第十章 直接使用(二)下書き保存
短編は三週間で書き上がった。八千字ほどの、いつもの長さだ。姉が刑事に嘘をつく場面は何度か書き直した。嘘をついている姉ではなく、本当のことを話しているつもりの姉に読めるようになった。
数日寝かせてから見直して、誤字チェッカーに通した。誤字チェッカーはAI利用にはならない。字下げの抜けも直して、投稿できる形になった。
夜、文なろに本文を入れた。原稿は下書き状態のまま保存した。続けて、作品の設定の画面を開いた。項目は、題名、ジャンル、公開設定、AI利用状況、キーワード。題名は『姉は嘘をついていない』にした。ジャンルを選んで、公開設定を確かめて、キーワードはいつもの三つを入れた。本格、日常の謎、どんでん返し。あとは、AI利用状況の欄だ。
AI利用状況は、丸いボタンで区分を一つ選ぶ形になっている。不使用、補助的利用、間接利用、直接使用の四つが縦に並んで、それぞれの下に短い説明が付いている。欄の上には、詳しい基準は利用規程のガイドラインを確認するように、と一行ある。ここを設定しないと、本文の投稿ができない仕組みになっている。いつもなら、迷わず不使用を選んで終わりの欄だ。
この原稿は、全部自分で書いた。ただ、姉が刑事に嘘をつく場面を、私は文冴クラウドの出力で一度読んでいる。そのあとで、同じ場面を自分で書いた。参考にしていないとは言えない。早坂への告白のメールに書いたのと同じことを、今度は申告の区分として選ばなければならない。
区分を選ばないまま、その夜は画面を閉じた。
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翌日の夜、規程のQ&Aのページを読み直した。ましろさんに返事を書いた夜以来だ。生成AIの出力を参考にして書けば間接利用で、そのまま使わず、自分の言葉に直して書いた場合も間接利用に含まれる。実態と異なる区分での申告は、内容にかかわらず虚偽の申告として扱われる。どちらも前に読んだとおりだ。
文冴クラウドに入れたのは書籍のための改稿の原稿だ。サイトに公開している『鍵のない棺』は投稿したときから変わっていない。区分は不使用のままでいい。
『姉は嘘をついていない』を書いたのは、文冴クラウドの出力を見た後だ。出力を参考にしていないとは言い切れないから、規程に当てはめると間接利用になりそうだ。作品の設定の画面を開いて、間接利用の丸を選んだ。でも、作品のごく一部をテストに使っただけで、しかも出力を直接使ったわけでもないのに、AIを利用したと申告するのは抵抗があった。結局、その日は投稿しなかった。
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投稿しないまま数日が過ぎた。
夜、ましろさんとのメッセージを最初から読み返した。佐倉悠希さま、感想を送らせていただきます、から始まる二年分だ。遺失物係の短編への感想があり、書籍化を打ち明けたときの、おめでとうございます、で始まる長い返事があり、彼女からの最後のメッセージは、数行の、瀬名彰久の手記を読んだかというものだった。その下に私の返事が残っていて、それなら、ルールは破ってない、の一文が入っている。
彼女からのメッセージは、それきり一通も来ていない。彼女の連載の、ヒロインが初めて名前を呼んだ回に書いた感想は、いまもファイルに残ったままだ。




