第八章 沈黙(一)判決
第四話の書き直しは、週の半ばに終わった。二週間あまり掛かったことになる。これで第四話に文冴クラウドの言葉は残っていない。
続けて第五話に掛かった。会社は締めの週で、夜の作業はなかなか進まなかった。
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金曜の朝、手記の第十五回が出た。
『第十五回。判決のことを書く。
鑑定のあと、双方の主張が書面にまとまって、結審した。提訴から一年かかった。
主文は短い。霜月書房に賠償金の支払いを命じる。額は、提訴を決めたときに弁護士から聞いたとおり大きくない。
理由は長い。裁判所は鑑定書を根拠として採用した。積字TRACERは生成AIではない。働きだけを言えば、非常に高機能な校正ソフトがいちばん近い。鑑定人が法廷でそう説明して、判決文もその説明をそのまま使っている。
積字TRACERが生成AIでないなら、私の申告は規程どおりで、契約にも違反していない。出版社には刊行を中止する正当な理由がない。
出版社側は、積字TRACERの開発に生成AIの文章が使われたことも主張していた。判決は、規程の申告対象は作品を書くことへの利用であり、道具の開発への利用は含まれないとした。知っていれば契約しなかったという主張も、二通のメールを根拠に退けた。私は契約の前に説明を申し出ていて、その申し出を断ったのは出版社だった。
鑑定書が信用された理由に、記録のことが書かれていた。私は積字TRACERを作り始めた日から、下書きと、出た候補と、どれが原稿になったかを全部残していた。鑑定人はこの記録と『椿の坂』を突き合わせて、どの文も、下書きから候補、候補から原稿の順でできていることを確かめている。
候補も、どれを採るかも、規則と集計で決まる。すべて後から検算できる。これは生成AIではできない。生成AIは、どうしてこの文にしたかと聞けば答えるが、それらしい理由を生成しているだけだ。
生成AIを使っていないことの証明は、本来はできない。ないことの証明だからだ。私がやったのは、ないことの証明ではない。あったことの記録を全部出しただけだ。工程が残っているなら、その中にAI生成がないことが分かる。
判決は確定して、賠償金は支払われた。『椿の坂』の本が出るわけではない。判決が命じたのは賠償であって、刊行ではない。
次回は、判決のあとのことを書く』
瀬名彰久は、使ってないことの証明はできないので、原稿がどうできたかの記録を全部示した。この春の判決を伝える記事は短くて、こんなことは書かれていなかった。今日の手記で初めて知った。
私には、生成AIを使わずに原稿を完成させたと示す方法がない。
その夜の日間ランキングに、傍聴のエッセイが上がっていた。裁判の回に合わせて法廷の様子を書いてきた人で、判決の日のことも書いていた。言い渡しは数分で終わり、瀬名彰久は廷内で一度も後ろを振り向かなかったという。傍聴席は半分が空いていたそうだ。
エッセイを閉じて、第五話の書き直しに戻った。




