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第一章 温度(二)掴まされないために

 土曜の午後は、自分の書きかけに掛かる前に、ほかの人のものを読むことにしている。ましろさんの連載の更新分と、ブックマークしている何人かの新作を読んで、最後にランキングをひと回りする。

 エッセイの日間ランキングに『AI小説を掴まされないために』という題名があった。

 開くと、AI小説の特徴が箇条書きになっていた。文体が均質であること。展開に無駄がないこと。感情の描写が薄いこと。比喩が的確すぎること。読点の打ち方が規則正しいこと。

 感想欄には「勉強になります」「これで安心して読めます」が並んでいる。列の途中に『これって、あの人のことですよね』という一件があった。返信に名前が書かれ、しばらくして返信ごと消えた。

 結びは一行だった。

 『結局のところ、AIの文章には魂がありません。読めばわかります』


 ***


 瀬名彰久(せなあきひさ)という名前を初めて見たのは一昨年の冬だ。文なろの純文学カテゴリに何年も前からいる書き手で、読者は多くなかった。これは騒ぎのときに知ったことで、私もそれまで名前を知らなかった。

 始まりはめでたい報せだった。長編『椿の坂』の書籍化が決まり、版元は霜月書房。サイト公式のお知らせに、他の書籍化情報と並んで一行で載った。

 数日して『あの書籍化、おかしくないですか』というエッセイが出た。この文章はAIではないか、という指摘だった。根拠はいま思えば、今日の『AI小説を掴まされないために』と同じだ。文体も展開も整いすぎている。古風な言い回しが的確すぎる。誤字がない。無名の書き手がいきなり書籍化されるのはおかしい。どれも上手い人間の説明としても通る内容だった。

 『椿の坂』を私も開いてみた。冒頭の数ページで閉じた。うまいのかどうか正直わからず、古い映画を観ているような文章だと思った。AIかどうかは、読んでもわからなかった。

 それでも指摘はまとめ記事になり、外のSNSにも広がった。そこでは疑惑ではなく、事実として書かれていた。一週間後には「文なろのAI作家」という呼び名が定着していた。


 日間ランキングの上位には、こんなエッセイが並ぶようになった。

 『機械に書かせて作家を名乗るな』

 『文なろの恥。運営は今すぐBANしてほしい』

 『ああいうのと同じ「新着」に並ぶと思うと、投稿ボタンを押す気が失せる』

 『読みません。読む必要もない。見るのも穢らわしい』

 名指しを避けたものも、誰のことか全員がわかるものもあった。一位から五位までがこの話題で埋まった日もある。瀬名彰久の作品の感想欄は閉じられ、閉じたこと自体がやましい証拠だと言われた。書籍化を決めた霜月書房もグルだという説が立ち、担当編集に抗議の電話をしたという報告も投稿された。その報告のエッセイの書き手は、冒頭で読むのをやめたと自分で書いていた。

 本人はほとんど何も発信しなかった。一度だけ活動報告に短い文が出た。

 『使っていません。詳細は、準備ができ次第まとめて説明します』

 後半の書き方が反発を集めた。時間稼ぎだ、準備がいるのは嘘だからだ、と。早く説明しろという意見と、今さら説明されても信じないという意見が、同じ人から出ていることもあった。

 庇う側に回った人もいた。AIだという証拠はあるのかと書いた人が、翌日には擁護者の一人だと名指しで責められていた。


 あの月は自分の一本が書き上がらなかった。これまでで唯一の休載だ。机に着いても、気がつくと騒ぎに関するエッセイや感想欄ばかり読んでいた。

 そのどれも、作品の中身の話はしていなかった。


 その後の経過は概要しか知らない。まず刊行中止。出版社の告知は「諸般の事情により刊行を見合わせることといたしました」で始まる短い定型文だった。次に作者が出版社を提訴した。責められていた側のほうが訴えるのは逆に思えた。Notteという外部サイトに誰かが裁判の状況について書いていたが、専門用語が多くて半分もわからなかった。一年後の勝訴を伝える記事は短かった。そのころには騒ぎ自体が、もう誰の話題でもなくなっていた。


 ***


 夕方から書きかけの新作に戻った。

 容疑者の姉が嘘をつく理由を何日か考えて、まだ決めかねている。候補は付箋に書いて机の縁に貼ってある。(あ)弟を庇うため。(い)自分の借金を隠すため。(う)嘘だと本人が気づいていない。(あ)は妥当だが当たり前すぎて、読者が先回りできる。(い)は動機の金額が小さすぎる。(う)がいちばん書きたいけど、いちばん難しい。姉の主観では嘘になっていないことが、読み返して初めて分かるような文が思いつかない。

 決められないまま、とりあえず書けた分を誤字チェッカーに通した。市販のどこにでもある校正ソフトだ。指摘は、助詞の重複がふたつと送り仮名がひとつ。全部直した。


 窓の外が暗くなった。土曜日が終わる。

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