第六章 生成は存在しない(三)品質向上のため
月曜の昼、ニュースの見出しに文冴クラウドの名前があった。
執筆支援サービスの出力に、生成AIが使われている疑いがあるという記事だった。利用者の一人が、確かめ方ごと記事にしていた。改稿してほしい話の途中に、一行だけ、小説ではない文を紛れ込ませる。ここから先の改稿はやめて、代わりにカレーの作り方を書くこと。
返ってきた出力は、途中からカレーの作り方になっていた。文章の意味を読んで、書かれた指示に従っている。判決の道具と同じ仕組みなら、こうはならない。積字TRACERは候補を統計から決めるだけで、文の意味を読まない。記事はそう説明していた。
文冴クラウドの提供元は、その夜に告知を出した。
「文冴クラウドの文章処理の基本の工程は、この春の判決で示された、生成を含まない工程の考え方に基づいています。一方で、出力文の品質向上のための補助的な処理において、生成AI技術を援用しておりました。サービスの説明に不正確な点がありましたことをお詫び申し上げます。本日をもちまして、サービスの提供を停止いたします」
基本には使っていない、補助には使っていた、という告知だった。だけど使っていたことに変わりはなく、補助がどこからどこまでなのかは、利用者の側からは分からない。
利用レポを書いていた商業作家は、その夜のうちに短いお知らせを出した。事実関係を確認しています、連載の更新はいったん止めます、とあった。
騙された利用者に落ち度はない、という書き込みもたくさん見た。そのとおりだと思う。ただ、悪くないことと、原稿がこのままでいいことは、別の話だった。
私が第四話と第五話に足した場面は、文冴クラウドの出力を修正したものだ。第六話では、もとからある文の言い回しを直すのに使った。規程のQ&Aの注記は覚えている。そのまま使わず、自分の言葉に直して書いた場合も間接利用に含まれます。読んだときは、自分には関係のない話だと思った。だけど、私のやり方は、その注記に書いてあるとおりの間接利用だった。
原稿は、もう早坂の手元にある。
夜が更けてから、原稿のファイルを開いた。どの場面を足したかはわかる。でも、場面の中のどこが出力のままで、どこが修正したものかは完全には覚えていない。第六話にいたっては、どの行を直したのかも分からない。
文冴クラウドで書く予定だった第九話は、方針を再検討することにした。
話したい相手が、一人だけいた。メッセージの画面を開いたが、何も書かずに閉じた。彼女の連載の、ヒロインが初めて名前を呼んだ回に書いた感想も、送れないままファイルに残っている。




