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第八章 沈黙(三)答えなかった

 執筆サービスの停止をまとめた記事が出たあと、日間ランキングの話題が変わった。『積字TRACERを使いたい』という題のエッセイが上位に入っていた。どれも、書きかけが進まないので代わりが要る、という書き出しだった。生成AIを使っていないと証明できた道具は、裁判で確かめられた積字TRACERしかない。OpenTRACERは有志による再現で、本物と同じである保証がない。実際、試しても自然な文にならない。だから本物が使いたい。似た題のエッセイがいくつも上がった。発売されたら少々高くても買う、生成AIでないことを示すために本物で記録を残すしかない、と書く人たちもいた。自分の言葉で書けるけど疑われないために使いたい、という人もいた。これだけの人が執筆サービスを使っていたのか、と思った。生成AIを使えば同じことができる。それでも執筆サービスを選ぶのは、AI利用状況の欄に不使用と書きたいからだ。

 私がOpenTRACERを試したときも、古い小説の言い回しばかりが出てきた。それに、積字TRACERが売り出されたとしても、いまの書き直しには使えない。あの記録は新しく書くときのもので、書き終わった原稿にあとから付けることはできない。


 ***


 金曜の朝、手記の第十六回が出た。


 『第十六回。判決のあとのことを書く。

 判決は記事になった。出版社が作家への賠償を命じられるのは珍しいからだそうだ。何人かの記者から、取材の申し込みが来た。勝訴の感想を訊かれて、判決文のとおりだと答えた。本は出るのかと訊かれて、出ないと答えた。

 一人だけ、違うことを訊く記者がいた。裁判で示されたのは、読み込ませてある文章を、ある手順で組み立て直せば小説ができるということだ。それなら、人間も読んだことのある文章を、自分なりの手順で組み立て直しているだけで、同じではないのか。同じだとしたら、人間が書くことの意味をどう考えているのか。

 私は答えなかった。その問いの答えは、ここにも書かない。

 判決のあと、霜月書房から連絡が来たことはない。賠償金は支払われた。『椿の坂』は文なろに公開したままだ。

 判決のあとのことは、これで全部だ。続けるかどうかは、決めてから書く』


 瀬名彰久の手記は、積字TRACERを使わせてほしいという頼みには一行も触れていなかった。


 第五話の書き直しは、半分まで進んだ。締切は来月の末だが、第九話に足す場面はまだ手つかずだ。

 文冴クラウドの名前は、報道に出た。私は文冴クラウドを改稿に使ったことを明かさず、もう一度こちらで手を入れさせてほしいと早坂に頼んでいる。だから早坂は、この報道と私の原稿を結び付けないはずだ。それでも、原稿を預かっている作家の全員に確認を送るくらいのことはあるかもしれないと思って、何度もメールボックスを見ていた。

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