつ選びながら書く。生成AIを使う人は、出力の何を残すかを選ぶ。積字TRACERを使うなら、読み込ませる文章と規則を選ぶ。どう書いても、選ぶことは人間に残る。違うのは、何を選ぶかだけだ。
これが、あのときの問いへの答えだ。
では、私は何を選んだのか。
読み込ませてある文章のことは、裁判で問われた。鑑定人は一つずつ確かめている。著作権が切れていること。生成AIの文章が含まれていないこと。どちらもそのとおりで、現物を出して確かめてもらった。訊かれなかったことが一つある。なぜ、その文章を選んだのか、だ。
古い小説なら何でもいいわけではない。そう簡単には『椿の坂』の文にならなかった。入れ替えた。また入れ替えた。組み立ての規則も調整を繰り返した。
手でやったのではない。
積字TRACERは二つに分けて作ってある、と前に書いた。前の段と後の段は、下書きと古い小説から『椿の坂』の文を組み立てる。書かなかった段が、一つある。外の段と呼んでいた。『椿の坂』と古い小説から、下書きを逆算して組み立てる段だ。積字TRACERの中にはない。別に作ったもので、鑑定にも出していない。小説の入れ替えも、規則の調整も、外の段が自動処理するようにした。何を選ぶかまで、規則にした。
私は作り始めた日から、下書きと、出た候補と、どれが原稿になったかを全部残していた、と書いた。あれは、前の段と後の段の記録だ。外の段の記録は、残していない。
『椿の坂』には、先に生成AIに書かせておいた見本がある。投稿したものではない。
外の段は、古い小説と規則を入れ替えながら、その見本から下書きを逆算する。前の段と後の段にその下書きを入れて、見本どおりの原稿が出る組み合わせに行き着くまで、自動で繰り返す。記録に残っている下書きは、外の段が出したものだ。
投稿したのは、前の段と後の段が組み立てた原稿だ。見本と、一字も違わない。




